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元世界王者テテに薬物反応報道。井上尚弥の元ライバルはどうなるか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
7月、カニンガムを轟沈したテテだったが……(写真:ロイター/アフロ)

7月の試合で違反薬物が発見

 元WBO世界バンタム級王者で、スーパーバンタム級王座挑戦を目指していたゾラニ・テテ(南アフリカ=34歳)に薬物スキャンダルが浮上した。21日、第一報は南アフリカの新聞「ザ・デイリー・ディスパッチ」が伝えた。対象となったのはテテが7月2日ロンドンのウェンブリー・アリーナで行ったジェイソン・カニンガム(英)との一戦。挑戦者としてリングに上がったテテはサウスポーから自慢の強打を爆発させて4回KO勝ち。カニンガムが保持したIBFインターナショナル・スーパーバンタム級と空位だったWBOインターナショナル王座を獲得したテテは高らかにムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン=IBF・WBAスーパー統一世界王者)挑戦を宣言した。

 ところがBBBofC(英国ボクシング管理委員会)が実施した薬物検査で、パフォーマンスを高揚させる効果がある違反薬物がテテから発見された。現時点で具体的な薬物名は明かされていない。テテのマネジャーはBサンプル(2次サンプル)の検査をリクエスト。現地時間の22日に実施される予定になっている。だが、過去にBサンプルの検証で“シロ”となったケースはあまりない。

世界戦最短KO記録の持ち主

 テテが最初に獲得した世界王座はIBFスーパーフライ級王座。2014年7月、神戸で帝里木下との王座決定戦で3-0判定勝ち。翌年3月の初防衛戦で来月、井上尚弥(大橋)とバンタム級4団体統一戦を行うポール・バトラー(英)と対戦。見事な左アッパーを命中させて8回KO勝ちを収めた。

 2度目の防衛に成功するとテテは王座を返上。バンタム級へ転向し17年4月、WBO暫定王座に就く。その後正規王者に昇格し、初防衛戦で同じ南アフリカのシボニソ・ゴンヤに初回TKO勝ちしたタイム、11秒は世界タイトルマッチの最短KOレコードとなった。強打者ぶりを印象づけたテテだが、2度目の防衛戦では井上が世界的な注目を浴びるきっかけになった相手オマール・ナルバエス(アルゼンチン)と単調なラウンドを重ね無難な判定勝利。ここでWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)に出場したテテは初戦(準々決勝)でミカエル・アロヤン(ロシア)に敵地で小差の判定勝ち。準決勝はノニト・ドネア(フィリピン)と米国ルイジアナ州で対戦することになった。

ドネア戦を間近で断念。カシメロに惨敗

 しかし試合まで3日となったところでテテは謎の降板を申し出る。理由は右肩の負傷。すでに最終調整は完了している時点での突然の辞退だった。それでもテテはドネアが急きょ相手に抜てきしたステフォン・ヤング(米)との準決勝をリングサイドで観戦。ドネアが伝家の宝刀、左フックでKO勝ちを飾ると「WBSSの優勝者は俺に勝たないと真の統一チャンピオンとは言えない」と豪語。この厚顔無恥ぶりは「棄権しておいて、ふざけるな!なって感じですね」と井上に言われたものだ。

 この時ドネアはドーピング検査に関してテテに疑惑の目を向けている。本当の理由は別にあったのではないかと。確かに突然の敵前逃亡は不自然に思える。一方でテテはWBSSの期間中、WBCが提唱し、VADA(ボランティア・アンチドーピング協会)が実施するテストに登録。強くドーピング違反に抵抗する態度を見せていた。だからこそと言ったら彼に対する偏見かもしれないが、テテは負傷を口実にしてドネアとの対決を避けたのではないだろうか。テテがアロヤン戦後リングに登場したのは13ヵ月後の19年11月。右肩の負傷の具合や経過は明らかではなかった。その間に“毒抜き”をしたのではという憶測も成り立つ。

 復帰戦で、自身の不活動が影響してWBOバンタム級暫定王者に就いたジョンリール・カシメロ(フィリピン)の挑戦を受けたテテは3回TKO負けの惨敗を喫する。晴れて暫定の肩書が取れて3階級制覇に成功したカシメロは「カモン、イノウエ!、カモン、モンスター!」と井上を挑発。一時は井上の最大のライバルとも見なされたテテは、ひとまずトップシーンから退場を余儀なくされた。

試合ごとのギャップが大きい

 1年前にカムバックしたテテの次戦がカニンガム戦だった。テテに疑いがもたれるのはここまで触れたバトラー、ゴンヤ、カニンガム戦のパフォーマンスとナルバエス、アロヤン、カシメロ戦の出来のギャップが激しいことが挙げられる。ハードパンチャーぶりを如何なく発揮したと思えば、見せ場の少ない判定勝ちや序盤でいいところなく倒される。ただの偶然かもしれないが、好不調の波に差があり過ぎる。

 せっかくスーパーバンタム級で光明が見始めた時に発覚したスキャンダル。このまま運べば、同級で再び井上のライバルに名を連ねることも不可能ではなかったはずだ。返す返すも悔やまれるニュースと言える。

 そして試合から5ヵ月近く経過した時点で報道されたのはどうしてだろうか。通常では試合から1~2週間後、長くても1ヵ月後には検査結果が公にされる。英国ボクシング・コミッションに相当するBBBofCが検査に厳重さを期したからだろうか。あるいは予め結果は出ていたが、彼の陣営が圧力をかけて発表を遅らせていたのだろうか。当然ながら知らせを聞いてテテは当惑しているという。以前ラスベガスで行われた世界タイトルマッチでも公表が遅れたケースがあったが、5ヶ月も持ち越されたのは異例。もし違反が確定すると最高で4年間の出場停止処分が下る可能性がある。

 それにしても井上が12月13日のバトラー戦を最後に進出を目指すスーパーバンタム級のライバルはルイス・ネリ(メキシコ)にせよカシメロにせよ、どうしてスキャンダルまみれなのか。そこにテテが加わるとは予想外。日本で実質的に永久追放処分のネリはまだ海外で井上と対戦できる見込みがあり、カシメロも今回の赤穂亮(横浜光)との試合結果次第で井上の対立コーナーに立てる見込みが出てくる。しかし一時、好敵手と見られたテテは明日のBサンプルの結果によって井上の視界から消えてしまう。

 ライバルたちが自滅するかたちでいなくなっても井上にはスティーブン・フルトン(米=WBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者)、アフマダリエフ、マーロン・タパレス(フィリピン=元WBO世界バンタム級王者)など標的とする相手に事欠かない。「誰もがモンスターと対戦したがっている」。トップシーンから離脱が濃厚なテテの残念なニュースは、同時に井上の売り手市場の存在を浮き彫りにする。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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