Yahoo!ニュース

米有名大の日本出身プロフェッサーが説く。文武両道の鍵は急がば回れ!

宮下幸恵NY在住フリーライター
ウォームアップ時も分厚い教科書を開く新体操の元全米ジュニア代表、篠原エレナ選手。

スポーツバカはダメ?!

文武両道はあり得る? それとも、あり得ない?!

この夏、創部52年目で初めて甲子園出場を果たした山口・下関国際高校野球部、坂原秀尚監督の「文武両道はあり得ない」というフレーズを耳にして、古くて新しいお題を改めて考えてみた方も多いだろう。

出来ることなら勉強も運動もできて、性格もよくてお友達に囲まれたなら・・・と願うものの、実際子供をもつと「そんなの理想論だ」と嘆きたくなる瞬間があるのは子育てあるあるだと思う。

ここアメリカでは、大学進学時に学業成績だけではなく、スポーツやボランティア活動、芸術や音楽での実績や才能、リーダーシップを評価されることもあり、大都市ニューヨークでは小さな頃から習い事を掛け持ちする親子が多い。

が、本当にアメリカでは文武両道の生徒が大学入学時に有利になるのか?

「大学のアドミッション(入学選抜担当職員)とも話すのですが、彼らはスポーツなり芸術なりでトップレベルの人たち、勉強だけができる子ではなく、いろんなタイプの子が必要だと話している。いろんなタイプの学生が刺激し合う環境を作って、それによって何か新しいものが生まれてくる。そういう創造的な集団を作るためには、学力はある程度あって、それ以外にできるものがある方がいいと。特に(アメリカの)上位校には」と語るのは、ジョージア工科大生物科学科で教鞭をとる篠原稔准教授だ。

ジョージア工科大といえば、アメリカ国内で有数の理系大で全米大学ランキングでも上位常連校で公立理系大の頂点だ。今年度の新入学生は、大学進学適正試験のSATで1360−1490(1600満点)と、アイビーリーグ受験に必要な点数に近い高得点を取得した優秀な学生が狭き門を突破。大学スポーツも盛んで、まさに文武両道の生徒が通う名門大だ。

稔さんは3年前に発表した学習直後の筋トレによって記憶力が10パーセント向上するという研究論文が日米で注目を集めるなど、アメリカの大学で活躍する数少ない日本出身のプロフェッサーであり、米新体操界のホープ、篠原枝令菜(以下エレナ)選手の父でもある。

2017年新体操全米選手権では種目別リボンで9位に入った。
2017年新体操全米選手権では種目別リボンで9位に入った。

エレナさんは2014年、父である稔さんの米国籍取得に伴い米国籍に。米国代表入りの条件をクリアすると、15歳の時に念願だった全米ジュニア代表入り。東欧出身のコーチに指導を受け急成長を遂げるアメリカのジュニア世代で頭角を現し、シニア入りした16歳のときには全米総合トップ10、17歳になった今年も全米種目別でトップ10入りしている。

新体操でトップレベルにいながら、学業だけでなく課外活動での実績やリーダーシップなどが評価される高校生対象の全米優等生協会(National Honor Society)のメンバーに選出されたり、各州の予選を勝ち上がった小学生から高校生までを対象にした全米発明起業大会(National Invention ,Convention and Entrepreneurship Exposition)にジョージア州代表として参加するなど、学業でもあくなく探究心をぶつけている女子高生だ。

新体操と学業を高いレベルで追い求め、サポートしてきたからこそ、競技に打ち込む一方学業との両立を諦めるスポーツペアレンツがいたとしたら・・・。

「あなたは自分の子供の将来に対して、どの程度真剣に考えていますか?」

と稔さんは警鐘を鳴らす。

文武両道で人間力を高める

東京大学大学院で教育学(体育学、スポーツ化学)を修めた後、稔さんがアメリカでの研究を夢に家族で海を渡ったのは2000年のこと。東大在学中にトライアスロンのハワイ・アイアンマン選手権に出場経験があり、妻の奈美枝さんも新体操の元日本代表選手候補というアスリート夫婦。当時、奈美枝さんは英語が出来ない不安を抱えながらも、生後5か月だったエレナさんを連れ一家揃っての移住となった。

家族のささやかな楽しみだったのが、遊びの中で始めたママと娘の新体操ごっこ。最初は「真似事のようなもの」(奈美枝さん)だったが、「ママと同じことがやりたい、新体操やりたい」というエレナさんに転機が訪れる。

