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LGBT法案、異例の「3つの案」で混迷。今国会成立の見通し立たず

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
3つの法案の主な修正点の比較(筆者作成)

LGBT理解増進法案をめぐり、日本維新の会と国民民主党が26日、「独自案」を国会に提出した。

学校に求める施策に関して、「保護者の理解」を必要とする項目を追加し、民間団体の活動の促進を削除、さらに、「すべての国民の安心に留意」という条項が新設されるなど、より理解増進を阻むための修正が加えられている。

すでに与党は「修正案」を国会に提出し、立憲民主党と共産党、社民党は、超党派LGBT議連での「合意案」を提出している。

2年前に与野党で合意したはずの「LGBT理解増進法案」。与党の修正によって後退し、維新・国民からさらに後退する修正案が提出されるという異例の事態が起きている。

今国会で法律が成立するのか、見通しは立っていない。

LGBT法案をめぐる主な修正点とその懸念の評価(筆者作成)
LGBT法案をめぐる主な修正点とその懸念の評価(筆者作成)

3法案を比較

そもそも、LGBT理解増進法は文字通り「理解を広げる」ための法律だ。ただ、その効果のほとんどは一義的に行政、特に中央省庁に影響を与えるものと言える。

一般的な"言葉"の意味以上に、法律や行政の視点でどういう影響を与え得るのかという点を踏まえて、改めて2年前に超党派LGBT議員連盟で合意した「合意案」と、与党による「修正案」、そして維新・国民による「独自案」の修正点を比較したい。

「性自認」という定義

合意案では、定義のなかで「性自認」という言葉が採用されていたが、与党修正案では「性同一性」に変更されている。

本来、「性自認」も「性同一性」もどちらも同じGender Identityの訳語であり、意味は同じだ。しかし、自民党内の議論では、性自認は「自称」、性同一性は性同一性障害を前提にした「医師の診断」かのような議論がされていた。このままでは、性同一性障害を念頭に不適切な理解が広げられてしまう懸念があり、行政の中でトランスジェンダーの一部を切り捨てるような忖度がはたらいてしまう可能性がある。

一方、維新と国民による独自案では、カタカナで「ジェンダーアイデンティティ」という表記に修正されている。確かにこの方が本来の概念を誤解なく伝えられる可能性があるが、法文として英語の概念がそのまま採用され得るのか、疑問は残る。

差別は許されない→不当な差別はあってはならない

与党の修正案も、維新と国民による独自案でも、基本理念の「差別は許されない」という言葉が「不当な差別はあってはならない」に修正されている。

そもそも「差別は許されない」という文言は、差別の禁止規定ではなく、個別の差別のケースに対処できるものではない。あくまで理解増進の施策を進めるための前提認識や建前を記しているにすぎないのだ。

そのため「不当な差別はあってはならない」への修正による法的な意味や効果は変わらないと言える。しかし、本来差別は不当であるはずだが、保守派の強硬な反発によって「正当な差別」があるかのようなメッセージとなってしまう点は懸念が残る。

調査研究→学術研究

合意案では、国に対して理解増進のための「調査研究」を義務付けていたが、これが与党の修正案、維新・国民の独自案では「学術研究」に修正されている。

理解を広げるためには、国勢調査をはじめとした公的な調査によって、多様な性のあり方の実態や、差別の現状を明らかにすることが重要だ。しかし、こうした実態が明らかになってしまうと都合が悪いのか、調査ではなく「学術」研究に修正されている点に大きな懸念がある。

この規定について、「LGBT問題に関する学術研究に基づく科学的知見・根拠を踏まえた『正しい理解』を増進するガイドラインを作成する必要がある」と主張している高橋史朗氏は、2000年代に「ジェンダーフリー」や「性教育」に対するバックラッシュを率いた主要メンバーの一人であるという点を確認しておきたい。

このバックラッシュによって日本中の性教育が阻まれ、今なお「はどめ規定」など適切な性教育が阻害されている現状がある。LGBTに関しても同様の狙いがあることは注視すべきだろう。この「学術研究」も、非常に恣意的な学術研究とされる懸念がある。

学校での理解増進

学校での理解増進について、合意案では「学校設置者の努力」という項目を立て、努力義務ではあるが、学校に対し施策を求めていた。しかし、与党の修正案では、この項目名が削除。企業に求める施策の中に位置付けるよう修正された。

内容はそのまま残ったため、法的な効果としては変わらないが、学校での理解を広げたくないかのような修正がされたと言わざるを得ない。少なくとも、このメッセージを行政はプラスには受け取らないだろう。

さらに維新と国民の独自案では、「保護者の理解と協力」が必要という修正が加えられている。その背景に、特にアメリカで宗教的な理由などから性の多様性について学校で教えることに対する親との衝突があるという。

アメリカの州によっては、昨今、特に保守派による反LGBTの動きが激化している。フロリダ州では、昨年、性的マイノリティについて学校での議論を制限する通称「ゲイと言ってはいけない法」が施行されるなど、明らかに特異な状況がある。

