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新型コロナウイルスと戦う介護職を悩ますもう一つの問題。利用者、その家族からのハラスメント

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
感染予防に神経を使う緊張状態が続き、疲弊している介護職は多い(フリー画像)

ストレスフルな介護職を悩ます問題

新型コロナウイルスは、未だ感染の収束が見えない状況にある。一方で、感染者数に比べて死亡者数は大きく増えていない。これは重症化リスクの高い高齢者の感染者数が増えていないからだと言われている。

スペインやイタリアなどでは、高齢者施設での集団感染が多発。介護職の職場放棄もあり、多数の死者が出た。しかし日本では、高齢者施設での集団感染の爆発的な発生は抑えられている。その背景には、介護現場の職員たちの不断の頑張りがある。

介護現場では、ウイルスを持ち込まないため、検温、マスク着用、一つのケアごとの手洗いや消毒などの標準感染予防策を継続的に行い続けている。それだけでなく、職員のウイルス感染を防ぐため、行動制限を行っている介護施設、事業所も少なくない。制限されずとも、外食や飲み会、友人との外出などを自粛している介護職も多いことだろう。

そうした生活を半年以上も続けている介護職は、相当にストレスフルな状況にある。

高齢者の体に触れることが多い介護職は、感染するリスク、させるリスクが高いため、神経を使う(フリー画像)
高齢者の体に触れることが多い介護職は、感染するリスク、させるリスクが高いため、神経を使う(フリー画像)

しかし、ストレスフルな状況に耐えながら、高齢者を支えている介護職を悩ませているのは、新型コロナウイルスだけではない。長年、「隠れた問題」として見過ごされてきた、利用者等によるハラスメント(嫌がらせ、迷惑行為)もその一つだ。

公には語られなかった介護現場のハラスメント

利用者やその家族からの介護職へのハラスメントは、古くて新しい問題だ。

私が初めて介護現場でのハラスメントについて耳にしたのは、今から15年以上も前になる。介護職が、利用者やその家族から、口にするのもはばかられるようなセクシュアルハラスメントや、暴言、暴力を受けることがあるのは、一部の介護関係者には知られていた。しかし、それが表立って問題にされることはなかった。

まだ、「ハラスメント」という言葉も、今ほど一般的ではない頃である。そのときの介護業界では、「ハラスメントを受けることは恥」という意識が強かったように思う。それは、学校でいじめを受けている生徒が、それを隠したがるのと同じような意識だろう。

「ハラスメントを受けるのは自分のケアが良くないから」と考えたり、「自分さえ我慢すればいい」と口をつぐんだりする介護職も多かった。「介護職たるもの、これくらいのことは上手に対処すべき」という「介護職あるべき論」に支配され、ハラスメント被害を言い出せない人も少なくなかった。

管理者もまた、ハラスメント対応には消極的だった。ハラスメントが起きていることを知っても、大きな問題にすれば、利用者との関係を損なうことになる。「それぐらいうまくやってよ」と介護職に丸投げしたまま、何の対応もとらない管理者もいた。

介護業界全体としても、介護の現場がハラスメントのような難しい問題を抱えていることを公にすることを避けていた。問題が明らかになれば介護職志望者が減ってしまう――介護業界には、利用者からのハラスメントがあることを「恥部」のように捉えるムードがあった。

ハラスメントを「隠したい」「大ごとにしたくない」という、それぞれの立場での思いは、今も根強くある。しかし、時代は先に進んでいる。いつまでも隠したまま、目を向けないままで済ますことはできない。

介護職には、利用者やその家族から暴力や暴言、セクハラなどの迷惑行為を受けても、「自分が我慢すれば」「これぐらいうまく対処しないと」と、声を上げない人が今も多い
介護職には、利用者やその家族から暴力や暴言、セクハラなどの迷惑行為を受けても、「自分が我慢すれば」「これぐらいうまく対処しないと」と、声を上げない人が今も多い

