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「さまよえる地球」大ヒットSF大作映画が描く中国流の未来とは?

宮崎紀秀ジャーナリスト
SF大作が描くのは中国流の未来?(北京にて2019年2月10日撮影)

中国のSF映画元年を開く大作

 中国製SFアクション映画「さまよえる地球(原題:流浪地球、The Wandering Earth)」が中国で大ヒットしている。2月5日の春節に合わせて公開された同映画は、きょう11日までに21億元(1元=約16円)の興行収入を挙げたという。「中国のSF元年を開いた」との絶賛ぶりは、国営テレビのニュースでも報じられ、アメリカ紙ニューヨーク・タイムズが「中国の映画産業が、遂に宇宙競争に参入した」と報じたなどと、海外での好評価も、中国メディアが翻訳して転載している。

 原作は中国人作家、劉慈欣氏の同名小説。ストーリーは、太陽の消滅に直面した人類が、地球ごと太陽系を抜け出し、安寧の地を求めて宇宙をさまようというものだ。

ハリウッド顔負けの特撮アクション

 宇宙ステーションや巨大な自然災害を、特撮を駆使してダイナミックでスピード感たっぷりに表現し、手に汗握るアクションは、ハリウッドの同種の大作にも負けていない。中国版SF大作の称号に恥じない。郭帆監督のインタビューによれば、外国の技術スタッフに頼ったのは、特撮の4分1のみというから、確かに、今後の中国SF映画の隆盛を期待させる。

 中国では、ヒットの理由の一つに、伝統的な家族や社会に対する責任感や、自己犠牲の精神が盛り込まれており、中国人の価値観に合致した、と分析されている。映画の舞台も春節の時期に設定してあり、この時期に友達や家族で見に行くには、心地良い仕掛けも揃えてある。

中国的世界観が盛りだくさん?

 しかし、外国人の私に興味深かったのは、そのような中国メディアが触れない「中国的な要素」が随所に見られる点だ。それは、中国あるいは中国人がイメージする未来の世界の姿である。

 クスッ、と笑えるレベルでいえば、現在の中国が誇るキャッシュレスの技術、バーコードやQRコードで支払いが完了する移動決済が、近未来の世界でも使われている。この分野での中国の優位は今後も続くらしい。

2044年のオリンピックは上海開催?

 また、廃墟となった上海に「2044年オリンピック」と書かれたスタジアムが映っている。2022年に冬季五輪を開催する北京は、2008年の夏季に続き、冬のオリンピックも開催する史上初の都市と胸を張るが、中国はその後もオリンピック誘致の熱意を捨てないらしい。

 もう少し視界を広げると、中国的視点からの国際社会の未来が見えてくる。

 習近平国家主席は、国力をつけた自国とアメリカとの関係について「新型の大国関係」と呼び、互いの立場を尊重し、相互利益を最大化しようとする関係を提唱してきた。しかし、今日に至るまで、アメリカはその思いになかなか応じてくれず、現在の世界では、貿易戦争で利害が激しく対立し合う関係になっている。

中国の親友はロシア

 さて、「さまよえる地球」に描かれた未来世界では、主人公の中国人宇宙飛行士の片腕で、親友として登場するのが、ロシア人の宇宙飛行士である。中国と二人三脚で世界を救おうとする最大のパートナーは、アメリカでも日本でもなく、ロシアなのである。

 映画は、現在の国連のような主権国の連合体が、太陽系脱出計画を主導している想定。その中で、中国人の主人公たちが活躍し、彼らの呼びかけに世界の人が協力するという展開になるが、実は、一連の奮闘劇の中で、アメリカの影が全くといっていいほど、無い。

未来では影の薄いアメリカ?

 現在の世界のパワーバランスについて、2019年の国連予算についていえば、アメリカは22パーセントと最も多くを分担する。中国の分担は12パーセントで2位、日本が、8.5パーセントで3位である。

 そのアメリカの影響力は、「さまよえる地球」が描く未来では、完全に低下している。それは、今、中国が目指している世界秩序の再編成が進んだ後の姿と重なって見える。ちなみに「さまよえる地球」では、日本もほとんど貢献しない。

モデルは習主席の「人類運命共同体」?

 中国人の主人公たちの奮闘が人類を救う。彼らが鍵を握るのは、地球ごと宇宙をさまよう人類の運命だ。それは、意図したかどうかはわからないが、習近平国家主席が、好んで使うフレーズ「人類運命共同体」を見事に体現している。

 その「運命共同体」である人類の生死を握る重要な作戦も、中国的に決断される。中国人の主人公たちが決めたことは、他国への根回しや審議がなく、即断されてしまうのだ。国連を模した連合体の決定も、主人公は独断で無視してしまう。

 現実の世界で政治プロセスが不透明な中国の人々は、違和感を感じないかもしれないが、そこでは、民主主義的なプロセスは完全に無視されている。

 結果としてそれが功を奏するわけだが、危機に際して、独裁的な意思決定は、民主主義的プロセスを踏むよりも効率的で優れているという、中国的な「正解」が暗示されているように思えてしまう。

共産党だけが地球を救える?

 アメリカ政府系のラジオ・フリー・アジアは、「共産党だけが地球を救うことができる」と印刷されていたチケットがあったと報じている。その真偽は明らかでない。私自身は、事前にネットで予約して映画館に向かったので、そこで受け取ったチケットは食堂の引換券のような味気ない紙片で、そのようなフレーズは記されていなかった。

 日本での公開は未定のようだが、機会があれば、中国の人たちが喝采を送っているこのSF大作を、ぜひご覧いただきたい。中国の指導者や党の意向を反映させるために映画を作ったわけではないだろうが、むしろ興行的な成功を狙って出来上がった映画から、そのような中国的な価値観が滲み出ているのを知るのも、一つの楽しみ方かと思う。

古典SFのパクリ?

 蛇足だが、ストーリーの中でかなり重要な要素を占めるモノが、あるSFの古典映画の名作をモチーフにしていると思われる。ほとんどパクリと見えなくもないが、そこは中国であまり指摘されていない。それも、いかにも中国らしい。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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