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手術とリハビリを乗り越え、MF平田ひかりが公式戦復帰。19分間の真剣勝負で見えたもの

松原渓スポーツジャーナリスト
平田ひかり(写真提供:ノジマステラ神奈川相模原)

【走り抜いた19分間】

 渾身の19分間のプレーで、復活を印象付けた。

 4月22日のWEリーグ第14節・ちふれASエルフェン埼玉戦で、ノジマステラ神奈川相模原のMF平田ひかりが6試合ぶりにピッチに立った。

 持ち前のスピードを生かした裏への抜け出し、全身で周囲を鼓舞するようなアクション。1点ビハインドの74分からピッチに立ち、アディショナルタイムも含めた19分間を走り抜いた。

 平田は今季、ここまでわずか2試合の途中出場にとどまっていた。2019年にチームに加入して以来、主力としてコンスタントに試合に出続けてきたが、昨年3月以降、控えメンバーからも名前が消えた。ケガによる短期的な離脱であればリリースが出されないこともある。だが、平田の場合は違った。

 今年1月にクラブから出されたリリースは、次のような内容だった。

「弊クラブ所属の平田ひかり選手は、昨シーズン途中にバセドウ病(甲状腺機能亢進症)との診断を受け、これまで治療を受けながらプレーを続けて参りました。そしてこの度、今後の選手生活をより向上させるため、1月25日(水)に手術を受けましたことをご報告致します。今後もクラブとして平田選手の復帰を全力でサポートして参りますので、ファン・サポーターの皆さま、関係の皆さまにおかれましては、温かく見守っていただけますよう、お願い申し上げます」

 診断されたのは、2022年1月。それから通院、治療を続けながらサッカーを続けてきた。昨年夏に一度は復帰できたものの、薬が合わず、またリハビリに戻る苦しい時期を過ごしていたという。

 治療法は服薬治療が主体だが、薬が合わない場合や早期の治療を望むケースなどは、手術(甲状腺を除去する)も一つの選択肢とされている。リリースに添えられていた平田のコメントは印象的だった。

「術後は割とすぐにサッカーができるみたいなので、パッとオペして、ピッと走って、プッと復帰するので、ぺッと待っててくださいポッ(笑)今年はたくさんサッカーしたいなーと思っています!!!引き続き、応援よろしくお願いします!」

 思わずクスッと笑ってしまうようなメッセージに、自他共に認めるポジティブな性格がよく表れていた。そのユーモアに応えるように、復帰を待ちわびるサポーターがSNS上で熱いエールを送っていた。

復帰を待っていたサポーターにはつらつとしたプレーを見せた(写真提供:ノジマステラ神奈川相模原)
復帰を待っていたサポーターにはつらつとしたプレーを見せた(写真提供:ノジマステラ神奈川相模原)

【真剣勝負の中で感じたもの】

 平田は手術後、2月7日に練習に復帰を果たした。

 そして、4月の3週間の中断期間中に行われたトレーニングマッチ2試合で計150分間出場。4月9日のトレーニングマッチでは90分間のフル出場で2ゴールと、復活の狼煙を上げた。そして、EL埼玉戦の3日前の練習では、紅白戦でレギュラー組に負けじとプレーしてアピールしていた。

 とはいえ、リハビリを含めて公式戦から3カ月間も離れていただけに、試合勘には不安があったという。

「150分しか(ゲームを)やっていない、という不安はありましたが、メンバーに入ったからにはやるしかない!と思って臨みました」(平田)

 EL埼玉戦では、3トップの右で出場した。会場は、普段使用しているホームの相模原ギオンスタジアムではなく、2019年まで所属していた日体大FIELDS横浜時代のホーム・ニッパツ三ツ沢球技場。それも、感慨深かったようだ。

「ここでサッカーをやっていたな、と懐かしく思い出しました。後ろにもスタンドがあってゴールが近く感じて、前に前に、とゴールに向かいたくなる感じがありました」

 その言葉通り、最前線で相手の背後を取るアクションを繰り返した。82分にはアタッキングサードでボールを奪い返し、同じく途中出場のDF石田みなみと呼吸を合わせて相手の背後に抜け出し、決定的なシーンを創出。だが、これはわずかにオフサイドラインにかかっていた。

ゴールに向かって何度も仕掛けた(写真提供:ノジマステラ神奈川相模原)
ゴールに向かって何度も仕掛けた(写真提供:ノジマステラ神奈川相模原)

「いける!と気持ちが前にいってしまって…。チャンスの場面で焦らずにちゃんとラインを見てプレーできるかどうかも選手として評価される基準だと思うので、そういう一つひとつのプレーを大事にしていかないといけないなと思いました」

 そう話す平田は、久々に味わった真剣勝負の緊張感や駆け引きの楽しさを噛み締めているようにも見えた。

 試合後、菅野将晃監督は、平田のプレーをこう振り返っている。

「正直、コンディション的にはまだ上がってきていない段階だと認識しています。その中でも、途中出場でああいう(チームを勢いづける)プレーは当然のようにできる選手ですから。これからしっかりコンディションを上げてもらって、チームの大きな力になってもらいたいなと思っています」(菅野監督)

【復帰への道のり】

 甲状腺の病気は女性に多く、さまざまな症例も報告されている。2021年5月には、ドイツ・女子ブンデスリーガの1.FFCトゥルビネ・ポツダムでプレーする京川舞がバセドウ病と診断されたことを発表した。

「自分と同じ境遇になってしまった人たちに新たな道を示したい」

 そう話していた京川は、ドイツでも通院できる環境を探し、昨年夏に自身の夢だった海外挑戦を果たしている。

 以前、筆者も甲状腺に関わる病気と診断されたことがある。服薬治療を選択したが、日常の中で病気と付き合っていくことについては考えさせられた。プロアスリートとなると、また違う大変さや葛藤があるだろう。

 手術後、平田はどのような思いで復帰を目指してきたのか。

「なってしまったものは仕方がないので、そのことに関してはどうも思っていませんでした。ただ、私は食べることが好きなので、オペをした後は唾(つば)を飲むのも痛くて食事を楽しめないことが辛かったです。復帰してから1週間は運動はウォーキング程度に控えて、その後は月一回の通院を続けています。通院は時間がかかるし、病院の待ち時間もあって、オフの日に時間を取られて疲れてしまうこともありました。でも、病気だからって何かがマイナスになったとは思っていません。サッカーもやれるんですから」

 病気と向き合いながら、プロとしてピッチに立つこと。平田もまた、同じ境遇のアスリートを勇気づける前例を作った。

「プロだからサッカーを仕事にさせてもらっていますし、みんなと同じことをやっていてもいけないと思うので、練習ではみんなよりもちょっと多めに距離を走れるように、外周を走ったりしています。ただ、復帰するためには休むことも必要だったりするので、頑張りすぎないことも大事かなと。自分の体のことは自分が一番わかっているので、日々体と向き合いながら、焦らないことが一番の近道だと思っています」

 N相模原は4月29日に行われるWEリーグ第15節で、首位の浦和に挑む。苦しい時にチームを活気づける背番号7のプレーにも、目を向けてみたい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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