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アリババ女性職員が泥酔させられ性暴力被害。中国で“飲みニケーション”を見直す声も

宮崎紀秀ジャーナリスト
アリババ女性職員の性暴力被害がアルハラ論争にまで(写真はアリババ本社 杭州)(写真:ロイター/アフロ)

 中国IT大手アリババの女性職員が、宴席で泥酔させられ取引先の男から体を触られるなどの被害を受けた。さらに、その夜、直属の上司から、ホテルの部屋で性的暴行を受けたという。中国では酒を交えた交流は、時には良きものとして受け入れられてきたが、事件の衝撃は、ビジネスの場などで、女性を酒の場に陪席させる“飲みニケーション”を見直す声につながっている。

取引先の相手から...

 この事件は、中国メディアで「アリババ女性職員性暴行事件」などと呼ばれ、この数日、大きく扱われている。事件の経緯は以下のようになる。

 IT大手アリババの女性職員は、先月7月27日、浙江省の杭州から山東省の済南へ出張に行った。出張先で、上司から取引先との宴席に参加するよう要求された。

 女性は酒を飲まされて泥酔し、取引先の男から胸や秘部を触られるなどの猥褻行為をされた。さらに、別の無人の部屋に連れていかれ、行為が続いた。

 上司はそれを見て見ぬふりをしていたばかりか、その夜、意識を失った女性のホテルの部屋に合わせて4回侵入し、性的暴行を加えたという。

会社が取り合わず、ビラで訴え

 女性は、8月2日に杭州に戻った後、部門の上層部に状況を訴えたが、きちんと取り合ってもらえなかった。

 そのため、女性は、事件を暴露したが社内のSNSからは削除されたため、今度は、会社の食堂で、8000字に亘って事件の経緯を記したビラを撒いて訴えた。その時は警備員に妨害されてしまったというが、後に、社内でもこの件が話題となり、会社からも事態を看過しない姿勢が示され、警察の捜査に協力する立場は表明された。すでに捜査も始まった。

 一旦、揉み消されそうになった事件が、女性の身を呈した訴えによって解明に動き出した。その経緯もあって関心が高まった。

明かされた性暴力被害の実態

 女性が記した経緯によって、“飲みニケーション”の中で、いかに弱い立場におかれ、被害者になったかが分かる。

 宴席に到着した時、上司は取引先の男たちに対し、「みなさんに美人を一人“プレゼント”します」などと紹介し、更に酒がとても強いなどと強調したという。彼女が、仕事上の名目で酒を勧められたため、断れずすぐに意識を失ってしまった。

 その彼女に対し、取引先の男の一人がキスをして、胸や太ももや秘部をまさぐり始めた。その後、その男は、嘔吐物で汚れた服を洗うのを手伝うなどと言って、彼女を別の無人の部屋に連れて行き、行為を続けたという。

 この時、彼女はほとんど意識を失っていたが、後に監視カメラの映像で詳細が分かったという。行為は20分以上に及んでいた。

更に上司からも...

 被害はそれだけはなかった。

 彼女は、翌朝、目覚めると、ホテルのベッドに真っ裸で横たわっているのに気づいた。下着を探したが見つからず、見つけたのはベッドサイドのテーブルに置かれた、開封された避妊具の箱だった。上司の男にベッドに押さえつけられてキスをされ、体を触られた記憶が断片的に蘇った。

 彼女は意を決して、その上司の男に電話をして、前の晩に何をしたかを問い詰めた。男は、最初は言葉を濁していたが、抱きしめてキスをしたと認めた。肉体関係を持ったのかどうか問い詰めたが、男はそれを否定し、「君が思うほど深刻ではない。部屋に一度入って、すぐ出て行った」などと説明したという。

 彼女は夫に電話をした。夫は、「何があっても君を愛しているし、大丈夫だ。君が悪いわけでない」と慰めてくれた。

 そしてすぐに警察に通報するように勧めた。

上司がスペアキーで4回部屋に侵入

 通報で警察官がやってきてホテルの監視カメラを確認した。すると上司の行動が明らかになった。

 被害者の女性をホテルに送ってきたのは、その上司と取引先の別の女性だったが、取引先の女性が去った後も、上司の男は被害女性の部屋からしばらく出て来なかった。

 部屋から出てきた上司は、その後フロントに行って彼女の部屋のカードキーを作り、再び女性の部屋に侵入した。

 監視カメラには合わせて4回、上司が女性の部屋に侵入するのが記録されており、長い時には20分以上、部屋の中に滞在していた。

 翌日、上司は警察に呼ばれて事情聴取をされたが、女性の方が主体的にやったことだと主張したという。

紀律検査委員会も問題視する“不文律”

 アリババはすでに、内部調査の結果、この男を解雇し、当初、事態を軽視した部門の上司たちも引責辞職とさせた。すでに警察も介入し、男に女性の部屋のカードキーを発行したホテルも調べを受けているが、事件は性暴力の土壌となる酒席でのパワハラやアルハラへの関心も引き起こした。

 中央紀律検査委員会も、わざわざこの事件について触れ、「不文律がはびこる土壌を取り除くべき」と題する論評をHP上に発表した。法律で罰せられるべき点とは別の要素として、仕事の名目で出張を強要したり酒を無理強いしたりする不文律を問題視している。

 あるメディアは、被害者が当初、きちんと訴えたにもかかわらず、部門の上層部が取り合わなかった点を指し、「酒の陪席文化」への性差別が明らかに存在していると糾弾した。

 例えば、ある県の対外担当の部門では、「白酒が少なくとも500mlは飲めること」を女性の採用条件としたことがあったという。白酒とは、中国の宴席でしばしば供される高粱などを原料とする蒸留酒で、アルコール度数が高く、物によっては50度くらいある。

女性採用の決め手は「酒が飲める」?

 また、ある会社では、18歳から28歳の女性の採用面接で、白酒が入ったグラスを5杯並べ、30分以内に飲み終わった後、呂律が回っているかどうか調べたという。

 こうした悪しき例を上げ、酒が飲めるか否かを「“ハードル”にするのは、女性の就職を阻害し、就業差別を助長する」と弾劾する。

「醜悪な“酒の陪席文化”を根絶するためには、もっと多くのアリババの被害女性のような人が、酒を勧める背後にある侵害に対し、大声でノーを言うべき」であり「“酒で仕事をする”という誤った習慣がはびこるようでは、いかなる企業も長期的な発展は望めない」

 議論は飲みニケーションに対する世代間の認識の違いにも及ぶ。

「酒の量やお世辞ではなく、専門的な能力を評価して欲しい」と考える若い世代に、“酒席文化”は受け入れられていない。そう論評したのは、北京の新聞「新京報」。

 その内容は、若い世代が嫌うのは、お酒ではなく、酒席に潜む権力のルールなのであり、平等や透明性という価値観を伝えてきたインターネットと共に成長してきた彼らの思考と、酒席文化は相容れないというもの。その上で、こんな声で締めくくっている。

「もし90年代生まれが、歴史の使命を負うとするなら、酒席文化を終結させることだろう」

 日本の社会にも残念ながら同様の悪しき風習は残っている。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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