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食糧備蓄は台湾戦争のため?中国国内で高まる武力統一の現実味

宮崎紀秀ジャーナリスト
建国70周年の軍事パレードは中国国内で連日報じられた(2019年10月1日北京)(写真:ロイター/アフロ)

 中国の商務省が、冬に備え各家庭に向けて「生活必需品を備蓄しておくように」と呼びかけた。すると「すわ、台湾有事か?」と身構える人が続出し、後にメディアなどが火消しに走る事態となった。ここには、単なる慌て者の早とちり、とだけでは片付けきれない、台湾有事が現実味をもって囁かれる中国国内の空気感が滲む。

生活必需品の備蓄は何のため?

 中国商務省が11月1日、国民に向け一つの通知を出した。それは、今冬と来春に向けて食糧などの生活必需品の供給を確保し、値段を安定させる方針を示した通知。野菜や食用油などの供給や流通をきちんと管理し、需要を保障することを旨としていた。

 ただその中に、「家庭が必要に応じて、一定の生活必需品を備蓄し、日常生活と突発的状況での需要を満足させるよう奨励する」というくだりがあった。

 中国国内では、これを知って「ついに台湾有事か」と早とちりした人が少なくなかったようだ。商務省の通知を報じたニュースには、次のような反応が多数書き込まれた。

「台湾問題を解決するのか?」

「台湾と戦うから備蓄するのだ」

「何で?本当に台湾問題なの?すごく緊張」

メディアが火消しに

 この状況に慌てたのだろう。中国メディアは翌日から、「商務省の生活必需品の備蓄奨励は、台湾と全く関係ない」とタイトルでわざわざ台湾に言及する記事を流し、火消しに走る事態となった。

 記事は、「一部のネット民は、通知の中にある『突発的状況』に興奮し、台湾との戦争が始まると思ったようだが、考え過ぎ」と、慌て者たちを諌めた。ちなみに中国語で「突発的状況」とは、コロナの蔓延なども指す。

 記事でも、専門家の話を引いて、主に新型コロナ対策として外出制限がなされた場合などを想定しているなどと説明した。

台湾戦争は考えすぎ? 

「考えすぎないで。商務省の最新の回答」

 というタイトルの記事で“鎮火”を図ったのは、「北京青年報」のネット版。北京の中国共産主義青年団の機関紙である。

 商務省の関係者を取材して、今年は自然災害が頻発し、野菜の価格が上昇した上、コロナのリバウンドが起きているための措置などと説明した。

 この商務省の見解に対しては、今度は「確かに考え過ぎだった」などとネット民が“反省”する書き込みがなされた。思わず緊張が走った人々も、一応頭を冷やしたわけだ。

人民解放軍が予備役を招集?

 ただ、中国国内で、台湾有事がそれなりの現実味を持たれつつある不穏な動きを示す事象は、これだけではない。

 北京の新聞「新京報」によれば、11月2日に、多くのプラットフォームで、台湾有事に関するウソのショートメッセージが出回った。内容は、人民解放軍の予備役に対し、呼び出しにいつでも応じられるよう準備を呼びかけるものだった。

 これを報じた記事は「デマを信じないように」と訴えたが、このショートメッセージが広く出回った原因は、内容が全く荒唐無稽とも思えなかったからだろう。

 中国国民が日々目にするニュースを考えれば、それも納得できる。

強気発言を繰り返す指導部

「台湾の未来は大陸との統一を実現する以外に前途はない」

 中国の王毅外相は、10月29日、G20サミットが開かれていたイタリアのローマで、改めて中国の立場を示したという。中国外務省によれば、王外相はメディアの取材に対して、そう応じたそうだ。   

 今、アメリカやヨーロッパの一部の国が台湾との関係を強めつつある。それに対し、中国としても強硬な立場を示さざるを得ないのであろう。

 王外相は、それらの国は「必ずや相応の代償を払う」と凄味を利かせたが、中国ではこうした指導者たちの態度が、誇らしげに報じられ、国内の強硬で好戦的なムードを醸成する。

 そうやって作り出したムードを“世論”と呼ぶのは中国の常套手段で、中国当局がいずれ「武力による台湾統一さえ“世論”によって支持されている」という理屈を吹聴し始めるのは、想像に難くない。

 先に触れたエピソードは、すでにそんな怖さを感じさせる。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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