日本の現状を見ると、全国約2万人の学校の先生を対象に行った調査で、同性愛等について「教える必要があると思う」と答えた人は7割を超える一方、過去3年以内に「授業に取り入れたことがある」という教員はたった1割だった。

法律に明記せずとも、学校現場で一定の保護者の理解が必要なのは当然だが、特に性的マイノリティに関しては、親による無理解によって子どもが苦しい状況に追い込まれている現実に目を向けるべきだ。

全国意識調査によると、自分の子どもが同性愛者や性別を変更した人だった場合、「嫌だ」と答えている人が約6割という、依然として厳しい状況がある。だからこそ、学校において子どもたちに対して適切な認識を届けることが重要だ。

前述のように、2000年代の性教育に対するバックラッシュ時は学校現場が萎縮し、現在でも適切な性教育の教育実践が阻まれている。

あえて「保護者の理解と協力」という修正を加えることで、現場を萎縮させ、学校での理解増進を阻むことにつながってしまう懸念があるだろう。ここも、学術研究に修正した規定と連動して捉えるべきだ。

民間団体の活動促進を削除

維新と国民の独自案では、「民間団体等の自発的な活動の促進」が削除されている。"過激な団体"の活動を促進することを問題視しているのだという。

すでに民間団体と連携し、性の多様性について啓発を行っている自治体などが多数ある。もちろん民間団体の適性や予算の運用などには厳しいチェックが必要だ。しかし、わざわざ「民間団体の自発的な活動の促進」という項目を削除することは、理解増進法という趣旨に反するもので、後退でしかないだろう。

これまで民間団体が担ってきた居場所づくり事業や、各種相談事業、または全国各地で行われているパレードなどの取り組みが含まれてしまう可能性があるとすれば、現場の支援や啓発を阻む修正となってしまう懸念がある。

「すべての国民の安全に配慮」が新設

維新と国民の独自案では、「すべての国民が安心して生活することができるよう留意する」という条項が新設されている。

その理由は、LGBT理解増進法ができることによって、「男性が、自らを女性だと“自称”さえすれば女性用トイレや更衣室に入れるようになってしまう」「女性用トイレがなくなってしまう」といった“懸念”の声を払拭するためだという。

そもそもLGBT理解増進法は、男女別施設の利用基準を変えるものでも、女性用トイレをなくすものでもない。あくまで性的指向や性自認など、性のあり方は多様だという「理解」を広げるものにすぎない。

この法律によって、"自称"さえすれば女性用トイレや更衣室等を利用できることにはならず、スポーツなどの競技参加基準を変更することにもならない。

統計的な根拠がないにもかかわらず、昨今激化するトランスジェンダー排除言説に煽られる形で、こうした修正が加えられるのは、誤解やミスリードによる"理解"を進めることになりかねない。

そもそも、差別や偏見が根強い現状の社会は、まさに性的マイノリティにとって安心して生活することができない状況だ。これを改善するため、まずは「性は多様だという理解を広げましょう」という法律を検討する際に、「すべての人の安心に留意」というのは、何を意味しているのだろうか。多数派が"安心"できない理解は広めるなということだろうか。

「Black Lives Matter(黒人の命は重要だ)」の動きが起きた際、「All Lives Matter(すべての人の命は重要だ)」という対抗のスローガンが批判を受けたように、特定のマイノリティが抑圧を受けている問題に対し「すべての人が」と普遍化することは、問題から目を逸らすものであり、差別や偏見の解決には繋がらない。

性的マイノリティが抑圧されている社会の不均衡や不平等を無視・軽視し、「すべての人の安心に留意」とするのは、「マイノリティの人権や尊厳は、どこまでいっても多数派が認める範囲でしか守られない」というメッセージを発信することになるだろう。

今国会で成立なるか

約2年前、超党派LGBT議員連盟で法案が合意されたにもかかわらず、自民党内で強硬な反発が起き、国会提出が見送りになった。今年、首相秘書官の差別発言を発端に、G7広島サミットまでの法整備が叫ばれ、実際に動きが進んだ。

しかし、その合意は自民党内の強硬な反発で反故にされ、議論すればするほど法案は後退。G7広島サミットで日本が性的マイノリティをめぐる法整備について努力しているという「ポーズ」を見せるために、サミット前に与党のみによって法案が提出された。野党側は当初の合意案を提出するも、維新と国民はこれに応じず、与党の修正案をさらに後退させた案を提出するという事態になった。

今後、与野党間で法案が審議されるのかどうか、審議される場合どのような修正がされる可能性があるのか。そもそも法案が合意され、今国会で成立するのか、いずれも見通しは立っていない。

保守派からは野党の反対を口実に廃案にするべきだという声も根強い。G7広島サミットの首脳宣言では、「性的指向や性自認にかかわらず暴力や差別を受けない社会を実現する」と明記されている。サミットの場でポーズさえ見せれば事が済むわけがなく、法整備という行動によって示すことが求められる。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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