2006年、引っ越し先のジョージア州アトランタの自宅近くに、たまたまロシア出身のコーチがいた新体操クラブを見つけて連れていったところ、新体操を競技として捉えるように。その後奈美枝さんがコーチとして付き、真剣な競技生活がスタートした。エレナさん、10歳の時だった。

エレナさんのレベルがどんどん上がると、地元のコーチだけでは物足りなくなり、ブルガリア出身のトップコーチから週末のプライベートレッスンを受けるために自宅のあるアトランタからフロリダ州まで隔週通ったことも。まだ真っ暗な土曜の午前2時半に自宅を出発し、片道600キロメートルを運転している間に夜が明けるという生活を3年間続けた。

「本物を身につけるためには時間は苦にならないという体験教育でもある」とハンドルを握った稔さんが振り返る。

稔さんは最初、運転手のように付き添ったが、専門分野である身体運動科学者としてトップコーチがどのように指導しているのか、選手の動きも細かく観察し、エレナさんにどんなサポートができるのか、どんな練習が効率よく技術を向上させるのかなどを学びフィードバック。まさに三人四脚のフルサポートだった。

競技に没頭する時間が増えるほど、減っていくのが勉強の時間。しかし、篠原ファミリーのモットーは、「スポーツ経験から人生訓を学び、もちろん学業もやって、どちらも高いレベルでやっていきながら人間力を高めていくこと」だ。

「個人の力が問われ、これから生きていくのがどんどん難しくなる時代。スポーツで成功する夢を見て頑張っている人もいるけれど、本当に(どのレベルで)成功するのか、成功したとしてもその後どうするのか、長い人生、長いスパンで考えてあげたい」(稔さん)

その思いが、「あなたは自分の子供の将来に対して、どの程度真剣に考えていますか?」という言葉につながる。将来のある子供の立場に立ったなら、「知能の成長期でもある」子供時代をスポーツ一辺倒で過ごすことは、本当にそれでいいのだろうかと。

親は教えてはいけない!

どうやったら限られた時間の中で効率よく勉強できるのか。そのために一番大事にしていることは、「親が教えてはいけない」ということ。

「5歳から9歳ぐらいまでだと親もまだ教えることができるので、つい教えてしまうかもしれません。だけど、筋トレしているのに横から持ち上げたら意味がないですよね。親ができることって見守り、親子の一体感を作り、やる気を引きだすこと」(稔さん)

基本的に学校帰りのエレナさんの勉強をみるのはママの役目。宿題を持ち帰っても、そばで見守りながら絶対に教えることはせず、分からないと聞かれたら、「どうやったら分かるようになるか」を考えさせながら、必要な時にだけサポートするという夫婦の共通認識を持ち徹底した。

「新体操もそうですが、技術が必要になってくるスポーツで成果を上げるには、頭を使うことも必要だと思っています。そういう意味で、スポーツのために頭を鍛えると思った方がいいんじゃないでしょうか? 勉強のため、学校の成績のためと思うと、親の押し付けになってしまうので」

例えば勉強もゲームのように遊び感覚を取り入れ、前回より点数が高くなったことを楽しめるような言葉がけを意識し、エレナさんのやる気を育んだという。

「小さくていいので成功体験を積んでいくこと。あまり手の届かないことをすぐにやっても難しいので、そこは親が調整して。大切なのは、脅しは効かないということ。勉強がやりたくなかったら(スポーツに例えながら)『じゃあ、勉強でも点を取ってみようか?』と」

勉強指導のプロでもある稔さんでも、時には分からないフリをすることも。「ダディに教えてよ」「今度ダディと競争してみよう」と親子ゲームのような感覚で取り組むことで、「勉強が特別なつまらないことになった瞬間に出来ないしやらなくなるので、勉強を日常のこととして取り組んだ」という。

効率を上げるためには「急がば回れ」

さらに限られた時間をより有効活用するためのヒントが、『急がば回れ』だ。

「成長の段階、年齢にもよるけど、効率よく勉強するためには早く理解しないといけない。早く理解するためには、まずはゆっくりでもいかに深く物事を見ることができるか。分からないままやる方が非効率的だし、ただスピードを速くして沢山やるのも非効率的」

在米日本人、日系人家族が抱える大きな課題の一つが、英語と日本語の両立である。週5日通う現地校の勉強も、学年が上がるごとに難しくなる。それと反比例して低下していくのが日本語だ。2つの言語を同時に習得するための勉強を継続するのは、とっても大変なことなのだ。

そんな状況に加え、新体操の練習もあるエレナさんの日本語の勉強を指導するのはダディの役割。

例えば、国語の教科書を読む時にも、最初の一段落、二〜四行ぐらいの短い文章でも三十分から一時間かけながら、一つ一つの言葉の意味やそこから派生する単語や出来事、イメージできるものなど学びを深める工夫をする。目先のスピードにとらわれず、じっくりゆっくり理解することの幅を広げていった。

