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国内最高齢バーテンダーを偲んで。95歳で逝った現代の名工、井山計一さんと過ごした時間

水上賢治映画ライター
「世界一と言われた映画館」より カクテル「雪国」を作る在りし日の井山計一さん

 去る5月10日、功績を考えれば「偉大」、でもご本人はそんなことを微塵も感じさせない気さくな人柄で全国にファンをもったひとりのバーテンダーが95歳で天寿をまっとうした。

 井山計一さん。各種メディアのニュース記事でもその訃報が伝えられたので、その名を目にした人も多いことだろう。

 山形県酒田市にある喫茶店「ケルン」のカウンターに立ち、シェーカーを振り続けた井山さんは、いまから60年以上前にカクテル「雪国」を創作。その「雪国」は時代を超え愛され、いまやスタンダードな一杯として世界的に知られる。

 そんな井山さんの歩みと仕事、人柄が収められたドキュメンタリー映画がある。一昨年から公開が始まりロングラン上映を記録した渡辺智史監督の「YUKIGUNI」がそう。

 いまや本作は、井山さんの在りし日の姿とゆかいなおしゃべりを奇跡的に収め、偉大なバーテンダーに出会うことができる、貴重な映画となった。

 追悼の意味を込め、作品を通して井山さんと出会った3人のスタッフのインタビューを届ける。

80代の次は、90代のおじいちゃんの撮影が来たかと、思いました(笑)

 はじめに登場いただくのは、映画「YUKIGUNI」で撮影を務め、自身の監督作品「世界一と言われた映画館」でも井山さんとの時間をもった佐藤広一監督

リモートでの取材に応じてくれた佐藤広一監督  筆者撮影
リモートでの取材に応じてくれた佐藤広一監督  筆者撮影

 井山さんとの出会いは映画「YUKIGUNI」の撮影だったという。

「渡辺監督に撮影を担当してほしいと声をかけてもらって、『酒田にこういう人がいる』と説明いただいたんですけど、正直なところ、井山さんのことはほとんど存じ上げていませんでした。

 『酒田に世界的なバーテンダーがいる』とうっすら噂をきいていたぐらいで。お店の『ケルン』を訪れたこともありませんでした。

 ですので、『YUKIGUNI』の撮影でお会いしたときが井山さんとの初対面。

 映画『YUKIGUNI』の撮影は、2016年から始まったんですけど、その前年に私は、原村政樹監督のドキュメンタリー映画『無音の叫び声』にカメラマンとして参加していたんです。

 この作品の主人公というのが山形県上山市牧野で農業を営みながら、詩作を続けてきた農民詩人、木村迪夫さんで。木村さんは80代。

 なので、80代の次は、90代のおじいちゃんの撮影が来たかと、思いましたね(笑)」

世界的なバーテンダーと聞き、寡黙で気難しい人と思いきや…

 井山さんとの初対面は、いい意味でイメージを裏切られたという。

「私自身、バー自体にほとんど行ったことがなかったので、バーテンダーがどんな感じなのかあまり想像できなかった。

 で、バーテンダーって寡黙でバーも静かな空間といったイメージがどこかあるじゃないですか。だから、世界的なカクテルを作った人でもあるし、どんな気難しい人が出てくるんだろうと、戦々恐々としていたところがあったんですよ。

 そうしたら、すごく飄々とした、自由でずっとおしゃべりしている人が現れた(笑)。

 『こんなバーテンダーがいるんだ』と。こちらが勝手に抱いていたバーテンダーのイメージとは随分かけ離れた人、というのが井山さんの第一印象でした

撮影初日からバーテンダーの聖域、カウンター内の撮影OK!

 いざ撮影が始まっても、驚かされたことがあったという。

「事前に、バーテンダーの人にとって、カウンター内というのはわりと聖域で、あまり他人をいれたがらないような話をきいていたんですよ。

 自分がいい仕事ができる空間になるようそれぞれ工夫されていると思うので、そこに他人が入るとなにか乱されることは確かにあるなと思って。

 そもそもそれほど広い空間でもないから、人がひとり入るのも邪魔になるよなと。

 でも、撮影する立場から言うと、どうしても井山さんのカクテルを飲むお客さんの顔を正面からとりたい。するとカウンターからじゃないとなかなか難しい。

 それでどうしようかなと考えあぐねていた。井山さんはすごいバーテンダーだし、聖域であるカウンター内にはいれてくれないだろうと。

 撮影を続けていく中で、チャンスがあってそこで実現したらラッキーかなぐらいに思っていたんです。

 ところが、なんと撮影初日からカウンターの中に入れてくれたんですよ。こちらが拍子抜けするぐらいすんなり入ることができてしまった(笑)。

 まあ、僕もちょっとずるくて、撮影しているうちに『こっちからも撮らせてもらっていいですかね』といって、入り込んだんですけど、井山さんも『いいよ、いいよ』といった感じで。

 こうしてカウンター内に潜り込みましたけど、さすがにカクテルを作っている手元とか、作る工程とかまじかで撮られるのは嫌がられるんじゃないかと思ったんですよ。

 そうしたら、それもまったくない。すべてオープン、制約が一切ない(笑)。今振り返るといかにも井山さんらしい、井山さんの人柄が現れていると思います。

 そして、この井山さんの計らいといいますか、なんでもみせてくれたことにはものすごく感謝しています。

 初日にして井山さんからはこういう風にお客さんが見えているんだとか、こういうところに気を配っているんだとか、こういう目線でお客さんと接しているんだとか、カメラマンとしてつかむことができた。

 井山さんが自ずと撮るべきところを教えてくれた気がします」

「YUKIGUNI」より
「YUKIGUNI」より

『雪国』を飲むことを目的に来る人が多いんですけど、

それ以上に井山さんとのおしゃべりを楽しみに来ている人が多いかもしれない

 映画「YUKIGUNI」を見れば一目瞭然だが、井山さんは話好き。初見のお客さんだろうと常連客だろうと話が途切れない。

 撮影者から、その井山さんとお客さんとのやりとりはどう映っていたのだろう?

