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井上尚弥にKO負けしたマロニーが拳の負傷を克服し大願成就。次なる標的は弟・拓真

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
右を決めるマロニー(写真:Mikey Williams/Top Rank)

3度目のトライで小差の勝利

 13日(日本時間14日)米国カリフォルニア州ストックトンで行われたWBO世界バンタム級王座決定戦は、ランキング1位ジェイソン・マロニー(豪州)が2位ビンセント・アストロラビオ(フィリピン)に2-0判定勝ち。2020年に前世界バンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)に7回KO負けなど、これまで2度世界挑戦に失敗したマロニーは3度目のアタックで念願を叶えた。

 試合はアストロラビオが左右アッパーカットなどでプレスをかけ、マロニーは左ジャブを基調としたアウトボクシングで対抗。ポイントの振り分けが難しいラウンドがある中、マロニーが114-114,115-113、116-112のスコアカードで勝利アナウンスを受けた。筆者の採点は114-114のドロー。勝敗はどちらに転んでもいい印象がしたが、大方はマロニーの小差の勝利と見たようだ。

 スーパーバンタム級へ進出する井上が返上したベルトの一つを受け継いだマロニー(26勝19KO2敗=32歳)は試合後、前半に右拳を負傷したことを明かした。おそらく3ラウンドか4ラウンドで痛めたと告白している。彼は「まだ正式なドクターのレポートが届いていないので何とも言えない」と言うが、骨折した可能性もあり、「相手をヒットするたびに激痛がはしった」と振り返るように、アストロラビオともう一つの敵を克服しての戴冠劇だった。

災い転じて福となす

 もしかしたら途中で棄権を強いられるケースもあったマロニー。彼を奮い立たせた動機は何だったのか? 彼のトニー・トリュ・マネジャーを通じて、マロニーが豪州のテレビチャンネル「メインイベント」で行ったインタビューを再現しながら真相に迫ってみよう。

 マロニーは当初、前WBCバンタム級王者ノニト・ドネア(フィリピン)との王座決定戦がWBCから通達されていた。昨年10月にナワポーン・ソールンビサイ(タイ)に判定勝ちした一戦はWBC挑戦者決定戦として行われた。しかしドネア側との交渉はまとまらず、WBOタイトルへ方向転換。ちなみに相手のアストロラビオ(18勝13KO4敗=26歳)もIBFバンタム級挑戦者決定戦を勝ち抜いたものの、マロニー同様、WBO王座に狙いを定めた経緯がある。

 お互いに相手を与しやすいとみた様子もうかがえるが、勝利を得たのはより正統派と認識されるマロニーだった。インタビュアーも指摘しているが、右拳を痛めた後、マロニーは左ジャブをコンスタントにアストロラビオの顔面に浴びせながら、打ち合いを避け、アウトボクシングを貫いた。それが勝利を引き寄せた最大の要因だと思える。中盤から終盤にかけてスタンドからブーイングが起こる場面もあり、マロニーはけっしてファンが希望するファイトを披露したわけではない。だが、まさに怪我の功名、災いを転じて福となすの心境だったに違いない。

ラストチャンス

 それでも折れているかもしれない拳を庇いながらの戦いは困難を極めた。「筆舌に尽くしがたい痛み」と表現したマロニーを鼓舞したのはタイトルへの執念だった。試合をレビューすると、すでに支障をきたしていたと思える5ラウンドに右強打を決めている。また7回には右カウンター、ワンツーをねじ込み、9回にも右を顔面にヒットした。9回に放った右が比較的軽いパンチに見え、10回以降、右を繰り出す頻度が減少したことが彼の状況を反映していたのではないだろうか。

 マロニーは「途中からケガのことは頭から切り離して考えるようにした」と回想している。そして「これが本当に(世界タイトル獲得の)ラストチャンスだと思って戦った。今夜もし負けたら、キャリアを閉じなければならない覚悟をしていた」と続ける。また「ケガとのディール(駆け引き)にも勝利した」とも語っている。マロニー本人は「9-3ぐらいでラウンドを抑えたと思っている」と自信をのぞかせる。

勝利コールに雄叫びを上げるマロニー。右はアストロラビオ(写真:Mikey Williams/Top Rank)
勝利コールに雄叫びを上げるマロニー。右はアストロラビオ(写真:Mikey Williams/Top Rank)

 正直、「勝ちに徹した」感は否めなかった。また“モンスター”井上という絶対的なチャンピオンが去り、自身も倒されて、会場から救急車で病院へ搬送されるほどダメージを受けたマロニーが王者に就いても興ざめするのではないか。だが3度目の挑戦を実らせた豪州人は「私の面前にはビッグファイトが目白押し。今後、エキサイティングな時間を過ごせるだろう」と腫れた顔をほころばせる。

ゴールポストは動いた

 まずは右拳の状態が心配だが、靭帯や腱(けん)を切断していなければ、早期回復が望める。インタビュアーから「フー・イズ・ネクスト?(次は誰と対戦するのか)ノニト・ドネアは有力か?」と聞かれたマロニーは「残りの3人のベルトホルダーと決着をつけたい。今、世界チャンピオンに就く夢を叶えたけど、ゴールポストは動いた。新たな目標は比類なきチャンピオンになることだ」と目を輝かせた。

 井上が手放した王座は弟の井上拓真(大橋)が4月にWBA王座を獲得し、今回マロニーがWBO王者に就いた。残りのIBFバンタム級王座はエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)vsメルビン・ロペス(ニカラグア)の間で争われるもよう。WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)の初戦で、同王者時代のロドリゲスに挑戦して2-1判定負けと惜敗したマロニーは、もしロドリゲスが王者に復帰すれば統一戦でリベンジを目指すとアピールする。一方WBC王座はドネアとアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)が争う運び。「母国オーストラリアのファンの前で統一戦を実現させたい」とマロニーは抱負を語る。

タクマと決着をつける!

 とはいえ、現状でベルトを保持するのは彼と井上拓真だけ。「次はタクマ・イノウエがグッド・オプションだろう。ドネアもそうだけど、私は切実にイノウエのブラザーとの対決を望んでいる」と発言。兄の強打に散ったマロニーだが、実弟を通してのリベンジに意欲を見せる。

 彼の双子の弟アンドリュー・マロニー(豪州)は今週土曜日20日(日本時間21日)ラスベガスで、“ネクスト・モンスター”とも呼ばれる前WBO世界フライ級王者の中谷潤人(M.T)と井岡一翔(志成)が返上したWBO世界スーパーフライ級王座決定戦に臨む。

双子の弟アンドリュー(右)は中谷潤人とS・フライ級王座を争う(写真:Mikey Williams/Top Rank)
双子の弟アンドリュー(右)は中谷潤人とS・フライ級王座を争う(写真:Mikey Williams/Top Rank)

 「今回獲得したベルトはストーリーの半分に過ぎない。アンドリューが勝って完結する。私はそれを心から祈っている」(マロニー)

 マロニー兄弟と日本人選手との絡みは、まだ続きそうである。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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