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自動車会社勤務から映画界へ入り監督に。きっかけは「死ぬ気で働くやつ募集」という物騒な文句の求人広告

水上賢治映画ライター
「クモとサルの家族」より

 ご存知の方も多いと思うが、手間もかかればお金もかかるということでいま時代劇は作りづらい状況になっている。

 そういった厳しい現状がある中で、本作「クモとサルの家族」は、自主制作で果敢に時代劇に取り組んだ1作だ。

 ある意味、無謀にも思えるチャレンジ。さらに自主制作となると「スケールが保たれているのか?」と危惧されるかもしれない。

 ただ、そこはアイデアと創意工夫でカバー。35mmフィルムの質感を活かして撮影された作品は、忍術やアクションの見せ場をきっちりと盛り込んだ娯楽性溢れる時代劇に仕上がった。

 また、忍者の夫婦が実子と連れ子と孤児の4人の子どもたちと力を合わせて「悪」と戦う設定は、どこか戦隊ヒーローものとつながる世界があって、子どもも喜んで楽しめる内容になっている。

 手掛けたのは、プロデューサーとして長年、日本映画に携わってきた長澤佳也。

 なぜ、いまプロデューサーから監督へチャレンジし、オリジナル脚本で、しかも自主制作で時代劇を作ろうと考えたのか?

 長澤監督に訊く。全六回

「クモとサルの家族」の長澤佳也監督  筆者撮影
「クモとサルの家族」の長澤佳也監督  筆者撮影

航空宇宙について学び、もともとは飛行機を手掛けてみたかった

 先で触れたように長澤監督は、これまで映画プロデューサーとして活躍。たとえばプロデュース作品には、河瀨直美監督の「沙羅双樹」、安藤桃子監督の「0.5ミリ」、諏訪敦彦監督の「風の電話」などがある。

 ただ、そのプロデューサーとしてのキャリアの前がまた異色で。自動車会社に9年間従事した後、映画業界に飛び込んでいる。

 作品の話に入る前に、まず、この異色の経歴について訊きたい。

 なぜ自動車会社から映画界というまったく違う業種へと入ろうと思い立ったのだろうか?

「自動車会社に入る前のお話からすると、もともと航空宇宙について学んでいて、飛行機に関わってみたかったんです。

 ただ、航空関連の会社に入れなくて、自動車会社に就職した経緯がまずありました。

 その自動車会社で生産技術の仕事をしていたんですけど、キャリアを重ねる中で自分は『もともとは飛行機を手掛けてみたかったんだよなぁ』という気持ちが出てきて、『転職』を意識するようになっていったんです」

『死ぬ気で働くやつ募集』というものすごく物騒な文句の求人広告を目にして

 そんなときに、ある社員募集の広告が目に飛び込んできたという。

「航空関連の求人広告は、日経新聞と英字新聞によく出るのでくまなくチェックしていたんです。

 そうしたら、あるとき、日経新聞に『死ぬ気で働くやつ募集』というものすごく物騒な文句の求人広告が出ていた(苦笑)。

 『なんだ?なんだ?』となりますよね。ちょっとドキッとしながら、募集要項を見たら、映画の仕事で。

 映画は学生のときによく見ていて好きだったので、ちょっと目に留まったんです。

 ただ、このときは、『こういう募集があるんだ』と思ったぐらいで、新たな就職先にとはまったく考えていませんでした。

 なにより、当時、もう僕は30歳を超えていたので、『今からじゃ遅すぎで無理だろう』と思っていた。

 でも、まあ、気になったので募集要項をよく見てみたら、なんと『35歳までの新人募集』って書いてあったんですよ。

 『35歳までの経験者』だったらわかるけど、『35歳までの新人』って何だ?と思って(笑)。

 『こんな募集あるんだ』と一気に興味がわいてしまった。

 それで応募したら受かりまして。いろいろな業務をしたんですけど、30歳を超えていて映画に関する技術や蓄積された何かをもっているわけではない。映画業界のことを知らない新人でしたから、自分がやれることをやっていっていたら自然な流れでプロデュースの仕事を始めていました。

 あとで伝え聞いたところによると、そのときの社長が、映画とはあまり関係ないことをやっている人材がほしかったみたいで『日経新聞』にだけ求人広告を出したそう。

 そこに僕はひっかかったということですね」

「クモとサルの家族」より
「クモとサルの家族」より

自動車会社から映画会社への転職を周囲はほとんど反対

 よくまったく知らない業界に飛び込む、転職の決断をしたかと思うが?

「そうですね。

 でも、さきほどお話ししたように映画は好きで学生のころ、よく見ていて。

 自分の中で、ちょっと夢の世界で、憧れはあったんですよね。

 だから、『そんな働けるチャンスがあるんだったらチャレンジしてみたい』という気持ちはありました。

 ですので、自分の中ではそこまで『大きな決断』と感じていなくて、ちょっとワクワクしていたところがありました。

 『もしかしたら、映画業界で働けるかも』と。

 ただ、周囲の反応は違って。ほとんどから反対されました。

 自動車は日本が世界に誇る産業で、それなりのポジションの仕事をしていてそれを『なんでわざわざ手放すのか』と普通は思いますよね。

 しかも転職先が、安定しているとは思えない、映画の仕事ですから、強く反対される。『やめといたほうがいい』と」

ひとりだけ同意してくれた人は?

 ただ、ひとりだけ同意してくれた人がいたという。

「何を隠そう、妻だけが後押ししてくれたんです。

 『どうせ、一度きりの人生なのだから、やりたいなら後悔のないようにやってみたら』と。

 その代わり『わたしは働かないわよ』と釘は刺されたんですけどね(苦笑)。

 こうして1999年に映画業界に転職することになりました」

(※第二回に続く)

「クモとサルの家族」より
「クモとサルの家族」より

「クモとサルの家族」

プロデューサー・脚本・編集・監督:長澤佳也

出演:宇野祥平 徳永えり

田畑志真 リー・ファンハン チャオ・イーイー ニエ・ズーハン

江口直人 黒羽麻璃央 緒川たまき 仲村トオル 白石加代子 奥田瑛二

撮影:芦澤明子 御木茂則

照明:永田英則 美術:松永一太

録音・整音:山本タカアキ

衣裳:宮本まさ江 ヘアメイク:佐藤光栄 金田仁見

殺陣:森聖二 助監督:足立公良 制作担当:大西裕

音響効果:北田雅也 切り絵:福井利佐

グレーダー:廣瀬亮一 音楽:ノグチリョウ

主題歌:どぶろっく

新宿 K’s cinemaにて公開中、以後全国順次公開予定

<新宿 K’s cinemaにて上映後のトークイベント実施中!>

3/28(火)12:50の回 磯村勇斗さん(俳優/ドラマ「東京の雪男」主演)

3/29(水)12:50の回 黒羽麻璃央さん(四葉十三郎役)

16:40の回 小野寺隆一さん(映画「演者」監督)

場面写真はすべて 提供:映画「クモとサルの家族」

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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