Yahoo!ニュース

おはようが言えなくて… 高校時代の対人恐怖症が研究の原点 感性を読み解くAI研究者、坂本真樹さん

南龍太記者
(写真:アフロ)

 「もふもふ」「サラサラ」といった質感などのオノマトペを通じ、人間の豊かな感性をAI(人工知能)で読み解く研究の第一人者が電気通信大学(東京)にいる。副学長で情報理工学研究科教授の坂本真樹さんだ。

 もともと文系でありながら、人工生命の教授との出会いをきっかけに、言語×AIの道を歩み始めた。以来研究を重ねて功績が注目され、テレビ各局に出演したり、NHKラジオのレギュラーを務めたりと活躍する。研究室のホームページは「ふわふわ」「キラキラ」といったポップな言葉がランダムに跳びはね、賑やかだ。

 しかしそんなポジティブさとは裏腹、坂本さんには「昔、いじめられっ子だった」と後ろ暗い過去がある。空気を読むAIといった、現在取り組んでいるユニークな研究の原点もまた、その過去にあった。

坂本さんの研究室のホームページ
坂本さんの研究室のホームページ

人と会いたくない

 北海道出身の坂本さんは、裁判官だった父親の転勤のため、およそ3年ごとに引っ越しを繰り返した。幼稚園は馴染み始めた頃に転園、小学校も3つの学校を転々とした。「また引っ越すのかな…」といつも何処となく気重で、交友関係を深めることに後ろ向きになっていた。

 そうした姿勢も手伝ってか、転校先ではうまく馴染めなかった。東京から地方に行くと、言葉の違いなどから目立ってからかわれ、いじめられていたという。いつしか人付き合いが苦手な性格を自覚し始めた。

 高校生の頃は東京で暮らし、杉並区の学校に通った。多感な年ごろでもあり、コミュニケーションの苦手意識はいよいよ強まっていった。

 登校時、下駄箱で顔を合わすクラスメートらと出くわすのが億劫になっていた。「おはよう――。その一言が言えなかった」。人目を避けるように、皆が昇降口からいなくなった頃を見計らって登校。そのために遅刻してしまった回数は数知れない。

 「なんで言葉ってあるんだろう」。便利なコミュニケーションツールであるはずの言葉をうまく操れず、言葉の持つ不都合な面、もどかしさに意識が向くようになっていた。悶々として過ごした高校時代、「今思えば対人恐怖症だったんだろうな」と回顧する坂本さん。「空気を読むのが下手だった。今も下手ですけどね」と笑う。

人工生命の教授との出会い

 「なんで言葉ってあるんだろう」という問いと向き合い続け、高校卒業後は言語について学ぼうと、東京外国語大学でドイツ語を学んだ。ドイツ留学を経て、外資系企業への就職も検討したが、さらに学問を究めたいと考え、東京大学の大学院への進学を決めた。選んだのは「言語情報科学専攻」。当時、新設されて間もない専攻だった。

 学際的な東大駒場キャンパスで、他大学から転籍してきた学生を受け入れ、ユニークな発想を認めてくれる指導教授らと出会い、自由に研究ができた。転校生気質が払しょくされ、自信につながった。

 専攻だけでなく、他専攻のゼミの人とも交流するようになった。そこで、複雑系や人工生命を研究する池上高志教授に出会うこととなる。池上研のメンバーらと「もしも蟻が言葉を話すとしたら、どんな文法になるだろうか」といったテーマで議論するたび、心が躍った。

提供:アフロ

 「それまで人間の言語にしか目が向いてなかったが、先生とのディスカッションを通じ、遠く離れたところまで思考が及んでシミュレーションでき、発想が広がった。理系的な考え方が養われた」と坂本さん。「今取り組んでいる研究の発端は大学院時代、複雑系の先生たちと議論を交わした日々があったから」と振り返る。

(後編に続く)

~プロフィール~

坂本真樹(さかもと・まき)

電気通信大副学長、情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社取締役COO。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。東京外国語大外国語学部卒、東京大大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程修了。ブログで日々の思いを発信中。 

http://www.sakamoto-lab.hc.uec.ac.jp/ 

(画像はいずれも坂本さん提供)

記者

執筆テーマはAI・ICT、5G-6G(7G & beyond)、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

南龍太の最近の記事