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シェア自転車を“新大発明”と中国が自賛するワケは? 〜中国発!シェア経済の実態(中編)

宮崎紀秀ジャーナリスト
”新大発明”のシェア自転車は中国で2500万台以上投入されているという。北京にて

 中国でシェア経済が急激に発展している。様々なシェアビジネスが誕生したが、中でもシェア自転車は、新大発明の1つとまで賞賛されている。国内200以上の都市で合わせて2500万台以上が投入されるほど普及し、ついに日本にも参入を果たした。3回シリーズの第2回。シェアビジネスの知られざる実態とは?

充電パックもスポーツジムも・・・“シェアビジネス”続出

 中国政府は、シェアビジネスを「社会資源の利用効率を高め、人民大衆の生活を便利にする」(李克強首相の2017年全人代での政府活動報告)などと強く支持している。技術革新と経済構造改革の尖兵として期待しているのである。その社会の空気に、これも政府の後押しする起業ブームが相まって、日本ではあまりお目にかからない“シェアビジネス”も誕生した。

モバイルバッテリーのシェア。この機械から借り、ここへ返す
モバイルバッテリーのシェア。この機械から借り、ここへ返す

 北京の百貨店で見かけたのは、携帯電話のモバイルバッテリーを貸し出すビジネス。大型の自動販売機のような機械の前面にいくつもの取り出し口があり、スマホのアプリからレンタルを申請すると、その取り出し口の1つからモバイルバッテリーが出てくる。ショッピングしながら充電し、使い終われば“自動販売機”に返却する。使った時間に応じた料金を、支払いアプリで払う。料金は最初の1時間は無料、その後は1時間1元(約17円)という設定だった。

 同じ百貨店の中には「シェアカラオケ」と称されているものもあった。その実は、2人入ればいっぱいの小さいカラオケボックスに過ぎないが、スマホのアプリで解錠し、使った時間分だけ支払いアプリで決済するという仕組みをみれば、流行りのシェアという感じがしないでもない。

これも
これも"シェア”カラオケ。北京の百貨店にて

 北京市内の団地の中に出現した「シェアジム」も仕組みは同様。外見は、高さ3メートル弱、床面積3畳ほどガラスの箱である。やはりスマホで扉を解錠すると、中にはトレッドミルとフィットネス用バイクが1台ずつあり、トレーニング中にテレビなどが映る画面もあった。料金は5分で1元(約17円)。その団地には別の社のシェアジムもあり、こちらはトレッドミルのみだったが、料金は同じ。昼前に利用していた女性は「家から近いので、歩いて来られて終わったらシャワーを浴びに戻れます。とってもいいですよ。これから出勤です」と笑顔で去って行った。

シェアジム。料金は5分で1元(約17円)
シェアジム。料金は5分で1元(約17円)

30社近くは倒産かサービス停止

 以上は、まだ存続している例だが、シェアと名付けたビジネスは玉石混合で、雨傘や公園で使うためのバスケットボールのシェアなども登場したが、あっと言う間に姿を消した。コンサルタント会社、艾艾媒諮詢の発表した「2017〜2018中国シェア経済業界全景調査報告」によれば、去年、シェアビジネスの会社は50以上誕生したが、30近い会社がすでに倒産かサービスを停止しているという。

北京の地下鉄駅前に停められたシェア自転車
北京の地下鉄駅前に停められたシェア自転車

 その中でも一際勢いに乗るのが、中国の新大発明の1つとまで賞賛されるシェア自転車である。

 シェア自転車が多くの人の目に留まり始めたのは、おそらく2016年の末ごろからだろう。複数の会社が参入したが、いずれの自転車も明るい塗装の洗練されたデザインで、新鮮だった。

中国式シェア自転車は乗り捨て自由

 中国式シェア自転車がデザイン以上に斬新だったのは、自転車を街のどこに乗り捨ててもよいという方式を採用した点である。スマホのアプリで解錠して自転車に乗り、目的地に着けばそこで施錠して放置しておけばよいのだ。そうすればそこから他の誰かその自転車を借り、乗って行った先でまた乗り捨てる。利用者にとってのこの便利さが、シェア自転車を瞬く間に蔓延させ、この2年足らずのうちに黄色やオレンジ色というイメージカラーに染まった大量の自転車は人の生活と街の風景にすっかり溶け込んだ。交通運輸省によれば、今や200以上の都市で合わせて2500万台の自転車が投入されているという。

