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介護保険のホームヘルパーが、要介護の妻と、要介護ではない夫の食事を同時には作れないワケ

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
介護保険でヘルパーができることにはいろいろな制約がある(写真:アフロ)

介護保険利用の初心者がしばしば感じる疑問・不満

介護保険のサービスを利用し始めたばかりの人は、時に疑問や不満を漏らすことがある。特に多いのは、訪問介護のホームヘルパーの対応に対する疑問・不満だ。

たとえばこんな疑問だ。

なぜ、要介護の妻の食事を作る時、料理ができない夫の食事も一緒に作ってくれないのか。

妻の衣類を洗濯する時、夫の衣類だけをより分けて残し、一緒に洗ってくれないのはなぜなのか。

答えは、その夫が要介護ではないからだ。要介護・要支援(以下、要介護と表記)の人を対象にしたサービスである介護保険では、要介護ではない家族の支援をすることができない。

要介護ではない夫の衣類だけより分けて残し、妻の衣類だけを洗濯するホームヘルパーにクレームをつける利用者もいる(フリー画像)
要介護ではない夫の衣類だけより分けて残し、妻の衣類だけを洗濯するホームヘルパーにクレームをつける利用者もいる(フリー画像)

こんな不満の声も聞く。

台風で窓ガラスが汚れてしまったから、掃除のついでにきれいにしてほしいといっても、窓ふきをしてくれないのはなぜなのか。

買い物には行ってくれるのに、近所の酒屋で酒を買ってきてほしいという頼みはなぜ聞いてくれないのか。

答えは、その依頼に応えることが、「自立した日常生活を営むための支援」にならないからだ。介護保険の目的は、「その人の能力に応じた、自立した日常生活を営むことの支援」。この目的からはずれたサービスは、たとえ本人ができなくて困っているとしても、行うことはできない。

知っておきたい、介護保険ではできないこと

介護保険のこうした基本的な考え方は、意外に利用者に知られていない。そのため、介護が必要になったら、介護保険のサービスで何でもしてもらえると思い違いをしている人は、今も多い。「なぜしてくれないのか?」という疑問、不満の多くは、利用者側の介護保険についての理解不足から起こる。

酒やたばこなどの嗜好品を、ホームヘルパーが介護保険のサービスとして買いに行くことはできない(フリー画像)
酒やたばこなどの嗜好品を、ホームヘルパーが介護保険のサービスとして買いに行くことはできない(フリー画像)

介護保険の訪問介護で言えば、できないことには以下のようなものがある。

・家族や来客など要介護者以外の食事等の調理

・要介護者以外の衣類等の洗濯

・ペットの世話や草花の手入れ

・病院内の付き添い(じっとしていられない認知症の場合などの例外あり)

・要介護者が使わない部屋の掃除

・窓ふきや大掃除

・おせち料理等、特別な食事の調理

・来客へのお茶出し等の接待

・酒やたばこなど嗜好品の買い物

・趣味や娯楽目的での外出の付き添い 等

制度の縛りと利用者の望みの間で葛藤するヘルパー

介護保険の目的は、本来、国や自治体がもっと周知すべきだし、介護保険サービスのコーディネートをするケアマネジャーも利用者に丁寧に説明する必要がある。訪問介護など、介護保険サービスの事業者も、できることとできないことをはっきりと利用者に伝えた上で契約を結ぶべきだ。しかし、なぜかこれが徹底されず、利用者は介護保険の目的も介護保険ではできないことも、よく理解していないまま、サービスを受け始めることが多い。

介護保険サービスの契約の際は、介護保険でできること、できないことについて、利用者からも確認しておきたい(ペイレスイメージズ/アフロ)
介護保険サービスの契約の際は、介護保険でできること、できないことについて、利用者からも確認しておきたい(ペイレスイメージズ/アフロ)

その結果、現場のホームヘルパー等が、介護保険ではできないことを利用者に求められて対応に苦慮することになる。断ればクレームにつながることもあり、かといって、言いなりに対応すれば、不適正なサービス提供と指摘され、報酬を返上しなくてはならなくなることもある。介護保険制度の縛りと利用者の要望との間で葛藤するホームヘルパーは多い。

介護保険でできないことは自費サービスで

とはいえ、現実問題として、誰かの助けがなくてはどうにもならないことはある。夫婦2人暮らしで、長年、家事一切を妻に任せきりにしてきた夫は、妻が脳梗塞で倒れたら、いきなりその日から立ち往生だ。ひとり暮らしの高齢者が要介護になり、世話ができなくなったからといって、我が子同然にかわいがってきた愛犬を見捨てることはできないだろう。

では、どうすればよいか。

介護保険サービスで対応できないことは、介護保険外の自費サービス(以下、保険外サービスと表記)でやってもらうという方法がある。訪問介護の事業者には、保険外サービスも提供するところが増えている。

要介護になり、かわいがってきたペットの世話の心配をする高齢者は多いが、介護保険サービスではカバーできない内容だ(フリー画像)
要介護になり、かわいがってきたペットの世話の心配をする高齢者は多いが、介護保険サービスではカバーできない内容だ(フリー画像)

2018年9月末には、介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する「混合介護」のルールが、国から示された。これにより、保険外サービスは以前より頼みやすくなった。介護保険のサービスで要介護者のために訪問するホームヘルパーに、あらかじめ依頼し、別途料金を支払えば、介護保険ではできないことをやってもらえるようになったのだ。たとえば、介護保険サービスをいったん中断して、犬の散歩に行ってもらったり、サービスの前後に要介護ではない夫の衣類の洗濯や食事の調理をしてもらったりできる。

利用者も介護保険制度の目的を理解して利用を

実はこれまでも、介護保険制度上、一定条件下での混合介護の提供は認められていた。しかし、「一定条件」が明確化されていなかったため、自治体により、柔軟に認めているところと積極的には認めないところがあるなど、対応がまちまちだった。そのため、事業者が保険内・外のサービスを柔軟に組み合わせて提供できるよう、混合介護提供のルールが整理され、このほど都道府県に通知されたのだ。

ただし、要望の多かった、介護保険内・外のサービスを同時一体的に提供することは、今回の通知でも認められなかった。つまり、要介護の妻の衣類と要介護ではない夫の衣類を一緒に洗濯をしたり、一緒に食事を調理したりすることはやはりできないのだ。これは、家族への生活支援を目的に介護保険サービスを利用するなど、要介護者のニーズではなく家族の意向でサービス提供が行われることを避けるためだ。

家族の意向で介護保険のサービスが利用されることにつながりかねないため、食事や洗濯の同時一体的な提供は認められなかった(写真:アフロ)
家族の意向で介護保険のサービスが利用されることにつながりかねないため、食事や洗濯の同時一体的な提供は認められなかった(写真:アフロ)

このほか、ホームヘルパーの指名、時間帯の指定などのために上乗せ料金を支払うという保険外サービスも認められなかった。これについては、こうした上乗せ料金が支払われるサービスが、介護保険本来のサービスに優先されるのを避けることがその理由だ。

介護保険サービスは、利用に不自由を感じることも多い。しかし、厳しい財源の中で運営されている現状では、不適正な利用が増えれば制度の崩壊を招きかねない。利用者も、介護保険制度を今後も持続していくために、制度の目的をよく理解し、公平、公正な利用を心がけたい。

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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