「それで深く分かる、全部わかるとこんなに面白いんだと味わってもらう。この教科書ってそんなに面白いものなんだと思うともっとやりたくなる。探求能力がつくんです」

日本語学習に限らず、急がば回れの勉強法を実践してから、「逆に分からないと気持ち悪いと思うようになって、より分かりたい、学びたいという気持ちが強くなった。こういうことを毎週やっていくと、今(高校生のエレナさんは)僕が何か質問しようとすると、こちらの考えている問題をエレナが当てたりする。

ゆっくり深くを真剣に繰り返しているうちに論理的な思考力と理解力が高まっていき、どんどん早く、深く理解できるようになってくる。この素地ができて初めて、効率よく勉強できるようになると思います」

文武両道を求める本当の理由

学校イベントで家族揃って浴衣&甚平に。左が妻の奈美枝さん。
学校イベントで家族揃って浴衣&甚平に。左が妻の奈美枝さん。

東大卒、米有名大の教職とエリートに見える稔さんだが、「子供の頃は国語が大の苦手で、自由作文の課題に『僕は作文が書けない』という題で、『僕はどう考えても作文が書けないので書きません』と一行だけ書いて提出して、先生に怒られたことがあるくらい。本当にダメで悩んでいたんです」。

そこで活きたのがスポーツでの経験だった。持久系の運動なら得意だったが、バック転や宙返りのような体操系になるとあまりできない。しかし、「高一の頃から友達と筋トレ競争を始めたら、急に(バック転や宙返りが)簡単にできるようになったんです。技術そのものを練習する直接的な方法だけでなく、別のアプローチでこそ結果が出ることもある、ということを体験しました」

そこで、「考えずに目を通せば三分もかからない」文章を、毎日繰り返し読み、出てくる言葉の意味や言い回しを学ぶだけでなく、筆者は何を伝えたいのか、言葉の裏を考えるように「毎日毎日唸りながら繰り返し読むというトレーニングを数ヶ月続けた」という。

勉強も得意なトレーニングに当てはめて考えたのは稔さんらしい発想だが、エレナさんに徹底する一見すると非効率にも見える急がば回れの勉強法につながっている。

「アメリカの大学入試選抜のなかで人物評価をする際に、重視される特徴的な経験と能力があると思います。いかにチャレンジをし、失敗し、そこから反転して大きな成功に導いたか。チャレンジ力と失敗を成功に変えるリカバリー力です。

一見、大きな失敗経験がないと優秀な学生に見えますが、その人は能力以上にチャレンジしたものがないと見られ、リカバリー力も未知数となり、人物像評価が低くなってしまうこともあるんです。チャレンジ力とリカバリー力は大学入試に関わらず、子供が将来自立して生きていくためには鍛えておくべき能力だと思います。スポーツの世界、音楽や芸術に打ち込む活動は、この力を体験し学習することのできる貴重な機会です」

人工知能の発達により、2014年に発表された論文(英オックスフォード大オズボーン博士の「雇用の未来」より)によると10年後には米国雇用者の47パーセントが職を失うという。「より生きにくくなる時代」は確実にやってくる。

「文武両道はあり得るか、あり得ないかに右往左往せず、文武両道で培われた力、大きな価値観を社会が理解し、社会全体で文武両道を取り入れたシステムを作っていくのもいい」

そのシステムの例として、大学入試へのスポーツ実績の加点や、効率的なスポーツトレーニング法を施すことができる指導者により高い賃金を与えること、トップ進学塾とトップスポーツクラブの提携も「面白い刺激になるはず」と稔さんは言う。

何に価値観を置いて、どう選択していくか。人生の歩みは十人十色だ。

しかし、目の前の結果にとらわれ過ぎているとしたら、この記事がふと立ち止まり、子育てを見つめ直すきっかけになればと思う。

NY在住フリーライター

NY在住元スポーツ紙記者。2006年からアメリカを拠点にフリーとして活動。宮里藍らが活躍する米女子ゴルフツアーを中心に取材し、新聞、雑誌など幅広く執筆。2011年第一子をNYで出産後、子供のイヤイヤ期がきっかけでママ向けコーチングの手法を学ぶ。NPO法人マザーズコーチ・ジャパンの認定コーチに。『「ダメ母」の私を変えたHAPPY子育てコーチング』(佐々木のり子、青木理恵著、PHP文庫)の編集を担当。

宮下幸恵の最近の記事