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失踪サウジ記者のアップルウォッチ暴行録音はW-Fiルーター+iCloud保存ではないか

三上洋ITジャーナリスト
トルコインスタブールのサウジアラビア大使館。記者の失踪が疑われている(写真:ロイター/アフロ)

Apple Watch(以下アップルウォッチ)が暴行・殺害の音声を録音していたのか?と大きな話題になっています。サウジアラビアの記者ジャマル・カショギ氏の行方不明事件です。アップルウォッチでの録音・アップロードは可能だったのかまとめます。

サウジアラビア王室に批判的なジャーナリストが大使館で失踪

行方不明になっているのはワシントン・ポストの記者、ジャマル・カショギ氏。カショギ記者はサウジアラビアの王室に批判的なジャーナリストで、オサマ・ビンラディンにインタビューしたこともある有名記者です。

ワシントン・ポストによると、カショギ氏は9月28日に結婚に必要な書類をもらうためにトルコ・イスタンブールのサウジアラビア大使館を訪れました。しかし大使館から「10月2日に再び来てほしい」と言われます。

In days before he disappeared, Jamal Khashoggi told friends ‘not to worry’

カショギ記者は10月2日の13時14分にイスタンブールにあるサウジアラビア大使館に入ります。しかし数時間たっても出てきません。入口で婚約者を待たせていたにも関わらず、そのまま失踪しました。

トルコの新聞・サバハ紙は「大使館内で暴行・殺害され運び出された」と報道しているほか、BBCやワシントン・ポストも同様のことを伝えています。

Khashoggi mystery puts Saudi ties with West at risk

身の危険を感じた記者による防衛策「Apple Watchでの録音」

サウジアラビア当局にマークされていることを知っているカショギ記者は、日時を指定しての大使館入りを警戒していた可能性があります。

大使館に入る前に婚約者に自分のiPhoneを預けていました。またApple Watchで録音したまま大使館に入ったと報道されています(トルコ・サバハ紙)。

ジャーナリストがスマホを持たずに行動するでしょうか?自分の身に何かが起こる可能性があるからこそ、スマホを婚約者に渡しアップルウォッチで録音したと考えられます。身の危険を感じていたからこその防衛策だったのでしょう。

トルコメディアやワシントン・ポスト、BBCはいずれも「カショギ記者はアップルウォッチで録音しており、その録音をトルコ政府が入手している」と報じています。

アップルウォッチのボイスレコーダーでの疑問

ではアップルウォッチでの録音を、カショギ記者はどうやってアップしたのでしょうか。

●ペアリングは無理だと思われる

アップルウォッチのWatch OSには、ボイスメモのような公式録音アプリはありませんが、サードパーティがのボイスレコーダーアプリがAppStoreに複数あります。これで録音は可能ですが、問題はそのファイルをどうやって外部にアップ・転送するのかという点です。

Apple Watch
Apple Watch

もしiPhoneが手元にあれば簡単です。ペアリング(アップルウォッチとiPhoneのリンク)すれば、アップルウォッチの録音ファイルはBluetooth経由でiPhoneに送ることができます。

しかし今回の場合は婚約者がiPhoneを持っていたため、ペアリングでの転送は難しいでしょう。ペアリングで使うBluetoothは5メートルから10メートル程度しか通信できないためです。

●セルラー版はトルコで利用できないと思われる

次にアップルウォッチのセルラー版を使う方法があります。セルラー版とは携帯電話会社と契約し、SIMカードを入れて使えるもの。スマホと同じように直接インターネットに接続できます。

これについてウェブメディア・TechCrunchが疑問を呈示しています。カショギ記者がセルラー版のアップルウォッチを使っていたことは以前の写真からわかるものの、トルコではセルラー版アップルウォッチがサポートされておらず、直接インターネットに繋ぐことができないという点です。

サウジ記者の失踪事件、Appleウォッチに注目集まるが手がかりにはならないかもしれない

確かにアップルウォッチのセルラー版ではトルコが対象外になっています。アップルウォッチは国際ローミングができない上に、周波数自体が対応していないと思われ、他国のSIMカードが入っていたとしても使えないはずです。

Apple Watch セルターモデル対応国一覧

「Wi-Fiモバイルルーター+iCloud Drive」での自動アップロードではないか?

もう1つの方法があります。それはWi-Fiモバイルルーターの利用です。海外旅行などでよく使われるポケットWi-Fiモバイルルーターを持っていたのではないか?という推測です。

Wi-Fiモバイルルーターであれば、どこでもネット接続が可能です。アップルウォッチもWi-Fi接続をサポートしており、アプリが対応すればWi-Fi経由で直接インターネット接続が可能です。

合わせてiCloudに自動保存できるボイスレコーダーアプリを使います。アップルウォッチで使えるボイスレコーダーアプリは複数ありますが、録音ファイルを自動でiCloud Driveに保存できるものがあります。

●Just Press Record

ジャーナリストの石野純也氏が以下の記事で紹介しているWatch OS用のボイスレコーダーアプリで、有料ですがiCloudの保存機能があります(注:筆者は未使用)。

iPhone、知らないと損する「録音機能」の裏技

このように「Wi-Fiモバイルルーター」と「iCloud Driveに自動保存できるボイスレコーダーアプリ」を使えば、カショギ記者の環境でも万が一のための録音ができるはずです。婚約者がカショギ記者のiPhoneのパスコードを知っていれば、iCloud経由で録音データにアクセスできます。この方法でカショギ記者は最悪の事態に備えたのではないでしょうか。

スマートウォッチが記者の必須アイテムになる?

今回の事件は報道が錯綜しており、まだハッキリした事実はわかっていません。アップルウォッチでの録音ではなく、実際にはトルコ当局による盗聴ではないかと指摘する記者もいます。

Apple Watch worn by Saudi journalist may have transmitted evidence of his death, Turkish paper reports

ただしいずれにしても、カショギ記者は普段からサウジ当局にマークされており、大使館に行く際に周到な準備をしたはず。スマホを婚約者に渡しながらアップルウォッチは身につけていく、ということからも明らかです。

筆者の推測にはなりますが、Wi-Fiモバイルルーター+アップルウォッチのiCloud対応ボイスレコーダーで万が一に備えたのではないでしょうか。万が一のはずが、本当に暴行されて最悪の事態になった(と思われる)という怖い事態です。

これからのジャーナリストは身の安全のためにスマートウォッチをつけるのが必須になるかもしれません。

ITジャーナリスト

セキュリティ・ネット事件・スマートフォン料金を専門とするITジャーナリスト。テレビ・ラジオ・雑誌などでの一般向け解説多数。読売オンライン「サイバー護身術」、アスキー「5分でわかる時事セキュリティ」などを連載。文教大学情報学部非常勤講師

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