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LGBT理解増進法が成立。「多様な性」尊重の流れを止めないためにできること

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
参議院本会議でLGBT理解増進法が採決された時の様子(国会中継より筆者撮影)

16日、参議院本会議で「LGBT理解増進法」が可決、成立した。

約2年前に超党派で合意したはずの案が反故にされ、議論が進むほど内容は後退。最終的に理解増進ではなく、理解"抑制"法になってしまったと言わざるを得ない今回の法律。

改めてLGBT理解増進法の内容や、国や企業、学校に求められることを振り返り、今後起こり得る懸念と対応を考えたい。

LGBT理解増進法の内容(筆者作成)
LGBT理解増進法の内容(筆者作成)

理解を広げる「足掛かり」となるはずだが…

「LGBT理解増進法」は、「性的指向やジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならない」という基本理念のもと、国や自治体、学校、企業などに対して、性の多様性に関する「理解の増進」のための施策を求めている。

特に国に対しては、理解を広げるための「基本計画」を策定することや、そのために必要な「学術研究」を推進すること、「知識の普及」や「相談体制」を整える努力などを規定している。

これまで、性的マイノリティをめぐる行政の政策は、厚労省や文科省などそれぞれの省庁でバラバラに行われていた。今回の法律によって、内閣府を担当省庁・総合調整を行う部署として「連絡会議」が作られることになり、各省庁の施策を連絡調整し、総合的な施策の実施がされるようになる。

特に企業に対しては、理解増進のための研修や啓発、就業環境に関する相談体制の整備、その他の必要な措置が求められ、学校に対しても同様に、教育や啓発、教育環境に関する相談体制の整備、その他の必要な措置が求められる。それぞれ努力義務の規定ではあるが、企業や学校で理解を広げるための足掛かりになると言えるだろう。

このように、LGBT理解増進法は、国や自治体、企業、学校が、性の多様性に関する理解を広げる上での一つの法的責任となり得る。これまでは意識のある現場が、自助努力的に取り組みを行ってきたが、今後は法的にも対応が要請されることになる。

ここまで読むと、法律によって適切な理解が広がっていくのではないかと期待されるだろう。

しかし、この法律はそもそも根本的な問題があり、加えて、土壇場で修正された文言によって、もはや理解の増進ではなく「理解を制限できてしまう」ものへと変質してしまったと言わざるを得ないのだ。

理解を「阻害」できる規定

(1)差別禁止規定がないため、具体的な被害を解決できない

例えば「トランスジェンダーだとカミングアウトしたら内定を取り消された」「同性カップルだと伝えるとサービス提供を拒否された」といった、具体的な「差別的取扱い」の被害に対して、LGBT理解増進法では対応ができない。なぜなら、この法律には差別の禁止規定が入っておらず、あくまでも理解を広げる施策を要請するにとどまり、何らかの対処や責任、救済を求める内容ではないからだ。

本来、差別をなくすためには、差別的取扱いを禁止し、その上で適切な理解を広げていくことが必要だ。今回の法律は、その意味で「土台」がない状態だと言える。

(2)「多数派の安心への留意指針」が盛り込まれ、理解増進の施策が制限される可能性

今回の法律をめぐる議論の中では、土壇場で「全ての国民の安心に留意する」「そのための指針を定める」といった条文が新設された。

一見問題のない文言に見えるが、この条文によって理解増進という法案の方向性が大きく変わってしまったと言わざるを得ない。なぜなら、この文言は性的マイノリティが多数派を脅かす存在かのような前提となってしまい、実質的に「多数派の安心への留意指針」になってしまっているからだ。

つまり、今回の法律が定めている国や自治体、学校などのあらゆる理解増進の施策について、もし多数派の人々が「不安だ」と表明すれば、施策が制限・阻害されてしまう可能性がある。

「留意」規定が新設された背景には、LGBT法案ができると「男性が『女性だ』と自称さえすれば、女性用のトイレや公衆浴場に入れるようになってしまう」といった懸念の声に対応する意図があるのだという。

しかし、LGBT理解増進法は男女別施設利用などの具体的かつ個別のケースに対応する法律ではない。一時的に性別を"自称"さえすれば、女性用トイレや公衆浴場を利用できるような実態はなく、法文が現状の男女別施設の利用基準を変えるものでもない。あくまで性の多様性について理解を広めるための法律でしかないのだ。

