自身の体験から「移民問題」を描き、ベルリンで金熊賞に輝いた1作。<フランス映画祭2019>より(2)
今年6月に開催された<フランス映画祭2019 横浜>から、日本未配給作品の監督との対話をまとめた全5回のインタビュー集。2回目は、今回のフランス映画祭でもひときわ異彩を放った1作『シノニムズ』のナダヴ・ラピド監督のインタビューを届ける。
自身の体験をもとに「移民問題」に問いを投げかける
ナダヴ監督はイスラエルのテルアビブ生まれ。大学卒業後に自国の徴兵に参加したのちにパリに移住している。その複雑なこれまでの歩みが本作には反映されている。
「この物語は、わたし自身の経験がもとになっている。ただ、実話をもとにしたよくあるタイプのドラマとはかなり趣が違う。それは見ればわかるよね(苦笑)」
監督の言葉通りで、ドキュメンタリーのようなリアリズムを感じさせるタッチでありながら、どこか別世界と思わせるようなトーンの中で物語は展開。イスラエルからフランスへの帰化を願う主人公のヨアヴの姿は、シニカルかつブラック・ユーモアにも似た視点でとらえられる。
「イスラエル人の彼は、自国の国籍を捨ててフランスに帰化しようとしている。ただ、そう簡単に事は進まない。自分が思い描くような形では進まず、ことごとく期待を裏切られていく。自分の国から離れて、別の国に移住することは当たり前だけど、困難が伴う。
彼はフランスに帰化さえできれば、イスラエル社会での自分の居心地の悪さからも解放されると思っているけど、そうとは限らない。フランスに帰化できたところで、自分が望むような生活や世界が待っているとは限らない。
国籍が変わったからといって、自分という人間の心の中まではそう簡単には変わらない。
そういうことを含めて、移住することの難しさや移民に待ち受ける困難を考えてみたいと思ったんだ」
作品は移民問題を提起しつつ、最後はヨアヴのメンタルの部分にまで入りこんでいく。
「こういう状況におかれたとき、人間はどのような精神状態におかれるのか?ひとりの人間の痛みとして感じてほしいと思ったんだ」
ヨアヴ役にはイスラエルの新人俳優、トム・メルシエールを抜擢した。
「僕という人間が投影された人物で。ある意味、自分の分身といってもいい。だから、演じる俳優に妥協はできなかった。へたな役者には任せられないからね。
演技がうまい下手というよりも、僕が求めたのは、すべてをなげうってこのヨアヴという人物を体ごと表現してくれるかどうか。彼はほんとうにすばらしかったよ」
作品は第69回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、世界で高い評価を得た。
「一種のカオスが描かれていて、おとぎ話のようでもあって、現実のリアリズムを追求したようにも思える。けっしてわかりやすいタイプの映画ではないから、受賞は僕自身がびっくりしたよ。いろいろなことをくみ取ってくれたことにすごく感謝したし、今後、作品を作る上での大きな自信になったことは間違いない」
最後にこう言葉を寄せる。
「フランスのみならず、ヨーロッパでは移民や難民に対する目が厳しさを増している。そういう社会情勢の中にあって、移民や難民に対して、ひとつ新たな視点でみてもらえたらと思う」
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