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井岡一翔、井上尚弥の未来のライバル? 無限の可能性を秘めた現役最年少王者の魅力

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ロドリゲスvsクアドラス(写真:Ed Mulholland)

代役で成し遂げた快挙

 軽量級の新しいスター候補が誕生した。米国アリゾナ州フェニックスで2月5日行われたWBC世界スーパーフライ級王座決定戦で元王者カルロス・クアドラス(メキシコ)に明白な判定勝ちを飾り戴冠したジェシー・ロドリゲス(米)だ。22歳になったばかりの新鋭は前半ダウンを奪い、117-110が2者に115-112の3-0判定勝利。筆者のスコアも117-110でロドリゲスだった。試合6日前に代理出場が決まり、これまで2階級下のライトフライ級で戦っていたロドリゲスはハンディをものともせず、2000年代に生まれた(誕生日は2000年1月20日)初の世界王者となった。

 本来、クアドラスはWBC1位で同じく元王者のシーサケット・ソールンビサイ(タイ)とタイトルを争う運びだった。ところがシーサケットがCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の予防プロトコール(要綱)を満たしていなかったため米国入国が許可されず、急きょ、同日のカードでフライ級10回戦に出場予定だったロドリゲスが抜擢された。それまで14勝10KO無敗のロドリゲスは全階級を通じてプロスペクトの一人と評価され、日本の帝拳ジムとも契約を結んでいる逸材。しかし2014年5月から16年9月までこのタイトルを保持し、世界戦を10度戦っているクアドラス(33歳)は容易に攻略できない相手に思えた。

技ありのノックダウン

 それでもロドリゲスは一発でチャンスをモノにした。ハイライトは3ラウンドに奪ったノックダウン。サウスポーのロドリゲスがウェービングを駆使した絶妙なアングルから右アッパーカットを見舞うと、クアドラスはドスンとキャンバスに落下。スキルを誇示した見事な一撃だった。ここで手綱を締めたのはコーナーに陣取る名将ロバート・ガルシア・トレーナー(元IBF世界ジュニアライト級王者)。試合後のロドリゲスの話では「リラックスしろ」とガルシア氏は檄を飛ばし、仕留めにかかるつもりだった愛弟子にブレーキを踏ませた。その後の展開を「コーナーのアドバイスに忠実に従ったことが勝因」と明かしたロドリゲスはクールな頭脳も兼備していると言えよう。

 7ラウンド、クアドラスに反撃を許したロドリゲスだが、自身これまでの最長ラウンドとなる8回にペースを奪回する。並の新人には難しいタスクに感じられた。その後スタミナや耐久性の問題もなく、終盤またヒットを重ねて勝利を引き寄せた。本人は「痛くてしょうがない(相手のパンチが利いたということ)。今までの人生でこんなに痛かったことはないよ。クアドラスは私のキャリアでもっとも困難なファイトを強いた」と元王者を称えたが、このコメントに余裕が感じられるところが彼の強さの一端ではなかろうか。

同時兄弟世界チャンピオンに

 もう一つ、ロドリゲスの快挙を彩るのは、兄弟で同時世界チャンピオンに君臨したことだ。同じスーパーフライ級のWBAレギュラー王者ジョシュア・フランコ(米)は4歳年上の兄。フランコもガルシア・トレーナーに師事し腕を磨いて世界王者に就いた。

 「兄の存在が最大のモチベーションアップになった。彼が世界を獲った時、自分のことのようにうれしかった。今、彼も同じ気持ちに違いない」

 そう語るロドリゲス。ちなみにフランコがアンドリュー・マロニー(豪州=井上尚弥に挑戦したジェイソン・マロニーの双子の弟)からベルトを奪い故郷テキサス州サンアントニオの空港に到着した時、地元テレビ局が出迎えて取材した。今回ジェシーのケースはもっとインパクトがあり、サンアントニオ市長から熱いメッセージが発信され、IBF・WBC世界ウェルター級統一王者エロール・スペンス(米)や復帰戦が決まったライト級のスター選手ライアン・ガルシア(米)から祝福のツイートが送られた。またクアドラス戦のダウンシーンの映像は25万件以上のアクセスがあったという。