残念ながら、今後この「留意」規定を根拠に、特定の個人や団体などが、男女別施設の運用に限らず、自治体や学校等の理解の取り組みを制限する動きを起こす可能性があり、現場は萎縮してしまう懸念がある。

実際、自民党の古屋圭司議員は、ブログで「この法案はむしろ自治体による行き過ぎた条例を制限する抑止力が働くこと等強調したい」と明言し、同じく自民党の西田昌司議員は「国が指針を示すことで、地方や民間団体が過激な方向に走らないよう歯止めをかける。そのための道具としてLGBT法案が必要」と言い切っている

一方で、行政法が専門の日本大学大学院・鈴木秀洋教授は、毎日新聞の取材に対して「『留意』規定で性的少数者の権利を制限するような解釈はできない」と指摘している。

法律は憲法との整合性が求められる。憲法では「個人の尊重」や「差別の禁止」が定められ、さらに今回の法律の基本理念でも「不当な差別はあってはならない」と明記されている。

つまり、これらの趣旨に反するような理由で、理解増進に「反対」が起きたとしても、性的マイノリティの権利の制限や阻害はできないということになる。

(3)「家庭や地域住民の協力」が明記され、学校教育が制限される可能性

もう一つ、土壇場の修正で加えられた大きな懸念が、学校教育における「家庭や地域住民、その他の関係者の協力」が必要といった文言だ。

もちろん、学校で性の多様性に関する理解を広げる上で、家庭や地域住民などの協力が得られるのに越したことはないだろう。しかし、あえて修正で加えられるということは、学校での理解を制限する意図と捉えざるを得ない。

つまり、家庭や地域住民その他の関係者が、学校での理解増進に「反対」したら、取り組みが阻害されてしまう可能性があるのだ。これも、「多数派の安心への留意指針」と同様に、特定の個人や団体などから反対が起これば、学校現場は萎縮してしまう懸念がある。

この「家庭及び地域住民の協力」という条文は、教育基本法などで既に用いられている文言から取り入れられているという。

この点について、前述の報道で鈴木教授は「学校教育法の同様の規定は、学校教育を縛るものと解釈されていない」と語っており、LGBT理解増進法においても、学校での理解を広げる動きに介入できるものではないことが指摘されている。

同様に、参議院内閣委員会でも、法案提出者の一人である公明党・國重徹議員は「保護者の協力を得なければ取り組みを進められないという意味ではありません」と答弁している点を確認しておきたい。

現場を萎縮させないために

前述のような懸念に対して、どんな対応が必要になるだろうか。

この法律をもとに、今後、政府は「基本計画」や「指針」を作っていくことになる。その際、性の多様性に関する理解を広げたくない議員や団体が、法の適切な解釈を無視してでも「多数派の安心に留意」「家庭や地域住民の協力」といった点を口実に施策を制限しようとすることが考えられる。

基本計画や指針が策定される際、その審議の中で性的マイノリティ当事者が参加し、当事者の声が反映されるか、さらには特定の声だけではなく、エビデンスやデータに基づく議論がされているか、特に自治体や学校現場の施策を萎縮させるものになっていないかを注視する必要がある。

連合がすでに事務局長談話で表明している通り、労働者や使用者なども参加する公開の場で、「不安」といった観念的な議論ではなく、現場の具体的・実務的な視点からの議論が必要になるだろう。

さらに、前述の「多数派の安心に留意」「家庭や地域住民の協力」といった文言を使って、直接的に自治体や学校へ理解を広げないようはたらきかけが行われる可能性も十分あり得る。これによって自治体や学校が萎縮しないよう注意しなければならない。

大きな危機感を持つ必要はあるが、一方で希望もある。

これまでは何も法律がないからこそ、学校や企業、自治体等での現場の努力で取り組みが進められてきた。

時代の大きな流れを見ると、確実に社会は性の多様性を尊重する方向へと進みつつある。だからこそ、今後この法律を活用できるか次第で、さらに良い方向へと社会を進められる可能性もある。

