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クラスのその他大勢の人たちの声を封じ込めたような映画『暁闇』。10代のリアルがここに

水上賢治映画ライター
阿部はりか監督(左)平見優子カメラマン(右) 筆者撮影

 先週末から公開がスタートした映画『暁闇』は、いま置かれた現状にいら立ちを隠せないティーンの感情を殴り書きしたような作品だ。

 決して流暢で気の利いたセリフが並び、語られているわけではない(むしろセリフは削ぎ落とされている)。ただ、目は口ほどにモノを言うではないが、主要登場人物である中学生の男女3名の心にふつふつと湧き起こる感情がこちらに伝わってくる。

 キラキラ映画に属するような今どきの学園モノとは似ても似つかない。ただ、学校内のその他大勢にいた人間の心にきっと届くに違いない、ままならない日常で傷つきもがき苦しむような青春群像劇が描かれる。作り上げたのは、若き女性映画人2人の濃密なコラボレーション。まだ20代半ばで本作が監督デビューとなる阿部はりか監督が、今を生きる今日に感じている世界を、同じく20代半ばの平見優子カメラマンが映像へ落とし込んだ。

自分の思っていることがなかなか相手に伝わらないもどかしさ

 その制作は、阿部監督の「相手に伝えることの難しさ」が出発点だった。

「今回のシナリオを書いたのは大学4年のとき。そのころ、創作の壁にぶつかっていたというか。舞台を4作ほど手掛けたんですけど、自分の描きたいことを伝えきれない。今の社会や現状、人間関係など、さまざまなことにいろいろと自分なりの意見がたくさんある。でも、それを全部吐き出し切れていないように感じることがあって。同じく、こんなにも自分の感じていることや思っていることがほかに伝わらないんだという経験を何度かして悩んでいたんです。それで、一度、自分という人間をさらけだして、言いたいことや伝えたいことを手加減しないで洗いざらい出そうと。すべてだして、ひとつにまとめてみたのが、今回のシナリオでした」(阿部)

 プロデューサーを介して送られてきたシナリオを最初に読んだ平見は阿部自身に興味を覚えたという。

「最終稿よりも私は最初に送られてきたプロットがすごいインパクトで。というのも、ここではいえないような残酷なシーンがいたずらにではなく、きちんとした理由ときっちりと痛みをもって書かれていた。こういう発想はどこから出てくるのかなと。ほぼ同年代ですし、こんな発想する人はそうそういない。その頭の中をいろいろほじくってみたらもっととんでもないことが飛び出てくるんじゃないかなと。これはご一緒してみない手はないなと思いました」(平見)

 撮影監督に平見が決まったことは阿部にとっても大きかった。

「プロデューサーさんから平見さんの名前があがったとき、お願いできるならしたいと。というのも、枝優花監督の『少女邂逅』をみていて、すごい美学のある撮影をされている。そのときの自分は映画監督の経験もないし、あるのは自分のこの気持ちを表現したいという強い思いだけ。そのことは自覚していたので、撮影は画に対するこだわりがしっかりとある人でなければダメだなと。平見さんだったら、と思ったんです」(阿部)

子どもにすべて責任を押しつけていいのか

 こうして監督と撮影監督として同じフィールドに立った二人。当初、作品は、阿部の当時の心境が色濃く反映されていた。

「登場する中学3年生のコウとユウカとサキは、心に大きな虚無感を抱え生きている。こうした10代の内面に焦点を当てた作品は今の日本のインディペンデント映画で珍しくない。むしろ多い。それでも私がやらないとと、踏ん切りがついたのは、やっぱり自分が思春期に学校生活になじめなかったり、社会にうまく順応できないことがあったり、ある種の絶望を味わったりした経験があったから。作品によっては『これたぶん、こういう苦渋を味わったことのない人が描いたんだろうな』と感じちゃうものがあったので、自分はきちんと描いて、その痛みや苦しみを表現しようという気持ちがあったんですよね。

(C)2018 暁闇」製作委員会
(C)2018 暁闇」製作委員会

 あと、辛い状況に置かれた10代がこうやって道を踏み外していきましたみたいな形で語られてばかりなのも嫌で、違うんじゃないと。今の社会には、何か悪いことをしたらすべて個人の責任に押し付けてしまう風潮があるような気がします。でも、社会のシステムや置かれた状況に問題があるケースもあるわけで、そこを抜きに子どもにすべて責任を負わせてしまうのはおかしいんじゃないかという気持ちがあったんです。10代の男の子と女の子の心に去来するものを見つめながら、それがどこからくるものなのかまで描ければと思いました」(阿部)

「確かにストーリーとしてはありふれた10代の内面を描いたものかもしれない。でも、そのひとつひとつに監督がそのときに体感したことや、そのときに見えた風景が確かに感じられました。なので、単なる青春映画では収まらないんじゃないかなと思いましたね」(平見)

