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村田諒太は去り、ゴロフキンはプラン未定。伝統のミドル級、復活はあるのか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
年間最高試合となったゴロフキンvs村田諒太(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

金メダリストの引退を米国でも報道

 WBA世界ミドル級スーパー王者に君臨した村田諒太(帝拳)が事実上、現役引退を表明した。22日、東京ドームホテルで行われた2022年のボクシング年間優秀選手表彰式の席上だった。村田(37歳)は昨年4月さいたまスーパーアリーナで開催されたIBFミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との王座統一戦が年間最高試合に選ばれ表彰を受けた。メディアの取材に「あの試合は僕の中では最後だと思っているので、その最後の試合が評価されたということは、すごく感慨深いし、うれしい」と胸中を明かした(コメントは日刊スポーツの記事より)。

 多くの人々が予想していたことであり、彼が翻意することはないだろう。海外メディアも村田の進退に関して報道。米国のボクシング専門サイト「バッドレフトフック・ドットコム」は「リョウタ・ムラタが37歳でボクシングから引退」という記事を22日付で掲載。副タイトルは「ムラタはプロで16勝3敗、13KO勝ち。2つの敗北にストップ勝ちでリベンジした」。同じく「ボクシングシーン・ドットコム」も村田のコメントを交えながら彼のキャリアを振り返った。

GGGはスーパーミドル級進出か?

 一方ゴロフキンは今月初旬、保持していたベルトの一つIBF王座を返上した。それを待っていたかのように、WBAは彼が村田戦で獲得したWBAミドル級スーパー王座の防衛戦を同級レギュラー王者エリスランディ・ララ(キューバ)と行うよう通達した。ただしゴロフキンvsララの交渉が遂行されている様子はうかがえない。村田と対戦した後、ゴロフキンは昨年9月に世界スーパーミドル級4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)との第3戦に臨み判定負け。この一戦を最後にスポーツ・ストリーミング配信DAZNとの契約が失効。報道ではフリーエージェントの立場になったゴロフキンに対して米国大手プロモーションのトップランクがIBFミドル級1位で、ロンドン五輪決勝で村田と対戦したエスキバ・ファルカン(ブラジル)との防衛戦を打診した。しかしゴロフキンから対戦の承諾は得られなかったという。一部で「GGG(ゴロフキンのニックネーム)はWBA王座も返上するのではないか」という声も出ている。

 ゴロフキンは村田と異なり現役続行の方向だ。だがスーパーミドル級に本格的に進出すると思われる。同級はカネロの支配が続き、ドラマ性がなかった第3戦の内容と結果も影響し、カネロvsゴロフキン第4戦が実現に向かうことはないだろう。スーパーミドル級でのGGGのモチベーションは?と問われると即、回答できない。むしろミドル級に留まった方が賢明な選択かもしれない。だが歴史があり、ゴージャスなチャンピオンたちを輩出してきたミドル級の現状は芳しいものではない。

ブランクに陥るWBC王者チャーロ

 一言でいうと不活動なのだ。村田もゴロフキンと対戦する前、2年4ヵ月のブランクをつくったが、これはコロナパンデミックが誤算となった。今のところ、ゴロフキンが手放したIBF王座の決定戦が締結する気配はないし、上記のようにゴロフキンvsララが日の目を見る兆候もない。ララが最後にリングに上がったのは昨年5月。2014年7月、カネロと対戦し2-1判定負けを喫した時、カネロに「俺はマラソンをやりに来たのではない」と名文句を吐かせたやりにくさは今も健在。立場はカネロの指名挑戦者(WBA)の一人だが、再戦が実現することはまずないだろう。

 また、ミドル級上位の誰と組み合わせてもビッグマッチ間違いなしと言われるWBC王者ジャモール・チャーロ(米)は21年6月の防衛戦を最後にリングに登場していない。世界スーパーウェルター級4団体統一王者ジャメール・チャーロ(米)の双子の兄ジャモールは昨年6月、マチュック・スレッキ(ポーランド)との防衛戦が組まれたが背中の負傷を理由にキャンセル。その後メンタル面の不調を訴えてブランクに見舞われている。

 ようやく先週から、復帰のニュースが流れている。「私はこのスポーツから離れる時間が必要だった」と打ち明けたチャーロは「6月にWBCタイトルの防衛戦を行う。待たせてすまない」とソーシャルメディアで発言。本腰を入れて復帰に取り組む姿勢を強調した。だが6月である。実現しても丸2年のブランク。無敵だった頃の強さを忘れかけているファンもいるのではないだろうか。WBCは昨年10月、暫定王座決定戦を承認してカルロス・アダメス(ドミニカ共和国)が就いている。しかしチャーロは本来なら王座はく奪の憂き目に遭っても不思議ではない。タイトル承認団体(WBC)の著名選手に対する待遇処置、甘さが垣間見える。

