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「手術用に貯めたお金を切り崩し生活」トランスジェンダーが新型コロナで直面する医療課題を緊急調査

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
GID/GD/トランスジェンダーの医療アクセスに関するアンケート調査

新型コロナウイルスの影響で収入がなくなってしまい、ホルモン治療を中止せざるを得ない状況になった。そのせいで転職も行き詰まっているーー。

コロナの影響はトランスジェンダーの医療アクセスにも及んでいる。

性別適合手術が中止になり、手術代として貯めていた費用を切り崩して生活している当事者や、ホルモン治療のために通っている病院が診療をストップしてしまったため、県外の病院に行きたいがコロナ禍で難しいなど、当事者は死活問題に直面している。

トランスジェンダー当事者や研究者らが、トランスジェンダー等の医療アクセスについての影響についてアンケート調査を実施。496件の回答のうち、新型コロナに関する影響についての自由記述119件の内容を公開した。

GID/GD/トランスジェンダーの医療アクセスに関するアンケート調査
GID/GD/トランスジェンダーの医療アクセスに関するアンケート調査

調査を行ったトランスジェンダー当事者で看護師の浅沼智也さんによると、「回答としては主にホルモン治療や性別適合手術を受けることができなくなってしまったケースや、新型コロナに感染してしまった際のアウティングに対する不安の声が多かった」という。

回答のうち最も多かったのは「受診・治療がストップした」が21件。続いて「自分で(海外から)輸入しているホルモン剤の未達・遅延」が16件、他にも「予定していた手術が中止」「通院に伴うコロナ感染が不安」や「コロナに感染によるアウティングの不安」など、さまざまな声が寄せられた。

ホルモン治療が受けたいが越県できない

新型コロナにより、ホルモン治療・性別適合手術などの「受診・治療がストップ」してしまったという困難からは、そもそも公的保険が利用できない、診療を受けられる病院が少ないという課題が浮き彫りになってくる。

例えば、ホルモン治療のために通院していた病院が診療をストップしてしまったという人の中には、別の病院を探すにも県外に行くしかなく、しかしコロナにより電車で県を越えることが難しい。車で行くにも県外ナンバーの車に対するバッシングについての報道を見ると不安が強いという声もあるという。

ホルモン治療は保険が適用されないため、コロナの影響による経済的な理由からホルモン治療を続けることができない人もいる。

浅沼さんの周囲でも、トランスジェンダーの当事者の最終学歴は高卒が多く、現在は非正規雇用で働いている人の割合が高いという。

ホルモン治療は、病院や薬剤によるが1〜3週間に1度注射等で投与し、1回に1000〜5000円程度かかる。これを長期的に継続するため出費はかさむ。浅沼さんによると、保険が適用された場合はより安価になるという。

こうした経済的な事情や病院に行けない等の理由から、個人で海外からホルモン剤を安く輸入する当事者もいる。

「個人で薬を入手することはもちろん自由です。しかし、薬を作っている国と郵送する国が違うこともあり、副作用や不具合などが起きた時に対処方法が不明となってしまうことがあります。

また、効能・効果、用法・用量、使用上の注意等が外国語で記載されていることが多く、記載内容を正確に理解することが難しい。定量以上に服用され続けた場合に、肝機能障害など副作用のリスクが高まる可能性があります」と浅沼さんは話す。

こうした個人でホルモン剤を取り寄せていた当事者も、コロナにより海外からの輸入がストップしてしまったという声もある。

しかし、国内でホルモン治療を受ける場合、性同一性障害の診断が必要となるが、すぐに診断を受けられるわけではない。コロナで病院が診療をストップしている場合はそもそも受診ができず、ホルモン治療を受けることは難しい。

ホルモン治療を受け続けられなくなった場合どうなるのか。

浅沼さんによると「本人の性自認に基づく体ではなくなってしまうことで、メンタルヘルスに対する悪影響が懸念されます」と話す。

さらに、性別適合手術で卵巣や精巣を摘出した場合、ホルモンの分泌が止まるため、ホルモン治療を続けなければ更年期障害やメンタルヘルスが不安定になることがあるという。さらに、免疫力の低下に繋がることもあり、新型コロナウイルスへの感染の懸念も高まる。

浅沼智也さん。看護師。トランスジェンダーの当事者として、性別違和を抱える当事者を支援する「TRanS」の代表を務める。筆者撮影
浅沼智也さん。看護師。トランスジェンダーの当事者として、性別違和を抱える当事者を支援する「TRanS」の代表を務める。筆者撮影

手術のために貯めていたお金を生活費に

性別適合手術については、2018年より公的保険が適用されたが、ホルモン療法を先に受けている場合は「混合診療」となり、手術に保険は適用されない。

基本的には性別適合手術を受ける前にホルモン治療を受ける当事者が多い。保険適用から1年で実際に適用されたケースはたった4件という報道(昨年6月時点)もあるように、実質的には保険適用の恩恵を受けられている人は限りなく少ない。

