Yahoo!ニュース

「史上最大のヘビー級決戦」フューリーvsジョシュア実現へ。群雄割拠のヘビー級戦線の今

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
全ベルト統一を目指すジョシュア(左)とフューリー(写真:Sky Sports)

来年2度対戦?

 20日近く前のことだった。WBCヘビー級王者タイソン・フューリー(英)とWBAスーパー・IBF・WBO統一ヘビー級王者アンソニー・ジョシュア(英)のビッグファイトが来年2021年に2度行われるというニュースが伝えられた。

 世界全域がコロナ危機に陥っている状況の中からボクシング界も徐々に試合が再開されている。究極の対決とはいえ、2人はまだクリアすべき試合があり、交渉もスムーズに運ぶとは思えない。しかも2度対戦するという根拠がつかめない。ニュースバリューはあったが、私は続報が流れるまで静観することにした。

 予想したように、まだ第二報は聞かれない。ただのアドバルーンの段階と理解していいだろう。それでもフューリーが2月ラスベガスで、ヘビー級史上最高のKO率を誇るデオンテイ・ワイルダー(米)を一方的な展開でストップしベルトを奪取して以来、英国のファンのみならず世界中のファンにとりフューリーvsジョシュアが垂涎カードになったことは疑う余地がない。

 2人が来年2度戦う――そう伝えたメディアはこぞってフューリーのソーシャルメディアの映像を添付していた。だから私はてっきりフューリーが発信源だと思っていた。だがそれは間違いで、ソースはジョシュアのプロモーター、エディ・ハーン氏だった。

まずはフューリーvsワイルダー3

 2月のフューリーvsワイルダー戦からしばらくして、英国メディアが報じたフューリーvsジョシュアを待望する声は半端でなかった。「会場はロンドンのウェンブリースタジアムで決まり。英国史上最大のファイト。真の“比類なき”世界ヘビー級チャンピオンが生まれる……」(以上ボクシングニュース誌電子版)。もう次の試合で両者が対戦するような雰囲気さえ感じさせた。

 ハーン氏の言葉を信じて両者が来年2度対戦すると仮定すると、遅くとも来年6月までに第1戦が組まれる運びになるだろう。だが、それまでにお互い2試合ずつ別の相手と戦わなければならない状況となっている。そこでどちらかが、あるいは両方とも痛い目に遭ってスーパーファイトがとん挫してしまう可能性もなきにしもあらずだ。

 まずフューリーはワイルダーとの第3戦が控えている。コロナ禍で中断が入り、もしかしたらワイルダーはダイレクトリマッチをスルーするとも推測された。しかし第3戦の契約は有効。2月の試合で持ち味を封じられて完敗したワイルダーは、もし連敗すると、キャリア進行がかなり危ない立場へ追い込まれる。それだけに正式に第3戦が決まれば相当、気合を入れて準備を進めるに違いない。

 これまでハーン氏は、なるべくフューリーvsワイルダー3が実現しないように牽制球を投じているが、フューリーをプロモートするトップランク社とワイルダーを傘下に置くPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)の間で交わされているサインはもちろん効果絶大である。ただ両陣営ともラスベガスで挙行された再戦で、ヘビー級タイトルマッチの入場収入の記録をつくったドル箱カードを無観客試合で開催する意図はない。たとえ入場数を制限するにせよ、キャパの大きいアリーナで挙行したい意向がある。期せずして米国、英国以外の国で行われる話も出ており、候補地にサウジアラビアなど中東の国が挙がっている。

 とはいえ現時点でスケジュールはまったく立っておらず、コロナ危機が収束に向かわなければ12月あるいは来年2月まで延びるという話も聞かれる。

ジョシュアの指名試合は11月か?

 対するジョシュアは保持する統一王座の一つIBFの指名挑戦者クブラット・プレフ(ブルガリア)との防衛戦をクリアしなければならない。当初6月に組まれた試合はコロナ危機のため延期。数日前にハーン氏が語ったところでは11月、ロンドンのО2アリーナ開催がプランに浮上している。観客の数を制限したイベントになるという。フューリーvsジョシュアの大見得を切ったハーン氏は、できるだけ早くジョシュアvsプレフを挙行したいはずだ。しかしコロナ禍の状況下では自由に取り仕切ることができない。

 自身のプロモーション、マッチルーム・ボクシングのスケジュールを発表したハーン氏は8月1日から同8日、15日、22日と4週連続土曜日にイベントを再開する。場所はロンドン郊外ブレインウッドにある同社の本部。広大な敷地の一角にリングを設置し無観客試合で行われる。

 そして22日のイベントでは先送りになっていたWBCヘビー級暫定王者ディリアン・ホワイト(英)vs元WBAヘビー級王者アレクサンドル・ポベトキン(ロシア)が挙行される。この一戦の勝者とフューリーvsワイルダー3の勝者との対戦をWBCは通達している。

8月22日、対戦が決まったホワイト(左)とポベトキン。中央はハーン氏(写真:BoxingScene.com)
8月22日、対戦が決まったホワイト(左)とポベトキン。中央はハーン氏(写真:BoxingScene.com)

WBCが指名試合を強要

 フューリーはワイルダーとのラバーマッチ(第3戦)に勝利すると次はホワイトとの指名試合に臨まなければならない(ポベトキンが勝つ可能性もあるが)。これがジョシュア戦実現への最大のハードルだと思われる。