シェア自転車は乗り捨て方式
シェア自転車は乗り捨て方式

 シェア自転車を利用するには、まずスマホにそれぞれの会社のアプリをダウンロードする。そして実名や電話番号を登録した上、支払いアプリを通じて保証金を預ける必要がある。保証金の額は社によって異なるが、今なら99元〜299元(約1680円〜約5080円)が相場である。

スマホのアプリでQRコードを読んで解錠する
スマホのアプリでQRコードを読んで解錠する

 最初にここまでの手続きさえしておけば、あとは簡単だ。自転車についているQRコードをこのアプリでスキャンするだけで、後輪のスポークとスポークの間に差し込まれた閂のような鍵を開けることができる。スキャンしただけで閂がパカッと開くタイプもあれば、アプリ上に4桁の暗証番号が示され、鍵についた数字のボタンをその順序に押して解錠するタイプもある。解錠できれば、あとは乗って好きな所に行けばよい。

 利用料は、最初の30分や1時間以内ならば1回1元以内の廉価に設定している会社がほとんどだ。それとは別に、1か月の料金が定額というサービスもある。その料金設定は数元〜20元(数十円〜約340円)。1回の利用が2時間を超えるなどの特別な事情にならない限り、何度利用してもそれ以上料金が加算されることはない。事実上の乗り放題である。乗り捨て式に加え、安さがもう1つの強みだ。

「いつも使うよ。(会社まで)歩くと10数分かかるから」(男性ユーザー)

「地下鉄から家までとか。費用は安いですね。月決めで基本的にはタダだから」(女性ユーザー)

 使い終わって後輪の閂を手で戻してやるとロックされアプリが使用終了を認識する。アプリ上には、走った経路、時間や料金が示され、支払いアプリで支払う。シェア自転車は、エコを謳い文句にしているだけあって、その移動に車を使わなかったために抑えた温室化ガスの排出量や、自転車を漕いだことで燃焼した消費カロリーまで示してくれる社のアプリもある。ゲーム感覚だ。

自転車の回転率を上げるヒミツ

 去年12月のある朝。北京中心部のビジネスエリアにある地下鉄駅、金台夕照の出口付近で、若い男性が大量に並ぶ自転車を抜き打ちテストのようにチェックしていた。鄭子宸さん(23歳)はシェア自転車大手、黄色の自転車で知られる「OFO」の職員だ。

OFOの鄭子宸さん。自転車の回転率を上げるのが大きな役目
OFOの鄭子宸さん。自転車の回転率を上げるのが大きな役目

 鄭さんが自分のスマホで自転車のQRコードをスキャンすると、中にはスマホの画面上に故障箇所が示される車体がある。事前に利用者から報告された不具合がフィードバックされているそうだ。こうした故障車を見つけると、サドルの前後をくるっとひっくり返して、「修理待ち」のシールを貼る。後にまとめて回収するという。

 鄭さん以外にも他にもOFOと書かれた黄色いベストを着た3、4人の年配の作業員がおり、鄭さんの指示で自社の自転車をきれいに並べ直したり、故障車を運び出したりしていた。

 そうした作業の最中に、OFOの自転車を積んだ荷台付きのバイクやトラックがどこからかやって来る。すると今度は、その「積荷」の自転車を下ろして空いているスペースに新たに並べていく。

「(利用者が自転車に)乗っていってしまったら、ここの自転車が無くなってしまいます。だから、もう1度持って帰ってきて、自転車を戻してきています。これで循環させるのです」

鄭さんのスマホ画面に示された数字。477がこのエリアの需要数
鄭さんのスマホ画面に示された数字。477がこのエリアの需要数

 鄭さんが見せてくれたのは、スマホ上に示された地図。地図上には幾何学の教科書にあるような形も大きさもばらばらな図形が示され色分けされている。それぞれの図形は、自転車を運用する基準となるエリアを区別するものだ。我々がいるエリアには477という数字が記されている。朝7時から10時半までのラッシュ時に、このエリアで見込まれる自転車の利用回数という。自転車を置けるスペースは限られている。朝のラッシュ時ならば、多くの人が地下鉄駅を出たらそこから自転車に乗りで会社まで行って乗り捨てる。すると地下鉄駅前の自転車が足りなくってしまうため、空いたスペースに自転車をどんどん補充していく必要がある。その作業の結果、477という利用回数を「達成できる」という。自転車の利用効率のアップも鄭さんの大きな任務だ。

