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軍事演習を取材する外国メディアを制止した市民が称賛される中国はまともなのか?

宮崎紀秀ジャーナリスト
軍事演習中に撮影された中国軍機(2022年8月5日福建省)(写真:ロイター/アフロ)

 中国の軍事演習を取材していた外国メディアを制止しようとした市民が英雄扱いされ、その市民は「すべきことをしただけ」などと話している。中国では一市民が外国メディアをまるでスパイ視し、その活動に目を光らせるような行為に喝采するような異様な社会が生まれつつあるのか?

海辺で外国人たちが演習を盗撮?

 “事件”がおきたのは8月4日。中国が、アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問に反発し、台湾を取り囲むような大規模な軍事演習の開始を通告していた日だ。

 中国メディアによるとその経緯はこうなる。

 福建省福州に観光にきていた一人の中国人男性は、海岸で外国人数人が専門的な撮影機材を持っているのを目にして「おかしい」と思った。

 福建省は、台湾海峡を挟んで台湾と対峙する位置にある。

 当時は40度近い暑さだったが、外国人たちは、周囲が見渡せるような高い場所で長時間居座った。その位置からは、隣接する軍事施設さえ「盗撮」できると男性は考えた。

 そこで男性は、外国人たちに「何をしているのだ」などと英語で声をかけたという。

 その際の映像がネットに流れた。映像を見れば、その外国人らはTシャツ姿だったり、三脚を立てたり、首からカメラをぶら下げたりと、メディア関係者であろうことは容易に想像がつく。たとえメディア関係者と分からなかったにしろ、少なくともスパイ活動に従事しているような者たちの振る舞いでないことは分かる。映像には、中国人男性が「そこで撮影するのはダメだ」とも言っているように聞こえる部分も映っていた。

外国メディアの取材を阻止しようとした男性に賛辞

「(外国人たちは)自分は観光客で景色を見ていると言って、軍事演習を撮影しているとは認めなかった」

 中国人男性は、中国メディアの取材に対しそう話している。男性は、その外国人たちが身分を隠そうとした点を不満に思ったようだ。一方で、明らかにメディアと分かったとも話している。彼らは、軍事演習が始まると撮影に集中しだしたからだった。

 この男性の行為を、中国メディアは「外国人の盗撮を観光客が制止」したなどと取り上げ、ネット民は「国家安全の意識が高い」などと賛辞を送った。男性は自身の行為について「言うべきことを言ってやるべきことをやっただけ」と話している。それは恐らく「中国人として」が省略されている。

中国なら中国人は何をしても良い?

 この“事件”の中に、もう一つ、恐らく多くの日本人が違和感を持つであろう、一幕があった。

 男性によれば、彼らの撮影を制止しようとした際、他の旅行客たちがその様子を撮影しようとした。だが、外国人の側は、それを嫌がり止めさせようとした。すると男性の妻が怒ってこう言ったのだという。

「私は自分の国土にいて、ここは私の国だ。私があんたを撮って何がいけないの」

 激昂したゆえの言葉だっかもしれないが、このような意識が一部の国民の中に潜んでいるのは確かだ。私自身も中国で同様の理屈を何度も聞かされた経験がある。

 それは中国の特殊な“愛国教育”の“成果”だと言えるが、このような“愛国意識”なり、中国が大国になったことへの“自信”なりが、国民の間に浸透しつつあるのを空恐ろしく感じるのは、この男性の妻のように、それらの感情に基づく主張が全く論理的ではないからだ。

 さて、今回の軍事演習は、中国の軍が事前に公表し、衆人環視の中で実施された。中国のSNS上にも、一般市民が沿岸部から撮影したとみられる多くの映像が投稿されている。ならば、何故外国人が撮影するのはダメなのか?

中国メディアで展開される奇妙な理屈

 この当然の疑問を、中国メディアも自問した上でこう解説している。

「それは撮影の精度と目的に関わる。多くの普通の市民が撮影した画像はあまりはっきりしていないし、音だけしか聞こえなかったり、演習の雰囲気だけしか分からなかったりする。だが、専門的な機材と目的で精確に必要なものを撮影すれば、国防軍事の機密を漏洩し、国家と軍事の安全に影響を及ぼす可能性がある」

 中国で活動する外国メディアの記者やカメラマンたちは、中国外務省が発行するジャーナリストビザを取得している。中国政府は、彼らの活動の自由を保証する「建前」だが、この解説では、彼らの取材活動を妨害しようとしたとも言える一市民の行為を追認し、正当化した。

 ちなみに外国メディアによって「機密漏洩する可能性がある」などと指摘された今回の軍事演習に関しては、国営テレビをはじめとする中国メディアは連日、大々的に報じた。 

「軍事秘密を守り、国家安全を守るのは、中国人一人一人の共同責任だ」

 こう述べたのは軍系のメディア。その上でやはり男性の行為を称える。

「軍事演習は、我が軍の戦術戦法を検証する重要な機会であり、同時に一部の人にとっては、軍事情報を探る敏感な時期でもある。それらの外国人の職業が何であろうとも、軍事行動の盗撮は我々の警戒心を呼び起こすものである。勇敢に立ち上がって国家安全を守った観光客を称賛する。このような責任感と警戒心は賛辞に値する」

 こうした一つ一つの出来事が、中国の国民の意識に中国的な“正解”を埋め込んでいくのだ。

目指すは密告社会?

 今回の“事件”を見て、2014年に「反スパイ法」が施行された際の様子を思い出した。同法には公民の義務として、スパイ行為を発見した場合には、速やかに国家安全機関に通報するよう求める条項がある。当時、スパイとして疑わしい行為などの解説や宣伝がしきりになされ、通報が奨励された。更に今年6月には、報奨金を規定し、「反スパイ法」に関わるなど、国家の安全に危害を与える行為の通報を奨励する法律が施行された。

 中国は、国民に対し、個人と国家を同一させるような“愛国心”を植え付けようとしている。そして、“国家の安全”の名目の元に、一般市民同士が互いに監視し、密告し合うような社会を作ろうとしている。

 それは世界の大国として、まともな姿とは思えない。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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