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井岡一翔は2010年代のMVP。時代を生き抜いたボクサーが目指す軽量級屈指の対決

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
シントロンを攻め立てる井岡(Photo:elnuevodia.com)

 2020年になり、ボクシングの海外メディアは「ファイター・オブ・ザ・デケイド」(過去10年のMVP)を選んでいる。前回(2000年から2009年)は、ほぼ満場一致でアジアの英雄、6階級制覇王者のマニー・パッキアオ(フィリピン)が選出された。そして今回2010年から2019年は“マネー・キング”フロイド・メイウェザー(米)を推す意見が目立つ。この時期、パウンド・フォー・パウンド最強に君臨したこともあったメイウェザーは「厚かましい、傲慢だ」というアンチファンのブーイングを逆手に取るように金満ファイトを実現させた。好むと好まざるとにかかわらず、彼の時代だったような気がする。

4階級制覇。世界戦18回出場

 では日本の「ファイター・オブ・ザ・デケイド」は誰が相応しいだろうか。やはり井上尚弥、村田諒太という名前が出て来るはずだが、井上がプロデビューしたのは12年10月。同じく村田のプロ初陣は13年8月。すでに09年4月にプロ転向していた現WBO世界スーパーフライ級王者井岡一翔のキャリアがひときわ目立つ印象を与える。

 10年から大みそかのジェイビエール・シントロン戦まで井岡は22勝12KO2敗(トータル戦績は25勝14KO2敗)。前回6月のアストン・パリクテ戦で日本人選手初の4階級制覇に成功。初防衛戦となったシントロン戦で世界タイトルマッチ出場は18回に達した。この間、タイの曲者アムナット・ルエンロエンとフィリピンの3階級制覇王者(当時)ドニー・ニエテスに惜敗する挫折を経験したものの、粘り強く王座を獲得。ジム会長で実父の井岡一法氏との離別。引退宣言そして復帰。名将イスマエル・サラス氏とのタッグ。私生活では有名芸能人との結婚、離婚そして再婚。一児の父になり今回初めてリングに立った。波乱万丈と言ったら語弊があるかもしれないが、時代を生き抜いたという意味では井岡の右に出るボクサーはいないと思う。

4年越しの対決は実現するのか?

 そして30歳になった井岡は、本人が口にする「海外の地で世界的に有名な選手と試合がしたい。わかりやすく言うと統一戦」という願望に邁進する準備ができたと言える。そしてシントロンを下した後、真っ先にターゲットに挙げたのはWBC世界スーパーフライ級王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ=29歳)。パウンド・フォー・パウンド・ランキングでも10傑入りしているエストラーダは、この階級でナンバーワンと認識される。著名選手を多く抱え、ボクシング中継に参入したストリーミング配信のDAZNと契約したことも実力と知名度の高さの表れだろう。

 井岡vsエストラーダ。この魅力満点のカードは4年前の16年、話が持ち上がったことがある。同年7月、当時WBA世界フライ級王者の井岡はキービン・ララ(ニカラグア)にKO勝ちで防衛。同級“スーパー”王者でWBO統一王者でもあったエストラーダとの試合をWBAがオーダーしたのがきっかけだった。

 ララ戦から10日後、筆者はメキシコ・ティファナの試合会場で偶然エストラーダに遭遇。インタビューした(その模様はボクシング・ビート誌の2016年9月号に掲載)。そこで対戦に前向きな姿勢を見せたエストラーダだったが、以後スケジュールリストにこのカードが載ることはなかった。もし実現していれば、フェルナンド・モンティエルvs長谷川穂積級のインパクトがあったはずだ。

今が旬の顔合わせ

 当時から3年半が経過した。フロイド・メイウェザーvsマニー・パッキアオの前例があるように、いくら魅力的なカードでも賞味期間がある。しかし、この軽量級屈指の対決は今でも色あせることがない。むしろ現在の方が輝きを増している。井岡の実績はもちろん、その後のエストラーダの充実ぶりも際立つからだ。

 17年4月のWBAフライ級“レギュラー”王座5度目の防衛戦をもって一度引退宣言した井岡が復帰するのは翌18年9月、ロサンゼルスのザ・フォーラムのリングだった。3回に右ストレートでダウンを奪った井岡が上位ランカー、マックウィリアムズ・アローヨに3-0判定勝ち。「SUPERFLY3」として行われたイベントのメインに出場したのがエストラーダ。WBCスーパーフライ級挑戦者決定戦と銘打たれた試合を制したエストラーダは王者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)との再戦の道を拓いた。