自信の塊。「他人とはレベルが違う」

 ロドリゲスを知る日本の関係者の話では彼は相当な自信家だという。“エル・プロフェソール”(ザ・プロフェッサー)のニックネームを持つ兄フランコが文字通り知的な印象を与えるのに対し、“BAM”の愛称で呼ばれるロドリゲスはより攻撃重視の選手に思える。BAMとはBang、Bang(ドンドン叩く。大きな音を立てる)から派生したもの。だから発音はバムではなくバン。文字通り、リングシーンに大きなノイズを立てたロドリゲスは試合後のインタビューで他者との“違い”を強調した。質問は「あなたの自信の源は何なの?」

 「私は他人と明らかに異なる、違うレベルの選手だと信じている。そういう選手にはめったにお目にかかれない。私は別のレベルに属しているんだ」

 世界チャンピオンに就いたとはいえ、まだ15戦(15勝10KO無敗)の選手である。よくそこまで言い切れるものだと感心してしまう。少なくとも日本選手には語れないセリフだろう。これで日本人関係者が発した言葉に納得させられた。

ロマゴン&エストラーダとの夢の対決

 試合前ロドリゲスは「115ポンド(スーパーフライ級)を獲ったら、108ポンド(ライトフライ級)あるいは112ポンド(フライ級)に下げて複数階級制覇を目指したい」とも話していたが、軽量級のスター選手が集結する傾向があるスーパーフライ級にしばらく留まるもようだ。真っ先に対戦を希望したのが“ロマゴン”こと4階級制覇王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)。「チョコラティート(ゴンサレス)はレジェンド。私にとってはドリームファイトになる。彼は軽量級にファンの関心を呼び込んでくれる一人。彼の対立コーナーに立てると想像しただけでクレージーになってしまうよ」

 ロドリゲスを身震いさせるロマゴンは3月5日、WBC世界フライ級王者フリオ・セサール・マルティネス(メキシコ)と対戦する。仮にマルティネスが勝っても、ロドリゲスvsマルティネスは垂涎カードとして関心を集めるに違いない。

 一方、地元サンアントニオのメディアによると、COVID-19によりロマゴンとの第3戦が流れたWBA世界スーパーフライ級スーパー王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)がロドリゲスの相手に浮上している。エストラーダはWBCでは名誉職のフランチャイズ王者。正規ベルトを獲得したロドリゲスとはいずれ対戦しなければならない運命にある。このカードもドリームファイトと言える。

師匠のロバート・ガルシア氏(左)と(写真:Mikey Williams / Top Rank)
師匠のロバート・ガルシア氏(左)と(写真:Mikey Williams / Top Rank)

井上、井岡ともどこかで遭遇する

 さて、ロマゴン、エストラーダと来れば日本の至宝、井上尚弥(大橋)、井岡一翔(志成)とロドリゲスの対決を想像したくなる。同じクラスの井岡の方が現実味がありそうだ。

 WBO世界スーパーフライ級王者井岡はIBF王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)との2団体統一戦が既定路線。アンカハスが2月26日に予定する10度目の防衛戦をクリアすれば、再度締結に向かう見込みだ。まだ具体的な動きはないものの、ロマゴン、エストラーダの名前が出始めたロドリゲスが彼らのどちらかと、あるいは両者とグローブを交える日はそう遠くないかもしれない。今、2人と雌雄を決することになれば、ロドリゲス不利の予想が立つだろう。だがロドリゲスが無限の可能性を秘めているのに対し、2人はほぼ完成されたボクサーだ。今後、予想が逆転する見通しも大きい。

 いずれにせよ、仮に井岡がアンカハスに勝って2冠を保持する時点でどんな形勢になっているか非常に興味深い。

 一方、井上との対決はどうなのか。近い将来、スーパーバンタム級進出の可能性が大きい井上に対して、ロドリゲスも今後ウエートを上下させる発言をしている。ガルシア・トレーナーは「少なくとも4階級は行ける」と太鼓判を押すから上限はバンタム級かスーパーバンタム級か。モンスターとの“遭遇”はどこかであるとみる。

 アメリカでスポットライトを浴びるケースが少ない軽量級で、ロドリゲスの王座獲得は朗報となった。何より一番の貢献は「スモール・クラスに注目が集まり、ビッグファイトの可能性が広がった」と本人がアピールする中・重量級偏在に対する本場の意識が刺激されたこと。「主役は自分だ」と言いたげなところに自信家の真髄が見える。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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