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10万人の犠牲者をネタにしてアメリカ民主主義を否定。コロナ禍で自信をつける中国

宮崎紀秀ジャーナリスト
コロナ禍で何故か自信をつける中国(2020年5月27日北京にて)

 アメリカで新型コロナウイルスによる死者が10万人を超えた。中国では、その悲劇の原因は「アメリカの政治制度の衰退だ」と断じる論客が支持されている。中国ではコロナ禍を材料に「中国は優れている」というムードが作られている。

死者の数をアメリカ批判のネタに

 アメリカで新型コロナウイルスによる死者が27日、10万人を超えた。それに対し、中国での死者は29日の時点で4600人あまり。

 この事態をネタに「これは、アメリカにとって過去数世紀で最大な恥辱」というタイトルの論評が発表された。

 書いたのは、“愛国”主義的な主張で著名な胡錫進氏。胡氏は、共産党の機関紙「人民日報」系の国際新聞「環球時報」の編集長である。上の論評は、胡氏が自身のブログで発表したものだが、「環球時報」は、同紙のネット上のアカウントにも掲載した。

 胡氏は、先ずアメリカでの死者の増加の原因が、政治体制にあるとした。

「新型コロナウイルスによる死者が10万人を超えたのは、超大国のアメリカにとって過去数世紀で最大の恥辱である。これは、アメリカの政治制度の衰退を反映しており、政府は公然と無策ぶりを示している。罷免されたり牢屋に入ったりした役人もいなければ、ホワイトハウスはこの悲劇的な数字に関する人道主義に基づくスピーチもしていない」

アメリカの香港への懸念は自国民をごまかすため?

 次に香港である。

 アメリカは、中国が全人代(=国会に相当)で香港に国家安全法の導入を決めたことについて猛反対した。アメリカからすれば、その理由は、香港の高度な自治や、人権、言論の自由が脅かされる懸念である。

 しかし、胡氏は「アメリカ政府と議会は、中国の香港の国家安全法への攻撃に集中している」目的を、新型コロナ対策の失策から国民の目を逸らすためと断じる。

「アメリカ人になんとなく、現在の世界の最大の人権の悲劇は香港に国家安全法が作られることであり、アメリカで新型コロナウイルスにより10万人が生命を失い、さらに多くの人が死亡し続けることではないと思わせようとしている」

天安門広場が象徴する中国。アメリカより優れている?(2020年5月27日北京にて)
天安門広場が象徴する中国。アメリカより優れている?(2020年5月27日北京にて)

アメリカの価値観は淘汰される?

 その上で、社会現象に自然淘汰の考えを持ち込んだ「社会ダーウイン主義」の旗が、今アメリカで高々とはためていると例えて、アメリカの社会と価値をこき下ろした。

「人道主義は、隅に置かれたままの美しい花瓶のように埃をかぶっている。老人、弱者、病人、障害者を死なせ、貧しい人を死なせ、それでもアメリカの株式市場で株価は上がった。これが、アメリカ政府が必要とする“成績”であり、これこそが“偉大な資本主義”である」

 胡氏の論評に対する書き込みには賛辞が並ぶ。

「すばらしい分析」「アメリカ人の頭には恥辱の概念はなく、あるのは占領と略奪だけだ」

中国語の記者会見に通訳はいらない?

 コロナ禍での異例の開催となった全人代が、昨日5月28日閉幕した。全国から3000人近くの代表が北京に集まり、国政を審議する場だが、中国メディアによると今回の全人代ではこんなエピソードがあった。代表の一人で、湖南省株洲市の党委員会副書記を務める陽衛国氏が「国内で開かれる重要な記者会見の外国語の通訳を無くそう」と提案したというのだ。

 現状では、中国で開かれる大きな記者会見には外国語の通訳がついている。全人代閉幕日の恒例行事として、昨日催された李克強首相の記者会見や、毎日開かれる中国外務省の定例会見でも英語の通訳がある。

 それが必要ないという理由は、国連でも中国語が公用語として採用されており、外交上使用される言語として法的地位を得ている点、中国の文化に対する自信を示す為だという。

国際世論の主導権を握るため?

 政府が関わるような記者会見で、外国語の通訳をなくして直接中国語を通じてメッセーを発信すれば、中華文化を全世界に効果的に伝え、中国語の影響力や中国の国際世論の主導権を増強できるからだという。

 陽氏のアイデアに新型コロナが直接影響したかは不明だ。だが、(中国はそうは認めないが)少なくとも中国から広がったように見える新型コロナに世界が大打撃を被っている時に、大した自信の持ちようではある。

習近平主席も体制に自信を見せる(2020年5月27日北京にて)
習近平主席も体制に自信を見せる(2020年5月27日北京にて)

習近平が示した体制への自信

 感染拡大で自国の責任を追及されると「感染症は全人類の敵だ」と反論を続ける中国。彼らにコロナ禍がもたらしたのは、反省ではなく自信のようなのだ。

 自国の体制への自信は、習近平国家主席自身が4月27日こう述べていることからもわかる。

「中国が感染の予防、抑制と(企業などの)操業、生産再開を力強く進めることができた根本的な理由は、党の指導とわが国の社会主義制度の優位性が比類なき重要な役割を発揮したからである」

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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