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“ボクシングの顔”を宣言したライト級デービス。井上尚弥と最強を争う日はいつ来る?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ガルシアを倒したデービス(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

PPV、チケット売り上げとも大ヒット

 試合前そして試合後も米国のボクシング界は22日(日本時間23日)ラスベガスのT―モバイル・アリーナで行われたジェルボンテ・デービス(米)vsライアン・ガルシア(米)の話題で持ちきりである。試合はライト級リミット1ポンド超136ポンド(61.69キロ)契約の12回戦。有利を予想されたデービス(WBA世界ライト級レギュラー王者=28歳)がガルシア(元WBCライト級暫定王者=24歳)に左ボディー打ちで10カウントを聞かせ7回1分44秒KO勝ち。2回に奪った鮮やかなノックダウンを含めて改めて強さを印象づけた。

 その体型と戦闘スタイルから“タンク”のニックネームを持つデービスはこれで29勝27KO無敗。「ソーシャルメディアのチャンピオン」と呼ばれる人気選手ガルシアを倒したことで一段と評価と注目度を高めることになった。サウスポーの強打者は、この試合でスーパースターへのジャンプ台に立ったと言えそうだ。いや、自信家の彼は「俺はボクシングの顔になった」と声を大にしてアピールする。

 イベント成功の目安となるPPV(ペイパービュー。視聴者が別料金を払って観戦するシステム)の購買件数でデービスvsガルシアは120万件をマーク(一説には130から140万件に達したともいわれる)。試合前は45万件から75万件という予測もあっただけに関係者を喜ばせる大ヒットになった。またT―モバイル・アリーナのチケット売り上げも2280万ドル(約30億円)に達し、ラスベガスで開催された試合では5番目に多い金額を記録した。

カネロとの比較

 その背景も相まって、デービスの口から“ボクシングの顔”という言葉が発せられたのだろう。デービスはこれまでも地元のボルティモア、ニューヨーク、ロサンゼルス、アトランタ、ワシントンDCの大アリーナをソールドアウトにしてきた実績もある。売り上げやPPV件数が桁違いに多かった今回のイベントで、人気を不動のものにしたと断言できるだろう。

 しかしである。今回残した数字は多分にガルシア(23勝19KO1敗)の人気が影響したと見なされる。もしかしたらガルシアの貢献度の方が大きかったかもしれない。加えて実力の判断基準といえる最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」でデービスはまだ上位を占めていない。世界的に認知されている米国「リング誌」のPFPではようやく10位に顔を出したところだ。同じく米国のスポーツ専門メディアESPNのPFPでは10位にも入っていない。そんな選手をボクシング界のアイコンと位置づけるのは無理があるのではないだろうか。

試合後ガルシアと健闘を称え合うデービス(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
試合後ガルシアと健闘を称え合うデービス(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

 現在、ボクシングの顔と言えば、スーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)が筆頭格に挙げられる。昨年、ドミトリー・ビボル(WBA世界ライトヘビー級スーパー王者=ロシア)に判定負けを喫し、PFPでは現在、リング誌、ESPNとも5位に後退しているが、存在感やファンの間の注目度の分野で業界トップに君臨して久しい。

 デービスが胸を張れるのは今回マークしたPPV購買件数ぐらい。カネロは2017年9月のゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)第1戦でマークした100万件が最高。ただし、この一戦の会場売り上げは2700万ドル(約35億円)に達した。また単純なファイトマネーの比較でもガルシア戦の保証額が500万ドル(約6億5000万円)といわれるデービスに対し、カネロは最新のゴロフキンとの第3戦で4500万ドル(約58億5000万円)を稼いている。デービスは報酬面でまだまだ伸びしろが大きいにせよ、現時点ではカネロに太刀打ちできない。(PPV売り上げが伸びたことで、デービス、ガルシアともファイトマネーは増額すると思われる)

ファンのためにイノウエと戦う?

