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WBAが村田諒太のV2戦を妨害。指名挑戦者ブラントが嫌われるリアルな理由

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
村田はラスベガスで王者のままリングに立てるか?(WBAのホームページより)

入札で無名プロモーターが勝利

 3日前の13日(日本時間14日)飛び込んだニュースに耳を疑った。パナマ市のWBAオフィスで行われた試合の入札で、WBA世界ミドル級王者村田諒太(帝拳)のベルトを狙う一人、ロブ・ブラント(米)のプロモーター、グレグ・コーエンが興行権をゲットしたというのだ。入札はタイトルマッチなどで当事者同士の交渉がまとまらなかった場合、認定団体がプロモーターを募集。期日と場所を設定して金額提示を行い、もっとも高額を提示したプロモーターが興行権を獲得する制度。海外メディアからも「日本で超ポピュラーなアスリート」と一目置かれる村田。帝拳プロモーションに加え、米国の著名プロモーション、トップランクが共同プロモーターに名を連ねる村田がミネソタのローカルプロモーターに屈する意外な出来事となった。

 もっともこれはブラント側の不戦勝だった。帝拳プロモーションもトップランクも今回の入札には参加していない。参加したのはコーエン氏とWBAと緊密なニカラグアのプロモーターのみ。ただ驚かされたのは落札金額とその配分。コーエン氏が提示したのは最低額に定められた20万ドルをわずかに超える20万2114ドル(約2,223万円)。これを50-50で折半せよとWBAは通達。通常タイトルマッチでは王者70、挑戦者30が普通。ちなみに対抗団体のWBOは王者75、挑戦者25の割合。ファイトマネーの総額も配分も世界的なスターへ近づく村田を満足させるものではないだろう。

 その後の日本のスポーツ紙などの報道を見ると村田陣営の入札不参加は既定路線だった。万が一ブラントを選択すれば、入札に持ち込まれる前に防衛戦が締結されたと推測できる。ブラントはWBA最新ランキングで2位。だが以前から指名挑戦者に君臨する。1位は来月WBA“スーパー”王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との再戦に臨むサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)。村田vsブラントの入札をWBAが指令した背景には団体のエゴが介在している。

WBAが貸しをつくった?

 さかのぼること1年3ヵ月。ブラント(23勝16KO1敗。27歳)はすでにWBAの指名挑戦者として扱われていた。大論議を巻き起こした村田vsアッサン・エンダム(フランス)第1戦の前のことだ。ブラントのランキングは4位。1位が当時の暫定王者エンダム(直後にレギュラー王者に昇格)、2位が村田。3位がカネロ。摩訶不思議にも今回WBAの主張によると「エンダムはブラントと対戦する代わりに村田戦を優先させた」とある。首をかしげてしまう。

 加えて村田vsエンダムのダイレクトリマッチが締結したことでWBAはブラントがまた“待ちぼうけ”を食らったと判断。それが尾を引いて今回の入札指令と50-50の報酬配分につながったと解説している。

 これが暴挙と言わないまでもWBAの横やりだと断定できるのはブラントが一度も挑戦者決定戦とか1位決定戦と冠される試合を勝ち抜いていないことである。挑戦者決定戦に勝った選手が即“最強のチャレンジャー”と呼べないケースは多々ある。だが形式的にしてもエリミネーション・バウトを勝ち上がっていない選手を1年半近く指名挑戦者に据えるのには無理がある。ならばブラントがスター性にあふれ、今後の米国リングを背負って立つ逸材かといえば、けっしてそんなことはない。

ブラントは中西部ミネソタが出身でダラスでトレーニング(写真:Boxing Scene.com)
ブラントは中西部ミネソタが出身でダラスでトレーニング(写真:Boxing Scene.com)

