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ジョシュアにタイソン再来の予感。巨人クリチコを踏み台にヘビー級新時代を拓く?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ウェンブリーで勝利を誓うジョシュア(左)とクリチコ(写真:マッチルームスポーツ)

9万人が見守る大勝負

ロンドンのウェンブリー・スタジアムで今週土曜日29日(日本時間30日早朝)開始ゴングを聞く世界ヘビー級タイトルマッチがグローバルな注目を集めている。IBF王者アンソニー・ジョシュア(英)に前統一王者ウラジミール・クリチコ(ウクライナ)が挑む一戦。現在空位のWBA“スーパー”王座も争われる対決は人気が沸騰。当初8万枚売り出されたチケットは発売開始1時間で完売。追加売りされた1万枚もアッという間にさばかれてしまった。

2012年地元ロンドン五輪スーパーヘビー級金メダリストのジョシュア(27歳)はプロで18勝18KO無敗。16戦目でIBF王座を獲得すると、ここまで危なげなく2度の防衛に成功。パワー、スピードといった資質は抜群のものがあり、何といってもそのスター性がヘビー級ニューエイジの旗手を予感させる。今回、伝説のスタジアムで9万人の大観衆の前でスペクタクルな勝利を飾ればその地位は不動のものとなるに違いない。

ジョシュアより4大会前のアトランタ五輪 同級金メダリストのクリチコ(41歳)は2度ヘビー級王者に就き、通算23度の防衛。特に2度目の王座時代は3冠(IBF,WBO,WBAスーパー)統一王者に輝き、IBF王座は連続17度の防衛を達成。11年以上無敗と無人の荒野を行く感があった。実績と存在感は近年のヘビー級チャンピオンの中で傑出したものがある。

ボクシングの未来がかかる対決

このカードのステータスの高さはレノックス・ルイスvsマイク・タイソン(2002年)、クリチコvsデビッド・ヘイ(2011年)以来ではないだろうか。「いや、ジョシュアもクリチコもよく知らない」という人もいるかもしれないが、ヘビー級の本場を自認する米国ではプレミア・ケーブルTV大手のショータイムとHBOがそろって放映権を希望。結局これまでジョシュアの試合を放映したショータイムがライブ放送、クリチコ戦を中継してきたHBOが同日再放送する運びとなった。生はショータイムに譲ったが、HBOはゴールデンタイムの放送で視聴件数を稼ぐ目論見もあるようだ。

日本でもWOWOWが30日午前6時から生中継する。この対決はボクシングファン、スポーツファンのみならず一般の人々にもぜひ観戦してもらいたいカード。「好カードが必ずしも好ファイトに直結しない」という通説はあるものの、9万人が見つめる臨場感、地球最強を争う緊張感だけでも観戦する価値は十分。首尾よく試合内容もヒットを飛ばせば、ボクシング界は未来が開けるだろう。

タイソンvsホームズの再現か

クリチコ(64勝53KO4敗)が長年積み重ねて業績が一瞬にして瓦解したのは一昨年11月ドイツで行われたタイソン・ヒューリー(英)との防衛戦。自慢の豪打が最後まで爆発せず、試合前から策士ぶりを発揮したヒューリーにベルトを明け渡した。ヒーローに躍り出たヒューリーがドラッグ&アルコール禍で自滅し王座返上。ヒューリーとのリマッチが流れたクリチコは意に反してブランクをつくることになった。

ずっと主役を務めてきたクリチコが“青コーナー”に回るこの一戦。ジョシュアが勝利を得れば典型的な新旧交代劇となる。そこで思い出されるのがマイク・タイソンvsラリー・ホームズ戦だ。

41歳のクリチコは王座奪回に燃える(写真:ボクシングシーン・ドットコム)
41歳のクリチコは王座奪回に燃える(写真:ボクシングシーン・ドットコム)