1年働けばベテラン

 OFOの本社は北京の北部、学生街に近い商業ビルの中にある。社内はイメージカラーの黄色が多用され、デスクのパーテーションからは「Hello! OFO」という標語や部署名が、漫画の吹き出しのように陽気に飛び出している。あるデスクの島の上に浮かんだ金色の風船は、よく見ると数字の1の形をしている。

大手シェア自転車OFO本社。1年働けばベテランという
大手シェア自転車OFO本社。1年働けばベテランという

「ここにいる人たちは皆、満1年たった職員です」

 案内してくれた広報担当の張亦楠さん(29歳)が教えてくれた。なるほど、「新人たちですね」と相槌を打つと、「いえ、1年働いたらもうベテランの部類と言えます」と笑われてしまった。

 中国の最高学府、北京大学で修士過程にあった青年が、仲間と起業しOFOを本格始動させたのは2015年6月。それから3年足らずの間に、社員3千人以上を抱える大企業に成長した。本社だけでも約800人というスタッフは一様に若い。平均年齢はおそらく20代後半か30前後だろう。創業者の戴威CEO自身も1991年生まれ、今年27歳という若さである。「初心忘れるべからず」という思いなのか、本社の窓からは北京大学のキャンパスが臨める。

1つ1つの自転車はセンサー

「みなさんは黄色い自転車を見た時に、ただの1台の自転車と思うかもしれませんが、実は、1つの末端神経と考えることができます。1つ1つはセンサーで、中央のシステムとつながって全体を作り上げています。その本質はビッグデータのシステムです」

「自転車はセンサー」と語る邵毅さん。OFOでビッグデータを担当
「自転車はセンサー」と語る邵毅さん。OFOでビッグデータを担当

 自転車を「センサー」と呼ぶ邵毅さん(31歳)は、OFOでビッグデータを管轄する。センサーとは、即ち自転車についている鍵である。鍵を通じてユーザーの位置情報を把握しているという。邵さんは次のようにその一例を明かす。

「多くの人が朝、家から地下鉄駅まで自転車に乗り、その後、地下鉄駅から会社まで自転車に乗ります。このパターンは強固で、その人がどこに住み、どこで働いているかを知ることができます」

 OFOが胸を張るのが、このような情報を集積したビッグデータに基づいた自転車の運用システムだ。

 邵さんが説明のために見せてくれたのは、運用の現場で鄭さんがスマホの端末で見ていたものと同じ地図だ。北京をいくつものエリアに区切り、それぞれの自転車の必要度を算出している。必要度は当然、時間ごとに変わる。適宜、必要度の低いエリアに置かれた自転車を、高いエリアに移動させ、利用回数を増やすのが目的の1つだ。

「(ユーザーが)どこで乗ってどこで降りたかが分かります。住んでいる場所や普段どこにいるかが把握できるので、エリアの需要量を算出できるのです」

鍵を通じてユーザーの位置情報がわかるという
鍵を通じてユーザーの位置情報がわかるという

 この本部の分析が、鄭さんのような街角に立つスタッフに伝えられていたという訳だ。

 一方、OFOはこうしたデータを地元政府にも開放しているという。自転車専用道路の設置などに関して地元政府とは協力関係にあり、データは地下鉄やバスなど公共交通の計画などにも利用されているという。

世界をめざす中国式シェア自転車

 OFOの会議室には、アスタナやサンホセなど世界の都市の名前がついている。「『じゃ、ニューヨークに行って会議しましょう』と言ったりしていますが、実際は社内にいるのですよ」と広報の張さんは笑う。「世界的な企業になることが私たちの夢ですから」

「世界的な企業になるのが夢」と広報の張亦楠さん
「世界的な企業になるのが夢」と広報の張亦楠さん

 その夢に向かうべく、OFOはすでに22か国に進出したとしており、そこには日本も含まれる。去年、ソフトバンクC&Sと提携して日本で展開する計画を発表し、3月末には和歌山でサービスを開始した。OFOと並ぶ大手の「モバイク」は、小規模ながらすでに札幌と福岡で運用を開始している。今や世界を目指す中国発のシェア自転車ビジネスだが、実はその足元では様々な問題が明らかになっている。その詳細については、次の最終回で続ける。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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