地元の防衛戦で王座を守ったエストラーダ。右がハーン氏(Photo:Ed Mulholland)
地元の防衛戦で王座を守ったエストラーダ。右がハーン氏(Photo:Ed Mulholland)

流れたエストラーダの統一戦

 このアローヨ戦からサラス・トレーナーの下でラスベガス・トレーニングを開始。日本で揺るぎない足跡を残した井岡が国際デビューした日であった。そして今、4階級制覇王者は本格的に海外リングに活躍の場を求めている。井岡の決意が固まる中、エストラーダにはWBAスーパーフライ級王者カリド・ヤファイ(英)との統一戦が組まれる気配があった。ヤファイのプロモーターでDAZN・USAの牽引者エディ・ハーン氏は1月30日マイアミで内定したと伝えた。

 だが、このニュースは誤報とは断言できないものの、雲散霧消してしまった。エストラーダが拳を痛めて4月か5月頃まで試合ができないというのだ。エストラーダ陣営から正式なアナウンスがなく、前回登場した情報通のハビエル・ヒメネス氏に聞いてもはっきりしない。以前、井岡戦の話が浮上した時も右拳を手術していたエストラーダだけに、また痛めたのかもしれないが、正直なところ真偽がつかめない。

 一方でエストラーダにはこれまで1勝1敗のシーサケットとの第3戦を望む声もある。だが昨年4月、両者の第2戦で明白な判定負けを喫したシーサケットは現在、開店休業状態。井岡戦の方が統一戦というステイタスも加わりファンの関心を集めると思われる。そしてシントロン戦直後の井岡の発言から士気はシーサケットを凌駕しているとみる。

ロマゴン戦もオプションに

 同時に12月、村田vsバトラーのリングでカムバックした“ロマゴン”、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)もスーパーフライ級の重要キャストの一人。そのロマゴンにヤファイ挑戦の噂が浮上している。右ひざの負傷、手術から回復し久々に元気な姿を披露したロマゴンには以前からヤファイ戦がメディアに取り上げられていた。今回エストラーダ戦がひとまず流れたことで、ヤファイvsロマゴンはかなり信ぴょう性が出てきた。

 これもニュースソースはハーン・プロモーター。8日、スペイン語サイトのESPNデポルテス・ドットコムが報じるところでは「95パーセント交渉が進展。2月29日、米テキサス州フリスコのフォード・センターで挙行」となっている。メインはマイキー・ガルシアvsジェシー・バルガスのウェルター級12回戦。だが以後、続報はない。

 井岡はシントロン戦の前後、ロマゴンとの対戦にもウェルカムの姿勢を示している。ヤファイとの試合が締結しロマゴンが勝ってWBA王者に就けば、井岡vsロマゴンが俄然クローズアップされる。日本のファンには垂涎のカードだろう。またロマゴンが戴冠すれば、エストラーダとの8年越しの再戦も現実味を帯びて来る。

 冒頭で触れた「ファイター・オブ・ザ・デケイド」の世界版ではロマゴンを候補者の一人に挙げるメディアもいくつかあった。フライ級からスーパーフライ級を制したあたりのロマゴンはパウンド・フォー・パウンド最強の称号を手にした。「太く短く」という印象もあったロマゴンだが、こうやって振り返ると息の長い選手であることがわかる。同じく井岡も「太く長く生きている」ボクサーである。

SUPERFLYシリーズをプロモートしたローファー氏と(Photo:360 Promotions)
SUPERFLYシリーズをプロモートしたローファー氏と(Photo:360 Promotions)

もう一度売り込みをかけたい

 今後エストラーダ戦は成立するかどうかはDAZNとの交渉、突き詰めればハーン・プロモーターの一存によって決まるのではないだろうか。その意味で手持ちの駒の中でハーン氏が同じ英国人のヤファイをどう絡ませて行くかが焦点となる。上記のカードがまだ締結していないので予断を許さないが、井岡が入り込める余地は十分にあると推測される。

 ただその前に海外で知名度を広めることが要求される。本人のコメントから実力はもちろん、興行的に自分を売り込めるという自信を深めている様子がうかがえる。井岡を「SUPERFLY3」で起用したトム・ローファー・プロモーターはミドル級王者(IBF)に返り咲いたゲンナジー・ゴロフキンとの関係を継続している。ゴロフキンはDAZNと大型契約を結んでいる。その辺のルートから再度、本場進出の道を構築するのも一策かもしれない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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