時は1988年1月22日。米アトランティックシティで行われた一戦はタイソンが4回KO勝ち。詳細までチェックすれば違いもあるが、ジョシュアvsクリチコの背景は驚くほどその試合に似ている。

まずホームズも19度連続防衛を達成していた名王者。そして絶対有利を予想されながらライトヘビー級王者から転向したマイケル・スピンクス(米)に惜敗し無冠になった。これはクリチコがヒューリーに王座を追われたことと重なる。奪回を目指したホームズはダイレクトリマッチを実現させたが、これも小差の判定負け。クリチコはヒューリーの不祥事で内定していた再戦は流れた。しかし実現していれば、返り討ちにあったという憶測も成り立つ(もっとも連敗していれば、今回のジョシュア戦は成立しなかったろうが)。そしてタイソンの引立て役に駆り出されたホームズと本人には不本意ながら17ヵ月ぶりのリングとなるクリチコはブランクという負の材料を背負う。

また実力は高い評価を得ていたものの、ホームズは不人気チャンピオンだった。性格はけっしてヒールではないが、強すぎてかえってファンの支持を獲得できなかった。モハメド・アリのスパーリングパートナーとして出世し、その戦法から「アリのコピー」と陰口を叩かれた。ヘビー級の帝王に君臨したクリチコも人気面で苦戦する。

ホームズとクリチコはともにアウトボクサー・タイプ。クリチコの方がよりパンチャーのイメージが強いがホームズだって戦慄のノックアウト劇を演じたことが何度もある。だが2人にカリスマ性を感じることができない。むしろ引退後のホームズの方が、その点で勝るかもしれない。高学歴で何もかもが優等生のクリチコは揺るぎない実績のわりに欧州以外の地域で知名度が低い。防衛テープを伸ばしている時、「試合が退屈だ」と非難され、一時HBOが中継を取り止めたこともあった。

ジョシュアの5回KO勝ち?

ホームズと戦った時、タイソンはすでにスーパースターだった。換言すれば「ボクシングを超越した存在」といえた。その点ジョシュアはまだその域に達していない。だがポテンシャルは持っている。このナイジェリア人の両親を持つ英国人には華がある。タイソンがリングで見せた凶暴性や野獣のような匂いはない。だが短距離走も得意とするアスリート能力やビルドアップされた肉体から発散される未知の可能性は英国人をアイアン・マイクの後継者と位置づけていいだろう。

好調さを印象づけるジョシュアのジムワーク(写真:マッチルームスポーツ)
好調さを印象づけるジョシュアのジムワーク(写真:マッチルームスポーツ)

もちろん、それはこのクリチコ戦の結果と内容にかかっている。プロ19戦目のジョシュアが69戦目のクリチコと果たして渡り合えるかと警鐘を鳴らす識者もいる。それでもタイソンのエネルギッシュなアタックに晒され最後は強打を食らって沈んだホームズの姿が脳裏に焼き付く。予想記事の中にはこんなものもある。「序盤2ラウンズは探りあい。3ラウンド、俊敏性で局面を打開したジョシュアが単発から連打でクリチコを痛めつける。そして4回、クリチコはダウン。ここは踏ん張ったが続く5回、ジョシュアのコンビネーションを浴びたウクライナ人は意識を失いストップされる」(ボクシングニュース24ドットコム)

クリチコが一世一代のパフォーマンスを披露してスター候補ジョシュアを破れば、彼の伝説は不動となる。だが逆の結果だと最終戦となる可能性が大きい。そしてホームズ同様、クリチコの評価が定まるのは引退後かなり先になるだろう。もしかしたら若いジュシュアより失うものは多いかもしれない。スタンドの大観衆を味方に上記のようにジョシュアが鮮烈な勝利を飾るエンディングも予測可能。世界的な注目を浴びる男がスキャンダルまみれのヒューリーとの英国人対決で強打を炸裂させる光景も目に浮かぶ。おっと、これは飛躍し過ぎ。まずは今回の大一番に着目したい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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