「井山さんの存在を聞きつけて、お店にはほんとうにいろいろなところからお客さんが来るんですよ。

 『東京から来ました』とか、『北海道から来ました』とか、遠方から山形の小さな町のバーにやってくる。

 そういう初見の人もいれば、常連さんもいる。

 でも、井山さんはいい意味で、どなたにも同じ対応というか。どのお客さんとも同じように会話をもって接するんですよね。

 映画でも触れていますけど、若いころに先輩に新聞や雑誌に目を通せと言われて、常にいろいろなところにアンテナを張っているから話題も豊富で。

 どんなお客さんとも自然と会話をもって、しかも話が弾むんです。この会話力はすごい。

 だから、井山さんのカクテル『雪国』を飲むことを目的に来る人が多いんですけど、もしかしたらそれと同じぐらい、いやそれ以上に井山さんとのおしゃべりを楽しみに来ている人が多いかもしれない。

 それぐらい井山さんの話はおもしろいんですよね。

 あと、井山さんには人を遮るバリアのようなものがないんですよ。

 誰しも初対面の人と向き合うとバリアを張るというか、どうしても構えるところがあるじゃないですか。でも、井山さんにはないんですよね。

 それはバーテンダーという仕事で長年かけて培ったものかもしれないですけど、井山さんの気さくな人柄から来ているように私の目には映りました」

井山さんと心が通じたと思った瞬間

 撮影で1番印象深かったことをこう明かす。

「最後の方で、雪が降る中、お店の看板を消すシーンがある。

 実は、あのシーン、前年に撮ろうとしていたんですけど、撮れなかった。

 どうしても雪が降り積もった中で撮りたかったんですけど、その年は暖冬でまったく雪が積もらなかった。それで翌年まで待って撮ることにしたんです。

 当日、渡辺監督と二人体制でほぼ撮影しているんですけど、この日は都合がつかなくて、私ひとりでの撮影で。

 『雪がしんしんと降り積もる中で井山さんが看板の灯を落とす』ことをなんとなくイメージして、もしかしたらこれがラストシーンになって、しかるべき美しいシーンなればいいなぁと勝手に想像していたんです。

 そうしたら、井山さんが僕の気持ちを察したのか、なんの指示もしてないんですけど、ふと空を見上げて、ちょっとして店へ入っていった。

 それを撮ったとき、井山さんに僕の心が見透かされたと同時に、なにか心が通じた気がしたんですよね(笑)。このときのことはすごくよく覚えています」

井山さんの作るカクテルはけっこう強い一杯。それはお酒が飲めないから??

 井山さんにはそうした相手の心を察して、その人に思いを寄せるようなところがあったという。

「それがバーテンダーという職業なのかもしれないんですけど、サービス精神があふれている。

 たとえば、通常のバーにはチャージがある。サービス料としてとられるところもあれば、ちょっとしたおつまみをつけてとられますよね。

 『ケルン』にはないんですよ。もう飲んだ料金だけの明朗会計。

 それでチャージ替わりではないと思うんですけど、井山さんがお酒が飲めなくて大の甘党だからか、なぜかお菓子をくれるんです(笑)。

 バーでお菓子っていうのもなかなかないと思うんですけど、もれなくお菓子をサービスでくれる。

 あと、『雪国』もほかのカクテルもそうなんですけど、井山さんの作るカクテルは、アルコール度数が高い。けっこう強いお酒が多いんです。

 これも井山さん流のサービスといいますか。

 井山さんはお酒が飲めない。だから、『お酒好きな人は酔いたいんだから、アルコールが高い方が喜ぶだろう』といった発想でそうなっていたんじゃないかなと。あくまで私の推察ですけど(苦笑)。

 そういう人を喜ばすことが大好きな面がありました」

「YUKIGUNI」
「YUKIGUNI」

井山さんは『生きながら伝説になっている』バーテンダー

 このように撮影時は、気さくな、気のいいおじいさんといった感じだった。

 でも、ほかの一流のバーテンダーの方々に取材した際は、井山さんの偉大さに触れた気がしたと明かす。

「映画にご登場いただいていますけど、バー評論家の方であったりとか、ほかのバーテンダーの方であったりとかのお話を訊くと、みなさん井山さんのことを知っている。

 実際はお会いしていない人も、その存在を知っていた。

 それでみなさん、井山さんをすごく尊敬している。話の端々からリスペクトしていることが感じられる。

 そのたびに、井山さんは『生きながら伝説になっている』バーテンダーなんだなと思いましたね」

(※後編に続く)

映画「YUKIGUNI」

公式サイト http://yuki-guni.jp/

映画「世界一と言われた映画館」

公式サイト http://sekaiichi-eigakan.com/

「YUKIGUNI」の写真はすべて(C)いでは堂

「世界一と言われた映画館」の写真はすべて

(C)認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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