監督の魂にスタッフと役者が呼応する濃密な現場

 その撮影は、二人の話を訊くと、阿部監督の魂によってスタッフが動くような現場だったように受け取れる。

「変な話、あまり映画を作ろうという感じじゃないというか。私の『こんなシーンにしたい』みたいな気持ちの結晶みたいなものがあって。それに対して、平見さんや助監督の菅沼(絵美)さんをはじめスタッフが動いてくれて、その目標まで導いてくれる。わけのわからないことばっかり言ったと思うんですよ。でも、ほんとうにみなさんよく対応してくれたなと」(阿部)

「この作品は、ある意味、監督の心境の変化がそのまま映っている。そのときどきの監督の想いに随時対応していく感じでした。正直なことを言うと、時々言っていることの意味が分からないときがありました(笑)。ただ、その想いは伝わってくる。その阿部さんがやりたいだろう、ポッと出てきた要素みたいなものを私はすかさずキャッチして撮った感じですかね」(平見)

 気持ちが入るあまり、1度、阿部監督が泣き出したときがあったという。

「コウが父親を殴るシーンだったんですけど、ここは自分でも大切にしていたシーンで。ただ、コウ役の青木柚君がほんとうに器用な役者さんで。それまですごくこちらの要望に臨機応変に対応してくれていたんです。ただ、このシーンはそういうのじゃないなと。もっと自身のうちから自然と湧き起こってくるものが必要だなと思って、その想いを伝えたんです。それで一生けんめい説明していたら、なんか涙が出てきてしまって。直前まで、泣くつもりはなかったし、心の中では『わっ、全然泣きたくないのに』って思っているのに、涙が止まらない。でも、柚君には伝わったところがあったみたいでよかったんですけど、そんなある種、醜態をさらしてもスタッフみんな見守ってくれて感謝しています」(阿部)

「気づいたら声を出して泣き出していたのでびっくりしましたけど、それで柚君も完全スイッチが切り替わったというか。ガッとその親を殴るという難しい心情にきっちりと入っていったんですよね。そこには阿部さんの監督としての覚悟をみたような気がしました」(平見)

 このような熱い演出をする一方で、編集はきわめてシビアで客観的。巧妙なリズムで物語を推し進める一方で、ひじょうに考えられた構図とカット割りで構成されていることが作品をみればわかる。たとえばサキが父親に皿を投げつけられるシーンでは、切り返しのカットを入れる構成で、瞬間的な恐怖を表現。一方、帰宅が遅くなったサキを父がとがめるシーンはワンシーンで見せることで、父親の暴力性を如実に露出させる。また、映画の重要な舞台となるあるビルの屋上では、その人物の配置だけで偶然出会って気持ちが通い合うコウ、サキ、ユウカの心の距離の変化を見せていく。

「撮影した身としては最初に作品をみたとき、衝撃でした。すさまじくシェイプアップしたというか。けっこう苦労して考え抜いて撮ったショットを平気でカットしていたり、逆にNGとしていたテイクをこともなげに使っていたりする。まだキャリアの浅い自分が言うのもなんですけど、こんなある意味、冷徹になれる監督ってあまりいないんじゃないですかね」(平見)

「ただ、自分の意のままの編集をできたのも、平見さんが一つひとつの画にこだわり抜いてくれたからこそ。ワンカットごとに強度があるから、57分という短尺ながらしっかり心に響くものになりえたのではないかと思っています」(阿部)

 このような過程を経てできた作品は、思春期にいる10代の若者の抱く孤独や大人への不信感、窒息しそうな毎日をストレートに描き出す。ただ、そうした窮状だけを訴える作品ではない。そこを乗り越えた先にある未来を描く。その物語は、10代の心の叫びが痛いほど伝わってくるが、最後には意外なぐらいさわやかな風が吹く。

「コウ、ユウカ、サキの抱える悩み、たとえば自分に振り向いてくれない親への怒りとか、なにをやっても満たされない気持ちとかって、たぶん、中学とか高校ぐらいまでしか基本抱えない感情だと思うんです。でも、私はつい最近まで引きずっていた。しかも、かなり切実に抱えていたんですよ。だから、それを解消しないとたぶん次にいけなかった。この作品を作ったことで、ようやく心の整理がついたというか。ある意味、自身の物語であるんですけど、それがひとりでも多くの人の心に届いてくれたらなと思っています」(阿部)

「阿部さんの言いたいことをすべてすくい取って、画にしたと言ってくださる人がいるんですけど、私としてはとんでもないというか。おそらく、私より、その私の撮った画を見た人のほうが、おそらく阿部さんのことより理解してる可能性があるっていう気がするんです。ちょっとそれは観てくれた人から感想をいただいたとき、私はほんとうに阿部さんの真意をきちんとわかっていたのかと思うときが多々あったんですね。だから、今は『すまん、阿部さん』という気持ちが。ただ、作品は確実に阿部さんの感性でありパーソナルな部分が出ていると思います。私の中で阿部さんは今もまだ謎の生物的なところがある(笑)。その異能に触れてほしいです」(平見)

 阿部はりかと平見優子。新時代を感じさせる若き女性映画人2人の個性と確かな感性を感じてほしい。

(C)2018 暁闇」製作委員会
(C)2018 暁闇」製作委員会

監督・脚本・編集:阿部はりか

出演:中尾有伽/青木柚/越後はる香ほか

渋谷ユーロスペースほか全国順次公開中。

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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