ターゲットは頂上決戦の勝者

 試合スケジュールをチェックすると10月20日、村田はラスベガスで保持するWBAミドル級“レギュラー”王座の防衛戦が組まれている。しかし現時点で相手は未定。対立コーナーにブラントが立つことはまずないだろう。指名試合をスルーするとベルト剥奪のリスクが待っている。おそらく挑戦者にはゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)傘下のジェイソン・クイッグリー(アイルランド)が抜擢されると思われる。

 村田陣営はタイトル剥奪の危機もやむを得ないという対応を見せる。報道では本田明彦・帝拳ジム会長はブラントに関して「WBAも了承していた。急な指令は理解できない」(8月15日・日刊スポーツ)、「了承を受けていた話と違う」(同日・スポーツ報知)と困惑気味。そして村田が約束されていると言われるゴロフキンvsカネロとの勝者との対決に向けての妨げになると強調する。

 同会長が「ずっとゴロフキンやカネロと戦うためにやってきた」(日刊スポーツ)という発言は至極、理解できる。だが、だからこそ、この時期ブラントを迎えても損はないと私は思う。

前哨戦にはもってこい

 公式データで身長179センチ、リーチ182センチのブラントは右のアウトボクサーと分類できる。いきなり放つ右クロスが武器で、これがグーンと伸びて相手を急襲する。そしてワンツーで畳みかけるのが攻撃パターン。耐久性も兼備している。昨年10月、WBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)のスーパーミドル級に参戦。1回戦で元ライトヘビー級王者ユルゲン・ブリーマーに敵地ドイツで3-0判定負け。これが唯一の黒星で今年3月、地元で初回KO勝ちで再起を果たした。

 WBSSに出場し完敗したことがブラントの商品価値を低下させたとも言える。それでも今まで米国をはじめ海外のリングで村田が対戦した選手やV1戦で撃退したエマヌエーレ・ブランダムラ(イタリア)に比べてハイレベルな印象が強い。ゴロフキンやカネロをターゲットに据えるにしても前哨戦の相手として打ってつけではないだろうか。

ブラントに価値を見出すWBA

 勝敗予想を聞かれれば、村田有利と答えたい。よって、陣営がブラントを避ける理由は他にあるような気がする。たとえばアイリッシュ系のスター候補クイッグリー(27歳)と比較して“見栄え”の点で劣る。「ブラントは米国での評価が低く、せっかく本場で試合で村田が勝利しても、メリットが少ない」(スポーツ報知)

 また指名試合を強要したWBAは暫定、“スーパー”など王者乱立で権威の低下が甚だしい。老舗団体は中南米主体の地域協会に成り下がってしまった。かといって、村田のベルトの価値が減退したことはないのだが、WBAは米国市場に食い込む手段として無印的なブラントに着目した。村田へ挑戦が実現しなくても、あるいはそれを見越して剥奪後の王座決定戦出場のチャンスを与えようとしているのではないだろうか。そうでないと長期にわたり指名挑戦者を占める理由が説明できない。

映像メディアにはブラントとの予想も出ている(YouTubeより)
映像メディアにはブラントとの予想も出ている(YouTubeより)

 さらにブラントはミネソタが地元ながらテキサスのダラスでトレーニングを行う。トレーナーのデリック・ジェームズは現在ウェルター級最強の呼び声高いIBF王者エロール・スペンスJr(米)をアマチュア時代からコーチ。またチャーロ・ツインブラザーズの一人、ジャメール・チャーロ(米=WBCスーパーウェルター級王者)も受け持つ。スペンスもチャーロもプロモーション会社、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)の看板選手。一時、業界を席巻しかけたPBCも勢力が衰退気味だが、ライバルのトップランクにすればPBCの息がかかりそうなブラントは煙たい存在。できれば避けて通りたい。そんな思惑が駆け引きに影響しているのではないか。

 いずれにせよ、近々、村田vsクイッグリーの発表が行われるもようだ。タイトルマッチとして挙行されることを願いつつ、今後の動向に注目していきたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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