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「大胆で喝采を浴びる選択」井上尚弥戦を決めたフルトンが称賛されるこれだけの理由

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
昨年6月ダニー・ローマンを下したフルトン(写真:エスター・リン/ショータイム)

フルトンの決断は大胆

 5月7日、横浜アリーナで前バンタム級4団体統一チャンピオン井上尚弥(大橋)の挑戦を受けるWBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者スティーブン・フルトン(米)が母国アメリカのメディア、ライバルから好意的な対応を受けている。パウンド・フォー・パウンド・キングの一人、井上とアウェーで対戦に応じた剛気、そしてファンから待望されるカードの締結が見送られるケースが目立つ業界に風穴を開けた功績が見逃せない。

 振り返ると初めにオファーを出したのは日本(井上)側だったようだ。井上がWBO世界バンタム級王者ポール・バトラー(英)に11ラウンドKO勝ちし、バンタム級4団体統一王者に就いた直後にフルトン側に対戦が打診されたという。だが、フルトンのストーリーをレビューしてみると彼が2021年1月、アンジェロ・レオ(米)に判定勝ちでWBO世界スーパーバンタム級王者に就いたあたりで井上が122ポンド(スーパーバンタム級)に上がってくることを予測していたフシがある。だから高額報酬が提示されたと推測される井上との対決は願ったり叶ったりというところだろう。

 フルトンvs井上が正式発表された直後、米国メディアはこぞってこのニュースを伝えたが、一番印象に残ったのはボクシング専門サイト「バッドレフトフック・ドットコム」の記事だった。主筆のスコット・クリスト記者が書いている。

 「フルトンは実に大胆でものすごく喝采を浴びる選択をした。彼はPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ=フルトンのプロモーター)とトップランク(井上の米国のプロモーター)の仕切りを超えてトップ選手同士の対決を実現させた。フルトンにとってキャリアでもっとも困難なチャレンジになるだろうし、イノウエにとっても本当のチャレンジになる」

 同記者はPBCとトップランクについて「フルトンは両者を無視して……」という表現で綴っているが、交渉はそれほど簡単ではなかったであろう。以前の記事でも触れたフルトンの試合を中継する「ショータイム」のユーチューブ番組で彼は業界で強力代理人、フィクサーと畏怖されるPBCの総帥アル・ヘイモン氏に直接相談して交渉の進展を図ったと明かしている。

2本のベルトの防衛戦で日本へ襲来するフルトンと陣営(写真:エスター・リン/ショータイム)
2本のベルトの防衛戦で日本へ襲来するフルトンと陣営(写真:エスター・リン/ショータイム)

デイビスvsガルシア実現の起爆剤に

 ちなみに先週ニューヨークとロサンゼルスでプレゼンが開催された今年上半期のビッグマッチ、4月22日ラスベガスのT―モバイル・アリーナでゴングが鳴るジェルボンテ・デイビスvsライアン・ガルシア(ともに米。試合はライト級リミット1ポンド超136ポンド契約の12回戦)の締結を促進したのがフルトンvs井上だと言われる。

 デイビス(WBA世界ライト級レギュラー王者)はPBC、ガルシア(元WBCライト級暫定王者)はゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)それぞれの看板選手。一時、折衝が行きづまったが、当代を代表するスーパースター候補が雌雄を決することになった。会見では派手なトークバトルが展開され、フェイスオフでは一発即発の雰囲気が流れたが、この対決が実現する背景には「ボクシングは死にかけている……」という業界の危機感がある。

 今月から5月にかけて注目試合が目白押しで、そんな雰囲気は感じられないという声も聞こえる。しかし、ほぼ毎週、世界各国でイベントを開催するエディ・ハーン・プロモーター(マッチルーム・ボクシング)でさえ「観たいカードが実現せずファン離れが起こっている。“ユーチューブ・ワールド”と戦わなければ我々は存続していけない」と警鐘を鳴らす。“ユーチューブ・ワールド”とは先月サウジアラビアで、WBC世界ヘビー級王者タイソン・フューリーの弟トミー・フューリー(英)に判定負けして初黒星を喫したジェイク・ポール(米)への皮肉だろう。ここで旬なビッグネーム同士が戦わないと“本物”を観たいファンを説き伏せることはできない。

デイビス(左)vsガルシアのプレゼン(写真:Amanda Westcott)
デイビス(左)vsガルシアのプレゼン(写真:Amanda Westcott)

 そんな状況もあり、デイビスvsガルシアを締結させた当事者の一人、GBPを率いるオスカー・デラホーヤ氏は余勢を駆って持ち駒のミドル級トップランカー、ハイメ・ムンギア(メキシコ)をWBC同級王者ジャモール・チャーロ(米)へ挑戦させる計画を明かす。これもファン垂涎のカードで、フルトンvs井上の余沢にあずかれるか期待したい。

宿敵フィゲロアがフルトンへエール

 また米国リング誌のパネリスト(ランキング選考委員)の一人で著名ライターのアンソン・ウェインライト氏は「2人に拍手を送らなければならない。イノウエはスーパーバンタム級に転向する際にもっと負けるリスクの少ない相手を選ぶこともできた。一方フルトンもこの試合をスルーする選択肢があった。イノウエが初めて黒人のエリート選手と戦うことに注目したい。フルトンのクイックハンドとフットワークはイノウエにトラブルを巻き起こすだろう」と記す。

 今のところ予想オッズは11-4あるいは7-3ほどで井上有利と出ている。井上戦が決定する前、フルトンと対戦が有力だった前WBC世界スーパーバンタム級王者ブランドン・フィゲロア(米)は今月4日、前WBC世界フェザー級王者マーク・マグサヨ(フィリピン)を下してWBCフェザー級暫定王者に就いた。21年11月、激闘の末、フルトンに惜敗したフィゲロアは試合後、スコアカードに不満を表した。それでも宿敵フルトンが井上との対決に突き進むにあたり、映像メディアを通じて激励している。

 「彼は偉大さを追求する選択を下したと思う。日本でベストを尽くすことを願っている。勝てば彼は歴史に名を残すだろう。リマッチを126(フェザー級)あるいはその周辺で受けてくれるとうれしい」

 フィゲロアのエールが届いてフルトンはいっそう奮起するか?「アウトボクシングを徹底しろ。正面に立ったらマジで危ないぞ」とフィゲロアは念を押しているが……。

マグサヨ(左)を破りフェザー級王者に就いたフィゲロア(写真:エスター・リン/ショータイム)
マグサヨ(左)を破りフェザー級王者に就いたフィゲロア(写真:エスター・リン/ショータイム)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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