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中国の未婚女性は卵子凍結できない? その権利を巡る初の裁判

宮崎紀秀ジャーナリスト
人工受精の様子。中国で未婚女性の卵子凍結をめぐり裁判が(写真:アフロイメージマート)

 1人の独身女性が、卵子の凍結保存を求め病院を相手に裁判を起こした。病院側が「中国の法律により、独身女性の卵子凍結保存はできない」と処置を拒んだからだ。女性は、これを「女性差別による人権問題」として徹底的に争う姿勢を示している。

 たった1人の女性の戦いが、中国の生殖補助政策を大きく変える可能性がある。

卵子凍結を望む31歳の独身女性

 裁判を起こしたのは、ニューメディアで働く31歳の独身女性。銀色の短髪、耳に複数のピアスが光る彼女は、今や女性の権利保護を訴える活動家の様相さえ呈しはじめている。

 中国メディアによれば、彼女が卵子の凍結保存を決意したのは、しばらく仕事を続けたいと思ったからである。近年昇級したばかりで、仕事は重要な時期。加えて、北京での生活はお金もかかるしテンポも早い。ボーイフレンドはいるが、今しばらくは結婚を考えていない。

 子供を持つのは、もう少し先にしよう。

 去年11月、北京市内の産科医で、卵子凍結保存のための検査を受けた。翌月手にした検査結果は「健康状態は良く、卵子凍結の条件に適している」。 

 だが、結婚証明書を提示できなかった彼女に対し、医師は、卵子の凍結保存を認めなかった。

独身女性へは禁止の条項が

 医師がその理由としたのは、2003年に当時の中国衛生省が出した「人類生殖補助技術規範」である。その中に「国家の人口及び計画出産の法規と条例規定に合わない夫婦と独身女性に対しては、(卵子凍結を含む)生殖補助技術を使ってはいけない」と明記されているからだ。

 ちなみに、日本では、2013年11月に日本生殖学会がガイドラインを決め、未婚女性が将来の妊娠に備え卵子を凍結保存できるよう認めている。

 彼女は、外国で卵子凍結をすることも考えた。が、費用がかかりすぎる。国内でも独身女性が、卵子を凍結保存でき、子供を産む権利が認められるべきである。

 病院を相手に裁判を起した。

卵子凍結を認めないのは人格権の侵害

 初公判は、今月23日に北京市内の裁判所で開かれた。弁護士によれば、これは出産の権利にかかわる問題だが、中国には出産権に対する明確な概念がない。

 そこで、「人格権が侵害された」として病院を訴え、女性の卵子凍結保存の要求に応じるよう求めた。主張は、病院側の行為は女性身分に対する差別であり、男女平等に反している。

 裁判で、病院側の弁護士は、独身女性の出産への要求は理解できるが、独身女性に卵子凍結技術を適用すれば、独身女性の出産年齢を遅らせ得るし、単親家庭の問題を引き起こし得ると主張した。

 これに対し女性は、全ての結婚した夫婦に育児能力があるわけではないし、離婚でも単身家庭は生まれるので、単身家庭の問題を、独身者の出産の権利を奪うことで解決しようとすべきではない、との考えだ。

 独身女性が、卵子凍結を選ぶ理由は、シングルマザーになりたいからというだけではなく、適齢期に卵子凍結をして遅く結婚したいだけかもしれない、とも反論している。

彼女の主張にエールが集まる?

 彼女の主張に、共感が広がっているようだ。中国メディアは、「中国の法律のどこにも独身女性の出産を禁じていない」などという専門家の声を取り上げている。また、裁判を傍聴した女性たちの次のような声を取り上げている。

「(卵子凍結は)基本的な権利の1つです。いつ、どんな方法で子供を産むかは自分で選びたい」

「(子供を産むよう)家族や社会からプレッシャーを受けますが、まだ心理的な準備ができていません。だから、卵子凍結は1つのチャンスを与えてくれます」

 裁判の結果はまだ出ていないが、この女性の奮闘が、世論の大きな応援を得て、中国女性の選択肢の幅を、少しだけ広げそうな勢いだ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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