 PFPランキングに話を戻すと、リング誌は1位オレクサンドル・ウシク(ウクライナ=ヘビー級3団体統一王者)、2位井上尚弥(大橋=前バンタム級4団体統一王者)、3位テレンス・クロフォード(米=WBOウェルター級王者)の順。ESPNは1位クロフォード。2位井上、3位ウシク。両メディアとも4位はエロール・スペンス・ジュニア(米=ウェルター級3団体統一王者)が占める。

 目下のところ、ウシクとクロフォードは“ボクシングの顔”と認知されるまでに至っていない。前者はタイソン・フューリー(英)との4団体統一戦が流れたことが影響している。後者もスペンスとの4団体統一戦が締結しないのがステイタス向上を妨げている。むしろ井上の方が試合のスペクタクル性からも相応しいのではないかと見られる。

 そしてデービスはカネロの存在を意識すると同時に、モンスターへただならぬ関心の目を向けている。

 ガルシア戦の前、メディアに囲まれたデービスは「将来イノウエと対戦する日が訪れるか?」と聞かれ、「現状では私との体重差が問題になる」と前置きしながらも「ファンをクレージーにさせるファイトになる。ビッグネーム同士のメガファイトが待っている。ファンに夢を届けたい」とポジティブな反応を示した。

 また井上が7月25日、有明アリーナで2階級制覇を狙ってWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者スティーブン・フルトン(米)に挑戦することに関して「日本、そう東京へ行って観戦したい。彼(井上)は爆発的だからパウンド・フォー・パウンド上位は合点がいく」と称賛。試合予想を聞かれると「私はエキサイトしている」と何度も繰り返し明言を避けた。

井上とのドリームマッチの思いを語るデービス

 フルトンは同じプロモーター、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)傘下の選手で、デービスが応援のため来日を予定しているのは納得できる。それでも「井上見たさ」も多分にあるだろう。たとえグローブを交わすことがなくても将来、PFPトップを争うライバルと意識しているに違いない。

ビッグファイトが目白押し

 デービスにとり今回のガルシア戦は、井上がオマール・ナルバエス(アルゼンチン)を一蹴してWBO世界スーパーフライ級王者に君臨した一戦に相当するかもしれない。世界的な注目を浴びた井上がその後、一気に階段を駆け上り、バンタム級で3階級制覇、同級最強トーナメント「WBSS」(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)で優勝。リング誌のPFPでトップに上り詰め、4団体制覇を達成したことは記憶に新しい。

 今後デービスにも珠玉の未来が広がっている。来月ラスベガスで行われるライト級4団体統一王者デビン・ヘイニー(米)vs元PFPキングのワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の勝者との一騎打ち。吉野修一郎(三迫)をストップしてWBCライト級挑戦権を得た2階級制覇王者シャクール・スティーブンソン(米)との対決。この3人との試合はいずれもファン垂涎のカードであり、イベント的にも報酬的にもガルシア戦を超えるものとなるだろう。

 すでにスーパーライト級でもWBAレギュラー王者に就いているデービスは、6月にニューヨークで行われる同級WBO王者ジョシュ・テイラー(米)vs元ライト級統一王者テオフィモ・ロペス(米)の勝者に挑むプランも噂される。そして、いずれの対戦でも識者の間で有利を予想されるところが何ともすごい。

 彼の近未来を想像すると“ボクシングの顔”というステイタスもまんざら非現実的なものとは思えなくなる。とはいえ、井上は一朝一夕で今の地位を築いたとは言えず、デービスに今その称号を授けるのは、どう考えても時期尚早だろう。

勝利に酔うデービスだが一寸先は闇かも……(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
勝利に酔うデービスだが一寸先は闇かも……(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

最大の敵は自分自身

 それでも井上がスーパーバンタム級で期待通りセンセーショナルな活躍を見せれば、モンスターこそが、このスポーツの象徴だと呼ばれることになるかもしれない。その時デービスもPFPランキングを上昇させ、井上のポジションを脅かす存在になっているはずだ。年齢も井上が1歳だけ上。クラスは違っていても日米パンチャー同士がリングシーンを彩る展望が見えてくる。

 だが、そう簡単に事が運ばない可能性も少なくない。「無敵デービスの最大の敵は彼自身」(ESPNドットコム)という指摘があるからだ。これまで幾度となくトラブルを起こしているデービス。その都度、収監を免れているが、今回は厳しい見方がされる。2020年にボルティモアで起こしたひき逃げ事故の裁判が5月5日に行われる。米国メディアによるとデービスは7,8年の刑務所入りを強いられることもあるという。

 思い出すのは元世界ヘビー級統一王者マイク・タイソン氏(米)が1990年代に起こしたレイプ容疑で有罪判決を受け3年間、収監された事件。アンチヒーローとして戻ってきたタイソン氏がたどったキャリアをデービスはリピートするのか? 判決の行方次第で、“ボクシングの顔”は夢と消えることもあり得る。彼がスリルを提供するのはリング上だけではない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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