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村田諒太の現在地とミドル級“再制覇”の可能性

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
帝拳ジムで元気に練習を再開した村田(写真:ボクシング・ビート)

疑惑に満ちた不可解な判定でミドル級制覇の野望が阻まれた村田諒太(帝拳)。アッサン・エンダム(フランス)にスコア上、なぜ勝てなかったのか、さまざまな意見が飛び交っている。その中には「なるほどそうか」と納得させられるものもある。同時に再起を決意した村田に「あの試合のことは忘れて次もう一度がんばってもらいたい」と期待するファンも多いはずだ。

問題判定の裏にフランスの影あり

それでもぶり返してしまうが、なぜあんな採点が下ったのか、いまだにわからない。パナマ人ジャッジ、グスタボ・パディージャ氏が「日本人嫌い」という説は信じたくないが、何となくそんな気がしてきた。もう一人エンダムを支持したカナダのヒューバート・エールはどうか?

リングで勝利コールを受けたエンダムの脇にはフランスの大物プロモーター、ミシェル・アカリエと子息のセバスチャン・アカリエの姿があった。フランスのボクシング界は長い低迷期に入っている。現在世界王者はエンダム一人。希望は先月プロデビューしたリオ五輪スーパーヘビー級金メダリスト、トニー・ヨカぐらい。カナダ東部はフランス語圏。フランスの復興に手を借して同国に根を張りたいWBAの目論見がエール氏を起用させ、エンダムにベルトを獲らせたという推測が成り立つ。もちろんエンダムがチャンピオンに就いたからフランスのボクシングが栄える――そんな単純な構図ではない。だが「ボクシングを隆盛させるには世界王者誕生がもっとも効果的」という通説がある。

GGGに続くのは・・・

さて、WBAが通達した興行権入札を強く否定した本田明彦帝拳ジム会長だが、報道では条件次第でエンダムと再戦するオプションもあるようだ。その成り行きが注目される中、実質的にエンダムに勝った村田がレベルが高いミドル級でどの辺のポジションを占めているかチェックしてみたい。

ミドル級のトップは主要4団体のうち3本のベルト(WBA,WBC,IBF)を保持する“GGG”ことゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)だ。エンダムもWBAチャンピオンになったが、それは“レギュラー”王者。ゴロフキンはその上の“スーパー”チャンピオンに君臨する。このWBAの王座乱発は以前から批判の的になっているが、これは別の機会に触れたい。

9月16日、ラスベガスでゴロフキンとのビッグマッチが決定したメキシコのスーパースター、サウル“カネロ”アルバレスが対抗馬と見なされる。しかしカネロはミドル級での実績に欠ける。現在ゴロフキンが持つWBC王座に一度就いているが、王座を奪った相手のミゲール・コット(プエルトリコ=8月26日、亀海喜寛と対戦)が1階級下のスーパーウェルター級リミットを下回る体重だったことからカネロは“新参者”の印象がぬぐえない。ただ最近の実力アップと知名度、人気を考慮して2番手に据えておく。

プレゼンでフェイスオフするカネロとゴロフキン(写真:ボクシングシーン)
プレゼンでフェイスオフするカネロとゴロフキン(写真:ボクシングシーン)

エンダムvs村田が実現したのはWBA“レギュラー”王者だったダニエル・ジェイコブス(米)が3月、地元ニューヨークでゴロフキンに判定負けし、王座が空位になったことが影響した。そのジェイコブスはGGGと拮抗した勝負を展開したことから評価が下がることはなかった。カネロといい勝負、あるいはカネロより強いという発言も聞かれる。骨髄ガンを克服したストーリーも感動もの。アウトボクシングも冴えるKOパンチャーで村田には高い壁となって立ちはだかる。

カネロが拒否したチャーロ兄弟

ジェイコブス同様、評価が高いのはIBFスーパーウェルター級王座を返上してミドル級へ進出したジャモール・チャーロ(米)だ。WBCミドル級2位にランクされたチャーロは7月29日、1位のホルへ・ヘイランド(アルゼンチン)とWBCミドル級挑戦者決定戦を行う。勝者がゴロフキンvsカネロの勝者と対戦する運び。ヘイランドは長く1位に座っている選手だが、予想はチャーロ有利に傾く。

チャーロは現WBCスーパーウェルター級王者ジャメール・チャーロ(米)の双生児の兄。この兄弟、スーパーウェルター級王者時代のカネロと対戦話が持ち上がったが、カネロと陣営は頑なに無視し続けた経緯がある。パンチャータイプのジャモール、ボクサー型のジャメールと識別されるが、いずれも実力は折り紙つきでカネロは敵わないという見方が主流。弟もミドル級に上がれば、王者を脅かす存在になる。もし彼らがゴロフキンと対戦することになれば、コアなファンは堪えられないだろう。

チャーロ・ブラザーズはミドル級の脅威。左がジャモール(写真:ボクシングシーン)
チャーロ・ブラザーズはミドル級の脅威。左がジャモール(写真:ボクシングシーン)

カネロ同様、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)傘下のデビッド・レミュー(カナダ)はゴロフキンにストップされたが、その前にエンダムを4度倒して快勝している。一撃のパワーなら、この階級のトップクラス。エンダムを比較対象とすると、村田とは好勝負になる予測も立つが、現時点ではレミューに分があるだろう。

WBOのサンダースは狙い目?

そのレミューが標的に据え、村田のターゲットの一人でもあるWBO王者ビリー・ジョー・サンダース(英)はどの程度の実力を誇るのだろうか。正直その測定は難しい。というのもサンダースは王座獲得後、試合枯れの状況に陥り、まだ一回しか防衛戦をこなしていない。強欲、口だけの選手とライバルたちから罵られるサンダースは“狙い目”の王者かもしれないが、リングの繁栄を謳歌する英国から離陸させるのは報酬面で困難な状況だ。ちなみにサンダースは9月16日、V2戦を行うニュースが流れている。

WBO王者サンダース(写真左)とカナダのレミュー(写真:ボクシングシーン)
WBO王者サンダース(写真左)とカナダのレミュー(写真:ボクシングシーン)

帝王ゴロフキンは別にしてもカネロ、ジェイコブス、チャーロ兄、レミュー、サンダースと続くトップグループは間違いなくエンダムより力は上。彼らに続き、アマチュア時代、村田のライバルだったエフゲン・ヒトロフ(ウクライナ)を倒して浮上したイマヌウェル・アリーム(米)、2世ボクサー、クリス・ユーバンクJr(英)、GBP配下で台頭中のジェイソン・クイッグリー(アイルランド)らホープが目白押し。村田はこの第2グループの一人と位置づけられる。

クライマックスはこれから

日本のメディアはエンダム戦の内容から「村田は世界のミドル級で十分通用する」と判断を下した。しかし村田も自認するように現状はシビアだ。エンダムを基準に考えることは禁物。だがエンダム戦で得た経験を糧に今後の向上次第でトップグループと戦える可能性がどこまでも広がるのも事実。またゴロフキンvsカネロの結果によりミドル級シーンが新局面を迎える予感もする。

ファンが村田と見る夢は、まだ始まったばかり。日本のヒーローが世界の主役へ脱皮するには今回のバッドラックは無駄ではなかったと信じたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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