 なぜならWBCのトップ、マウリシオ・スライマン会長はフューリーにホワイト戦を通達しただけではなく、義務づけているからだ。ジョシュアが世界王者に就く前、英国でライバル関係にあったホワイトは長らくWBCのトップランカーに君臨。前王者ワイルダーの時から挑戦のチャンスをうかがっていた。WBCに“忠実な”選手ということでヘビー級1位の座を“定位置”にしている印象。昨年、ドーピング違反があったとして一時、暫定王座をはく奪されランキングから除外されたが、その後処分が解かれた経緯がある。メディアに対してスライマン氏は「フューリーvsワイルダー3同様、フューリーvsジョシュアが実現するためにはフューリーvsホワイトも絶対だ」と明言している。ただ薬物問題で、ホワイトは英国とWBC以外からは疑惑の目を向けられている選手でもある。

フランチャイズ王者へ昇格はなし

 そんな背景からWBCは昨年新設した“フランチャイズ・チャンピオン”にフューリーをシフトするのではないかと憶測された。現在ミドル級でカネロ・アルバレス(メキシコ)、ライト級でワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)が就いているフランチャイズ・チャンピオンは指名試合が優遇される特権がある。ジョシュア戦へ向けてホワイトとの指名戦を回避する目的でフューリーもその恩恵に授かるのではないかと噂された。

 しかしスライマン氏はきっぱりと否定した。「いかなる陣営(プロモーター)からもそんなリクエストは受けていない。メディアが騒いでいるだけで事実無根。権威があるヘビー級チャンピオンを安易にシフトすることはできない」

 興味深いのはホワイトのプロモーターでもあるハーン氏がホワイトを推さず、これまで述べたようにフューリーvsジョシュアに執心していることだ。ホワイトはハーン氏の行動にかなり不満を抱いているはず。そのあたりの内部事情は詳しくわからないが、「ワイルダーを返り討ちにすればジョシュアとの統一戦へ一直線」という雰囲気のフューリーだけに果たしてWBCの要求にどう対応するか今後の動向から目が離せない。

ワイルダーとの第3戦へ向けて始動したフューリー(写真:Mikey Williams/Top Rank)
ワイルダーとの第3戦へ向けて始動したフューリー(写真:Mikey Williams/Top Rank)

次なる刺客はウシク?

 他方でジョシュアもプレフを下した後、クルーザー級の“比類なき”王者に君臨したオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)との防衛戦が待っている。これはWBOの指名試合。五輪(ロンドン大会)金メダリストでサウスポーの万能型と形容されるウシクは、今後の躍進次第でヘビー級も支配するのではと期待される男。それでも転向第2戦目の相手デリック・チゾラ(英)は18年12月、ホワイトに痛烈なKO負けを喫したとはいえ、その後3連勝と好調。油断禁物の強敵である。今のところウシクvsチゾラは10月、О2アリーナで予定される。

 もっともハーン氏にプロモートされるウシクは、フューリーvsジョシュア締結のために“待機”する可能性も少なくない。ヘビー級の実力を蓄えてから統一王者に挑戦という青写真も描かれている。その点、WBCからホワイト戦を強要されるフューリーよりもジョシュアは少し気が楽かもしれない。

ボクシングのトランプが仕掛ける大一番

 それにしてもフューリーvsジョシュアが最大の関心事となった今、改めて英国ヘビー級の隆盛が浮き彫りになる。ホワイトを含む3人を追従するのがナンバーワン・プロスペクトと呼ばれるダニエル・デュボア(22歳)だ。デュボアは同じく英国のリオデジャネイロ五輪銀メダリストで王者候補のジョー・ジョイスとのサバイバルマッチが4月11日行われる運びだった。しかしコロナ感染拡大により延期。アナウンスされた新スケジュールは10月24日。これも会場はО2アリーナ。無観客試合で予定される。

 一方ヘビー級の盟主だった米国は話題に上がるのは王座から転落したワイルダーのみと再び迷走している。昨年ジョシュアに挑戦が決まりながら違反薬物が発覚してアウトになったジャレル・ミラーは7月9日ラスベガスで復帰戦が組まれたが、再び薬物検査で引っかかり出場できなくなった。常習犯ミラーはキックボクサー時代と合わせて今回がなんと5度目のドーピング違反。同業のボクサーからも「刑務所に収監されるべきだ」という声が出ている。

 そのミラーに代わりジョシュアに挑み大番狂わせを起こして統一王者に就いたアンディ・ルイスJr(米=メキシコ)は再起を画策中。カネロのエディ・レイノソ・トレーナーに弟子入りし、9月頃の復帰を目指す。

 剛力無双。フューリーvsジョシュア(彼にすればジョシュアvsフューリーとなるが)を仕掛けるハーン氏は現在、ボクシング界の寵児といえる。ライバル、トップランク社の総帥ボブ・アラム・プロモーターに言わせると「彼はボクシング界のドナルド・トランプだ」ということだが、押しの強さが身上。いくつものバリアを乗り越えて来年、きっちり史上最大のヘビー級マッチを実現してみせるのではないだろうか。ボクシングビジネスは試合同様、先が見えないのが常。だからこそ彼の手腕に期待したくなる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事