ミドル級を振り回した戦犯

 もう一人、不活動の象徴のような存在が前WBO世界ミドル級王者デメトゥリアス・アンドラーデ(米)。1月7日、ノンタイトル10回戦で3-0判定勝ち。昨年の王座返上を経てスーパーミドル級に進出した。だが、これが1年2ヵ月ぶりのリング。2022年は全休だった。

 アンドラーデ(32勝19KO無敗=34歳)は以前、カネロ・アルバレスの試合後の会見に乱入。直接対戦を訴えた過去がある。カネロに拒否され、セキュリティに退場させられたが、実力評価は高い。タイソン・フューリー(英=WBC世界ヘビー級王者)は先日、「全階級を通じてもっとも対戦を避けられている男だ」と断言した。なのにいつまで経ってもカネロ戦をはじめビッグマッチは実現しない。現WBO世界ミドル級王者ジャニベク・アリムハヌリ(カザフスタン)との対戦を拒否したように、避けられていると同時に自分でも「避けている」のがアンドラーデ。リングに上がらなくてもミドル級シーンをかき回した張本人だった。

1月、D・ニコルソン(右)に勝って復帰したアンドラーデ(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME)
1月、D・ニコルソン(右)に勝って復帰したアンドラーデ(写真:Amanda Westcott / SHOWTIME)

過疎化と高齢化

 そういえば、カネロと並行してアンドラーデが強く対戦を希望しているのがチャーロ。しかしこのブラックアメリカン対決も交渉が具体化する気配が見られない。すでにアンドラーデはカネロを追いかけてスーパーミドル級へ転向。チャーロも同級に進出する計画があり、ミドル級はますます過疎化してしまう。

 同時に選手の高齢化も深刻だ。ゴロフキンは40歳、ララも39歳、チャーロも5月に33歳になる。それだけ彼らは選手寿命が長いと言うこともできるが、ミドル級は活性化の時期に達している。

 希望が持てるのが“カザキ・スタイル”のニックネームで呼ばれるアリムハヌリ(13勝8KO無敗)。初防衛戦ではデンゼル・ベントレー(英)に粘られ、連続KO勝ちは途絶えたが、対戦相手と試合のパフォーマンス次第で“先輩”ゴロフキンを追従する可能性を秘める。アリムハヌリには昨日、WBOがリアム・スミス(英)との指名試合をオーダーした。前記の「バッドレフトフック・ドットコム」は「このカードが実現する可能性は低い」と伝えるが、両者にメリットがあり、ファンに歓迎される対戦の一つだと言える。

 またミドル級に進出して久しく世界挑戦のウェーティングサークルに入っているハイメ・ムンギア(メキシコ=41勝33KO無敗)も今年、スーパーウェルター級に続く2階級制覇にターゲットを絞る。彼のプロモーター、「サンフェル・ボクシング」によるとほぼ対戦が決まっていたチャーロに逃げられ、ゴロフキンとの折衝も破談したとのことだが、そろそろ挑戦が実現しないと時期を逸してしまう。

 無傷のレコードを誇るムンギアに対し、その実力に懐疑的な目を向ける米国メディア、関係者は少なくない。だが、すでに前哨戦を数多くこなしたムンギアにチャンスを与えることが現在のミドル級に風穴を開ける手段の一つだと思う。ベテラン、新鋭を問わず、お互いに対戦したがらない背景がミドル級の停滞を招いている最大の原因である。

アリムハヌリ、ムンギアそして……

 スーパースターのカネロがスーパーミドル級を拠点にしたことでミドル級は輝きを失った。その証拠にスーパーミドル級はカネロ絡みの魅力的なカードが目白押し。3月25日ラスベガスで行われるデビッド・ベナビデス(米=WBC暫定王者)vsカレブ・プラント(米=前IBF王者)のサバイバルマッチが大きな関心を集めている。また9月開催が有力なドミトリー・ビボル(ロシア=WBA世界ライトヘビー級スーパー王者)vsカネロの再戦は後者のスーパーミドル級4団体統一王座が争われる見通しだ。

 ミドル級の再生は不活動王者たちがブランクから脱してランキングボクサーたちにチャンスを与えることが先決。またアリムハヌリ、ムンギア、アダメスらが活躍してトップシーンを引っ張ることが急務だと思える。絢爛豪華な伝統のクラスの復活は彼らのアビリティーにかかっている。

メキシコの期待を背負うムンギア(写真:Sye Williams / Golden Boy)
メキシコの期待を背負うムンギア(写真:Sye Williams / Golden Boy)

 4団体でランキングされる村田の名前が消えることは決定的。寂しさを感じる。それでも下位に竹迫司登(ワールドスポーツ)、能嶋宏弥(薬師寺)が各々IBFとWBOでランクされている。上位陣が牽制し合って停滞する中、とてつもなく高いハードルを乗り越えて彼らが台頭する日を期待したい。ミドル級の灯を消してはならない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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