民間調査回答者の7割超が利用者からのハラスメントを経験

2018年に介護クラフトユニオンが、会員である介護職等に対して行ったハラスメント実態調査では、実に回答者の7割超がハラスメントを経験していたことが明らかになった。この調査結果を受けて国も迅速に動き、ハラスメント対応マニュアルを作成して介護事業者に対応を求めた。

さらに、2019年度には管理者向け、職員向けのハラスメント対応研修の手引きも作成し、具体的な対応方法についての検討を促している。

これまでハラスメントが取り上げられるのは、職場で起こるハラスメントがほとんどだった。しかし近年、コンビニなどの小売業やサービス業における客からの迷惑行為「カスタマーハラスメント」も問題になっている。

介護現場でのハラスメントも、広い意味では「カスタマーハラスメント」だと言える。国は他業界に先駆け、介護業界に対して、職場外でのハラスメント対応を強く求めた格好だ。

その背景には、人材不足が続く介護業界での離職者を少しでも減らしたいという思惑がある。2018年の全産業平均の離職率は14.6%(*1)。一方、介護業界の離職率は15.4%であり(*2)、以前に比べると離職は減っており、決して極端に多いわけではない。

介護職員の離職率は、2007年には21.6%だったが、2018年には15.4%となり、14.6%の産業計とさほど変わらなくなっている
介護職員の離職率は、2007年には21.6%だったが、2018年には15.4%となり、14.6%の産業計とさほど変わらなくなっている

※産業計は厚生労働省「雇用動向調査」、介護職員は介護労働安定センター「介護労働実態調査」のデータを元に筆者がグラフを作成。産業計の2015年以前は再集計前の数値で2016年以降とは接続しない。産業計の2019年データは未発表

ハラスメント対策は介護職の離職防止策の重要な課題

しかし、有効求人倍率(1人の求職者に対する求人数)で見てみると、2020年5月には全産業平均で1.02倍のところ、介護サービスの職業では4.15倍と非常に高い水準となっている(*3)。介護ニーズの高まりに、人材確保が追いついていないのだ。

少し古いデータだが、平成28(2016)年時点でも介護分野の有効求人倍率は3.02と、全産業平均の1.36を大きく上回っていた。
少し古いデータだが、平成28(2016)年時点でも介護分野の有効求人倍率は3.02と、全産業平均の1.36を大きく上回っていた。

※グラフは第145回社会保障審議会介護給付費分科会(2017年8月23日)参考資料より引用

新型コロナウイルスの感染拡大により、感染を恐れる年配のホームヘルパー等の介護職には、自主的に、あるいは家族に止められ、休職、退職した人も少なくない。

介護事業者からは、求人を出しても全く応募がなく、辞めた人材の補充が極めて難しい状態が続いているという声をしばしば耳にする。であれば、今いる職員にできるだけ長く働いてもらえるよう、安心して働ける組織体制を整備していく必要がある。

介護業界に限ったことではないが、今後、職員を守れない組織は、職員から見放され、離職者が増えていく可能性がある。

厚生労働省発表のハラスメント実態調査によれば、ハラスメントをうけて仕事を辞めたいと思った介護職等は、3割近くに達している。

少子高齢化の進展により、労働者人口は今後さらに減少していく。今いる人材を大切にし、生かしていく組織作りは、とりわけ、人材こそが財産である介護業界にとって極めて重要なテーマだ。

そして、離職防止、人材確保の重要な対策の一つであるハラスメント対応の充実は、介護事業者が今すぐにも取り組むべき重要課題なのである。

※介護現場でのハラスメントについては、その実態を始め、原因、事前対策、発生後の具体的対応、再発防止策、契約書のポイント、そして高齢者やその家族、介護職の心理等について、「介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本」(2020年9月17日発売、日本法令刊)にまとめました。詳しくはこちらをご覧ください。

*1 厚生労働省 「平成30年雇用動向調査結果の概況」より

*2 介護労働安定センター 「介護労働の現状について 平成30年度 介護労働実態調査の結果と特徴」より

*3 厚生労働省 「一般職業紹介状況(令和2年5月分)について<職業別一般職業紹介状況[実数](常用(含パート)>)より

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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