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日本の炊飯器を買って帰国“疑惑”も。中国で大注目のアジア最速の男

宮崎紀秀ジャーナリスト
アジア新を出した準決勝の中国・蘇炳添選手(先頭)の走り(2021年8月1日東京)(写真:ロイター/アフロ)

 東京五輪の陸上男子100メートルで9秒83のアジア新記録を出した中国の蘇炳添選手。国内での注目度がすごい。本人はコロナ対策で隔離中だが、リモート取材などで見せる屈託の無さと謙虚な人柄が、人気と好感度の秘密のようだ。

まさか日本の炊飯器を買って帰国か?

 中国で話題をさらったのが、成田空港で蘇選手が帰国の際に撮影された映像。中国の赤いユニフォーム姿の蘇選手が、ほぼ立方体の箱を右手にぶら下げて歩いていた。その荷物が、ちょうど炊飯器の箱のように見え、蘇選手が日本から炊飯器を買って帰ったのでは、という“疑惑”が浮上した。

 ファンたちからは、日本製品として炊飯器と並んで人気の「(温水洗浄機つき)便座は?」という声も上がれば、広東省出身の蘇選手が、地元の特色料理でもある鍋でコトコト煮込んだスープを日本でも食べられるように、炊飯器を持ち込んだに違いない、などという“推理”まで飛び交った。

 コロナ対策で帰国後も隔離中の蘇選手は、リモートチャットに応じた際にその点を突っ込まれ、思わぬ“釈明”に笑顔で応じた。

「炊飯器だなんて一言も言ったことはないですよ。あれはプリンターです」

 他の人の荷物を運ぶのを手伝っただけで、箱が炊飯器のものとさえ気づきもしなかったという。

 中国メディアは、「炊飯器事件が解決」などと面白可笑しく報じた。

授業を逃げ出しても追いつかれる?

 蘇選手は、広東省の曁南大学で准教授を務める。地元の新聞「南方都市報」によれば、最近、蘇選手の受け持つ科目で、学生の募集があった。オリンピックを終えて、大学で授業が始まるらしい。

 学生たちからは、こんな書き込みがあったという。

「蘇選手の授業は、絶対にエスケープできない。絶対逃げ切れないよ」

「多分、授業をサボっても先生に追いつかれる」

「卒業の条件は、走りで蘇先生に勝つこと」

 先生の凱旋を心待ちにする学生たちの気持ちが伝わる。

 蘇選手は8月1日に行われた陸上男子100メートルの準決勝を、9秒83というアジア新記録で突破。3時間を待たずして、同じ日に行われた決勝では6位。メダルには届かなかった。

タイムでは銀メダルも狙えた?と言われたら...

 国営中国中央テレビの人気対談番組「面対面」の取材に、やはりリモートで応じた蘇選手は、試合を振り返り自らの弱点も謙虚に認めた。

「準決勝の後の2時間で直ぐに調整して、決勝でうまく力を出せるのが最も重要だが、自分に一番足りなかったのは、この能力だった」

 蘇選手が、準決勝で出したタイムは、アメリカのフレッド・カーリー選手が決勝で銀メダルを獲得したタイム9秒84を上回る。

 しかし蘇選手は、「決勝に進んだ時、おそらくメダルを獲得する力はすでに残っていなかった」と冷静に分析した。

 メダルを取れず残念だ、と一部で報道されていることについて、蘇選手はこう言って笑った。

「みんな私への期待が高すぎますよ」

 パリ五輪への意欲については、「まだ走れていれば挑戦する」という32歳の蘇選手。中国での期待と話題は、まだまだ続きそうだ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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