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KOセンセーション、ワイルダーは明日のタイソンになれるか?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ヘビー級の救世主の期待がかかるワイルダー。完璧レコードで世界へ挑む

32連続KOのハードパンチャー

ヘビー級が本場アメリカのメインステージに帰ってくる。今年5月、7年ぶりに米大陸にヘビー級王座を返還したWBCチャンピオン、ベルマン・スタイバーン(ハイチ=カナダ)にデビュー以来32勝32KO無敗の挑戦者デオンタイ・ワイルダー(米)が挑む注目の一戦が1月17日ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで行われる運びとなった。

このカードは指名試合で、早ければ今年中に挙行される可能性もあった。交渉が長引いたのはスタイバーンをプロモートするドン・キングとワイルダーの代理人アル・ヘイモンがかなり濃密な交渉を展開したからだと推測される。それだけステイタスが高いという証拠なのだが、メインプロモーターのゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)とテレビ(ショータイム)が本番まで1ヵ月の時点で決定のニュースを発信した。

スタイバーンの前の王者はウクライナの首都キエフ市長のビタリ・クリチコだ。彼が政治活動に専念するため返上したベルトをメキシコ系初の世界ヘビー級王者を目指したクリス・アレオーラ(米)と争い、TKO勝ちで獲得したのがスタイバーン。他の主要3団体はビタリの実弟ウラジミル・クリチコが独占し、ドイツを拠点に磐石な強さで防衛を重ねる。その現状から、スタイバーン-ワイルダー戦は一部で“北米世界ヘビー級タイトルマッチ”と揶揄されるのだが、事前にスタイバーンとアレオーラを上位にランキングし、決定戦へ仕向けたのがWBC。その時点ですでにワイルダーは指名挑戦権を得ており、ヘビー級王座米国奪回に絶妙な“アシスト”をしたのがタイトル認定団体のWBCといえる。

ともかく、この試合は2002年のレノックス・ルイス-マイク・タイソン戦以来、久々にアメリカで注目度が高いヘビー級タイトルマッチと位置づけられる。スタイバーンも24勝21KO1敗1分の強打者で、両者の戦績をトータルすると58戦54KOと驚嘆の数字が浮かび出る。当然ながらノックアウト必至の結末が想定される。ハードパンチャー同士だけに、先に自慢のパンチを当てた方が勝ちというフィナーレも十分に予測可能。久しぶりにタイソン時代のスリルが堪能できる予感がする。

愛娘の悲運でボクサーに

米国リングがイマイチ精彩を欠くのはヘビー級王者が不在だからだという意見がある。ヘビー級の代名詞だった米国が7年以上も覇権から遠ざかるとは誰が予想しただろう。トレーナーなど現場の関係者にたずねてみた。彼らは「オリンピックで結果が出せないほどアマチュアが弱体している。コーチングシステムがヨーロッパや中央アジアの国々と比べて遅れをきたし、進取の気概が不足している」と嘆く。

個人的には有望なアスリートが他のプロスポーツ、アメフトやバスケットボールを選択する傾向も見逃せないと思う。どうしても厳しい節制と痛みに耐えなければならないボクシングは、当代の若者にとり、あまり魅力的な競技ではないのかもしれない。2,3年前スポーツ専門局のESPNが大学のアメフトの選手をジムで鍛え、プロボクサーとしてデビューさせる企画を立てたが、あえなく頓挫してしまった。中量級のフロイド・メイウェザーが信じられないファイトマネーを得るのにボクシングの華ヘビー級はクリチコ以外、報酬面では恵まれていない。

ワイルダーも将来はプロバスケット選手を夢見る高校生だった。卒業後、奨学金をもらい大学でプレーしていた時期があった。ところが運命の悪戯が彼をリングへと向かわせる。ガールフレンドで妻となるヘレンさんが妊娠。生まれた女児が脊髄の難病を患っていた。不幸な娘の治療費と生活費を稼ぐことが優先となったワイルダーは大学を中退し、トラック運転手や自動車工場で職を得ると同時にレストランでアルバイトするなど苦難を体験。地元アラバマ州タスカルーサでボクシングジムに通い出したのは将来、プロで大金をゲットする野望があったからだ。

プロ入りして6年あまり。アマチュアでは北京五輪で銅メダルを獲得。ロンドン大会でメダルゼロに終わった米国男子ボクシングでは最後のメダリストだ。パーフェクトレコードともに満を持してスタイバーンに挑むワイルダーの肩には米国リングの浮沈が懸かっているといえる。とかく今までの対戦相手の力量不足が問いただされるワイルダーだが、元WBO王者セルゲイ・リューコビッチ、五輪金メダルのオードリー・ハリソン、元ランカーのマリク・スコットをいずれも初回で倒している実績は特筆される。

銅製の爆弾が炸裂する?

スタイバーンと発表電話会見に臨んだワイルダーはあふれ出る自信を吐露した。「私がアメリカに次の世界ヘビー級タイトルをもたらす。今はその道順の途中。これまで32度のKOではいろいろ批判も受けたけど、今度33回目の時は何も言われたくないね。私は自分で歴史をつくってみせる」

対するスタイバーンは「ドント・ブリンク!」(瞬きするな)を連発。そして「ただ勝つだけでなく、十分ヤツを痛めつけてベルトを守る」と不敵につぶやく。こちらもカレッジではアメフト選手だったという頑丈なフィジカルを誇る。一見ワル風なルックスも凄み十分。一昔前、ボクシング界を牛耳ったドン・キングの最後の砦である。

勝敗予想は難しい。大方の見方はロングレンジの戦いになれば、ワイルダーに分があり、インファイトに持ち込まれれば、スタイバーンが有利といわれる。また経験、タフネスではスタイバーン、パワー、スピードそして体格では身長2メートルのワイルダーが勝る。

ただKO必至の前提に立つと、一撃の威力で上回ると思われるワイルダーに予想は傾く。史上最年少でヘビー級王者に就いたタイソンに比べ、ワイルダーはすでに29歳。しかし“ブロンズ・ボンバー”と呼ばれる男には鉄人の面影が漂う。1月17日、ヘビー級に新たな時代が幕開けするだろう。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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