手術の費用は100万円以上かかることもあり、これを抑えるためにタイで手術を受ける人もいる。しかし、新型コロナの影響で、タイのある病院では2月末時点で既に日本からの手術受け入れを不可としていた。

浅沼さんによると、コロナの影響により収入が減ってしまったため、手術が延期・中止となってしまった人の中には、手術代として貯めていた費用を生活費に当てている人もいるという。

24日、浅沼さんらはアンケートの中間報告会を開催。筆者撮影
24日、浅沼さんらはアンケートの中間報告会を開催。筆者撮影

日本では、戸籍上の性別を変更するためには「性別適合手術」を受ける必要がある。2003年に成立した性同一性障害特例法で、卵巣や精巣といった生殖腺を切除するいわゆる「手術要件」を性別変更の要件の一つとしているからだ。

そのため、コロナにより手術が延期・中止となった当事者は戸籍上の性別を変更することができない。

当事者の中には、既に見た目や実生活上の性別は変わっている人も多いが、戸籍上の性別との不一致から就職・転職時などで困難に直面している。

また、そもそもトランスジェンダー等の当事者の中には、性別適合手術は受けたくないが戸籍上の性別は変更したいという人もいる。

コロナにより手術が延期・中止となった人の中でも、まず戸籍上の性別を変更できれば日常生活での困難を少しでも和らげることはできるのではないか。

現在は、戸籍上の性別を変更するために、性別適合手術を受けたあと家庭裁判所に申し立てる必要がある。しかしアンケートには、コロナの影響で家裁の動きもストップしてしまっているため、戸籍上の性別を変更できず転職活動ができないという当事者の声も寄せられている。

戸籍の性別変更の要件に生殖腺の除去手術を含むことは、国際機関からも人権侵害だと指摘されている。

性別適合手術を受けたいと思う当事者に対する医療アクセスは担保することは前提だが、手術を受けることと、法律上の性別の変更については本来分けて考えるべきではないか。

感染時のアウティング懸念

アンケートには、もし新型コロナウイルスに感染してしまった場合に、戸籍上の性別がバレてしまうのではないかという「アウティング」への不安もあった。

浅沼さんによると、自治体によっては、コロナ感染者の年齢や性別、職業、居住地、行動歴、家族構成、感染経路や基礎疾患まで公表している所もあるという。

特に地方在住でカミングアウトしていない当事者にとっては、具体的な個人情報とともに性別情報が出てしまうことで、自分の性のあり方がバレてしまうのではないかと不安に感じている。

アンケートには、県外の病院への通院の際に感染してしまった場合、なぜ県外に行ったのかというところでアウティングに繋がってしまうのではと不安の声が寄せられた。

そもそも感染者への調査の中で性別情報は必要なのか、性別は戸籍上の性別で表記されるのか、性自認を尊重されるのか、性別情報を公表するか、非公表を選択できるのか等、自治体によって対応は異なってしまう。

性自認が男女どちらでもない・どちらもある・中間などの「Xジェンダー」の当事者にとっては、そもそもコロナ感染時にも性別を女性か男性かという二元論に当てはめられることでさらに苦痛を感じることになるだろう。

浅沼さんが監督した、日本のトランスジェンダー等の当事者の直面する課題についての映画『I Am Here』

浮き彫りになる課題

緊急事態宣言が解除されたことで、現在は診療を再開する病院も出てきているという。しかし、今回の新型コロナによる影響で、トランスジェンダー等を取り巻く課題がより浮き彫りになったと言える。

特にホルモン治療の保険適用と、性同一性障害特例法の手術要件について、浅沼さんは「国は性別を変更するために手術を強制しているのに、一生お金がかかるホルモン治療には保険が適用されず、手術後のサポートは何もない状態」と懸念を示す。

アンケートでも、当事者の多くは、まずホルモン治療への保険適用を望む声が多かったという。

ホルモン治療や性別適合手術を受けられるよう一刻も早い医療体制の再開とともに、そもそも診断や治療を受けられる病院の拡充などが求められる。

同時に、性別適合手術を受けていなくても、戸籍上の性別を変更できるよう性同一性障害特例法の「手術要件」は撤廃する必要があるのではないか。

浅沼さんは今回のアンケート調査をもとに、国などに対し要望書などを提出していきたいと考えている。

「新型コロナでみんな大変な時に、ホルモン治療や手術を受けられない困難について語ると”わがままだ”と言われることもありますが、必要な時に必要な支援が受けられないことは、当事者の健康や生活がより悪化してしまう可能性が高くなります。

トランスジェンダーの人権は守られていません。根本的に直面している問題を解消しなければ、当事者の生きづらさは続くと思うので、今回の調査をもとに、行政や社会全体に対して当事者の声や実態を伝えていきたいと思います」

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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