2000年代には性教育やジェンダー平等に対するバックラッシュが起き、特に学校現場は萎縮、現在でも適切な性教育が阻まれている。こうした事例に学びつつ、現状の社会の流れを止めないために、一人ひとりが行動し、それぞれの現場で取り組みを広げていくことが重要だ。

さらに、性の多様性をめぐる理解を阻害しようとしてくる動きの背景に、どんな団体や組織、政治的な動きがあるのかという点を明らかにしていくことも大切だろう。

すでに動きつつある反動

すでに、トランスジェンダーへのバッシングを利用した、理解を阻害するための動きは起きつつある。

今回の法律が審議された参議院内閣委員会では、与党側から「女性の安心安全を守る女性専用スペースを確保」するための議員連盟を立ち上げることが公言されている。

しかし、まさに内閣委員会でこのような発言をして、議員連盟の発起人にも名前を連ねている自民党の山谷えり子議員は、「性教育」バッシングの急先鋒であり、「ジェンダー」という言葉にも反対していた人物のひとりだ。選択的夫婦別姓にも反対し、反LGBTQの動きを展開する旧統一教会や神道政治連盟から応援を受けていることも指摘されている。

内閣委員会で山谷議員の隣に座っていた、前述の議員連盟の発起人の一人でもある衛藤晟一議員は、経口中絶薬への反対の要望書を政府に提出している人物だ。

こうした顔ぶれの点から考えても、人口の1%にも満たないトランスジェンダーを排除しても、「女性の安心安全」が守られないことは明らかだ。

群馬大学の高井ゆと里さんはTwitterで、「トランスジェンダーを『問題』化したい多くの人たちの狙いはトランスジェンダーそのものにはない」と指摘している。「性と生殖をめぐる健康と権利、LGBTQの権利回復、包括的性教育…幅広いイシューをまとめて後退させるための足掛かりとして、まだ社会の知識が追い付いていないトランスが使われているだけ」だと。

『#なんでないのプロジェクト』代表、『Woman7』共同代表の福田和子さんは「今必要なのは、トランスジェンダーの人たちに対する差別でしょうか。絶対に違うと思います」「本当に性暴力を防ぎたいと思うのならば、このLGBT理解増進法案ではなくて、性犯罪の刑法改正に尽力すべき、みんなで戦うべき」と語っている

14日、ウィメンズ・アクション・ネットワークは「LGBTQ+への差別・憎悪に抗議するフェミニストからの緊急声明」を発出。SNSを中心に不安を煽る言説によって「モラルパニック」が起きているとし、「女性の安全がトランスジェンダーの権利擁護によって脅かされるかのような言説は、トランスジェンダーの生命や健康にとって極めて危険なものになりかねません」と言及している。

さらに、「女性の安全と権利を求めてきたフェミニズムは、シス女性だけの安全を求めるものではありません。言うまでもなく、トイレや公衆浴場はだれにとっても安全であるべきです。女性の安全が十分に守られていない現状が問題であり、性暴力被害者への支援や性暴力を防ぐための法整備が強く求められます」と指摘した。

手を取り合い、繋がること

今後も保守的な家族観や国家観を守るために、あえてトランスジェンダーを標的にしたバッシングは続くかもしれない。

その際、社会に対していかにトランスジェンダーのリアルを伝えられるか。社会の知識が追いついていないのだとすれば、そこを埋められるか。不安を煽り、分断させられること自体に抗えるか。すべての女性の安全を守り、同時に性の多様性を尊重する社会の流れを止めさせないかは、LGBT理解増進法を前提に、今後も適切な取り組みを広げられるかにかかっている。

自治体、企業、学校など、それぞれの現場での理解を広げ、反対の動きが起きたとしても萎縮しないよう、手を取り合っていくことが今後より一層求められる。

これまで「ダイバーシティ」を掲げながら、人権や政治、制度について語ってこなかった人や企業も、良かれ悪しかれ法律ができたことを契機として、今こそ立ち上がり、繋がって欲しいと思う。

LGBT理解増進法ができても、当然だが差別がすぐになくなるわけではない。今後も「差別禁止法」や「婚姻の平等(同性婚の法制化)」、そして「性別変更に関する非人道的な要件の緩和」など、性的マイノリティの命や尊厳を守るための法整備が求められることは変わらない。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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