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撮影許可まで7年。性的虐待、薬物依存、売春、塀の中の少女たちの心の痛みが日本の世界の女性と重なる

水上賢治映画ライター
映画『少女は夜明けに夢をみる』 メヘルダード・オスコウイ監督 筆者撮影

 イランを代表するドキュメンタリー作家、メヘルダード・オスコウイ監督による『少女は夜明けに夢をみる』は、イランの少女更生施設にカメラが入った1作。強盗、殺人、薬物、売春といった罪で捕らえられた少女たち、ひとりひとりとオスコウイ監督は対話を重ね、それぞれの胸の内へと深く分け入っている。

更生施設に目を向けた理由

 監督はこれまで少年に関する更生施設のドキュメンタリー映画を2作発表。今回の『少女は夜明けに夢をみる』は更生施設3部作の最終章となる。そもそも更生施設を取材しようとおもったきっかけをこう語る。

「実は自分自身に起因しています。15歳のとき、父が破産して家庭の経済状況が困窮し、人生にピリオドをうとうと思いました。『もうこれ以上生きていてもしょうがない』と、自殺未遂を起こしたことがあるんです。あまりの貧しさゆえに。ですから、自分が映像作家となったとき、自分と同じような境遇にいる子どもたちに目が向き、彼らを撮りたい気持ちが自然と生まれました。

 それから、わたしの父はイラン革命前に政治活動でつかまり、刑務所に入っていました。祖父も同じように政治活動で刑務所に入ったことがある。そのことを知っていましたから、少年時代からなにか刑務所という場所をきちんと見てみたい気持ちがありました。

 この2つの自身の体験が、自分の目を子どもたちの更生施設へと向かわせていった気がします」

映画『少女は夜明けに夢をみる』より
映画『少女は夜明けに夢をみる』より

 前2作の少年更生施設から、今回、少女の更生施設へ変わった理由をこう明かす。

「少年の更生施設を取材している際、手錠をかけられた少女が連れられているところを何度か見かけていました。それで少女専用のセクションがあることを知ったのです。そのとき、少年だけではなく、少女たちにもきちんと目を向けたいと思ったのです」

 日本もそうだろうが、イランも当然、おいそれと更生施設の取材許可が下りるわけではない。とりわけ施設の少女専用のセクションは秘密主義でセキュリティもガードも堅く、撮影許可はなかなか下りなかった。

「結局、撮影許可が下りるまでに7年の月日が流れました(苦笑)。ようやく許可されて提示された取材期間は3か月。ただ、いろいろとありましたが撮影自体は順調で実質20日間の撮影で終わりました」

 ただ、そんな短い期間で撮ったとは思えないほど、オスコウイ監督は、少女たちからその壮絶な身の上話を引き出す。

 ある少女は、虐待する父親の暴力に耐えかねて殺害したことを告白し、ある少女は義父や叔父による性的虐待の日々を涙ながらに語る。親密な人でないと打ち明けられない話が次々と飛び出す。

 それらの告白は、単なる罪人と片付けられない、彼女たちのこの施設へ入ることになった思いもしない背景が解き明かされていく。

更生施設の少女たちと心を通わす監督の取材姿勢

 そして、これほど彼女たちの心を開かせた監督の手腕に驚かされる。

「特別なことはなにもしていないんだよ。大切なのはきちんとした信頼関係を結ぶこと。その1点といっていい。

 話を聞くにあたって、まず僕がしたのは、自分という人間をすべてさらけだすこと。自分はどういう人間で、どんな人生を送ってきたのか、自分の家族のこと、娘について話して知ってもらいました。僕が決して敵じゃないことを知ってもらわないといけないし、取材をして、彼女たちから何かを奪おうとしていると思われてはいけない。

 そのためには、自分という人間を相手に差し出すしかない。それでようやく対等になって、話すことができる。

 あと、まとめて全員と話すのではなく、ひとりひとりと対話するのが基本です。それから状況も大切です。誰もいないところ、友だちや仲間のいないところで対話しました。安心してなんでも話せるように。

 よく言うのですが、僕は森と話すのではなく、その森を構成している木の1本1本と話をする。そのことを心がけています」

「イラン?」「更生施設?」と言うと、日本には関係ない、自身ともおおよそ接点のないことと思ってしまうかもしれない。ただ、ここでの少女たちの打ち明け話は、他人事に感じられない。それは性的暴力、薬物依存、家庭崩壊など、昨今、日本のニュースでも盛んに報じられるニュースとどこか重なってくるからにほかならない。

「そう感じてもらえたら光栄です。私自身、ここに登場する少女たちの物語は、イランだけではなく世界中で起こっていることと思っています。

 この施設にいる少女たちは確かに大変な罪を犯している。ただ、彼女たちを単に罪人で片付けていいのか。これは見てもらえればわかると思いますが、彼女たちはほんとうは純粋で温かい心の持ち主。そういう子も一歩間違えると犯罪に手を染めてしまう社会的状況がある。そのことを知ってほしいです

映画『少女は夜明けに夢をみる』より
映画『少女は夜明けに夢をみる』より

 施設の少女たちの話しと同様に驚かされるのが更生施設の状況。家出で補導されたような少女から殺人を犯した少女までが一緒の施設にいる。

「これには僕も驚きました。微罪から重犯罪まで、同じ施設にいることに。当時は、現実問題としてほかに施設がなかったので、同じ施設に入るしかなかったんです」

映画の影響で更生施設にも大きな変化が

 ただ、現在は状況が変わっているという。

「今回の3部作は、施設の関係者や政府機関に向けても上映をしていて、それがきっかけになってうれしいことにいろいろと改善されました。簡単に説明すると、スリのような軽犯罪は保護センターみたいなところができて、そこに収容されるようになりました。

 取材時、この更生施設には40人ほどの少女がいましたけど、いまは重犯罪を犯した者のみで4人しかいないそうです」

 撮影を振り返っていまこんなことを考えているという。

「先述した通り、貧しさゆえの心の痛みが僕にはずっと残っていました。ある意味、一連の更生施設の取材は、自分と同じような境遇の子どもたちと向き合うことで、自分も悲しみから解放されるかもしれないとの思いがありました。

 実際、自分自身を見つめなおす時間になったと思います」

映画『少女は夜明けに夢をみる』より
映画『少女は夜明けに夢をみる』より

岩波ホールほか全国順次公開中

写真はすべて(C)Oskouei Film Production

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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