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中国で夫が“消えた”。その妻が、人権賞を受賞

宮崎紀秀ジャーナリスト
ストックホルムの授賞式:The Edelstam Prize のFacebook

 弁護士である夫が三年前に身柄拘束され、その後、自らも当局から圧力を受け続けている李文足氏(33歳)。彼女が、スウェーデンの人権賞を受賞した。

 受賞は先月27日に発表された。この賞は、南米チリで起きた軍事クーデターの後、反対派や自国民らを逃亡させた当時のチリ駐在のスウェーデン大使、「南米のシンドラー」とも称されるハラルド・エデルスタム氏にちなむ。賞は、人権擁護のために勇気を持って立ち上がり、貢献した人物に授与されるという。

王全璋弁護士の妻、李文足氏(今年9月 北京)
王全璋弁護士の妻、李文足氏(今年9月 北京)

 李文足氏の夫、王全璋氏(42歳)は弁護士である。王弁護士は、2015年の7月、中国当局に身柄拘束された。当局は、当時、中国で人権派と呼ばれる弁護士や活動家に対する一斉摘発に乗り出し、国家政権転覆罪などを追及した。これは、当局の言いなりにならない弁護士らに対する弾圧であった。王弁護士も、中国政府が「邪教」と呼ぶ法輪功の信者や、地方政府による強制的な立ち退きの被害者の弁護を買って出る人権派の一人だった。

王全璋弁護士の最後の写真。右は息子(2015年6月)
王全璋弁護士の最後の写真。右は息子(2015年6月)

 一連の摘発で、300人以上が取り調べなどを受けたとされるが、なぜか王弁護士だけは、妻の李文足氏が、拘置所に行って差し入れをしようとしても拒絶され、家族が雇った弁護士でさえ面会が許されないという状態が続いた。王弁護士の健康状態や生死さえ確かな情報は事実上ないまま、今に至っている。

 この間、李氏は、夫の安否を確かめるため、そして夫を含めて今も弁護士や活動家が弾圧を受けている事実を訴えるため、発信を続けてきた。そのため、自分自身も行動の制限を受けたり、子供が幼稚園の入園を拒否されたり、厳しい圧力に晒された。

 しかし、それに挫けることなく、今も活動や発信を続けながら、夫の帰りを待っている。

 ストックホルムで開かれた受賞式は、受賞者本人が不在のまま行われた。李文足氏は、出国できないからだ。代理で、アメリカ在住の盲目の活動家、陳光誠氏の妻、袁偉静氏が出席した。

李文足氏は夫の安否を求め活動を続けている(今年9月 北京)
李文足氏は夫の安否を求め活動を続けている(今年9月 北京)

 この三年間の李氏が経験した信じがたい生活と、中国で続いている人権抑圧の状況については、先に連載した「ある日、夫が“消えた”」に詳しく触れたので、参照にしていただければ幸いである。(「ある日、夫が“消えた” 第1話」

 その上であえて今回、受賞のニュースに触れたのは、獄中でノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏を例にするまでもなく、中国は“人権問題に関する賞の受賞大国”だからである。欧米諸国や日本のみならず、「今や大国」と胸を張る中国自身が、その皮肉な事実に目を向けるべきだからである。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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