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浦和の栗島朱里が1年ぶりの先発復帰!「復帰しか選択肢はなかった。でもめちゃくちゃ怖かったです」

松原渓スポーツジャーナリスト
栗島朱里(写真:松尾/アフロスポーツ)

 皇后杯連覇に向けて、頼もしい存在が帰ってきた。

 カンセキスタジアムとちぎで行われた皇后杯4回戦。右膝前十字靭帯損傷のケガで長期離脱していた三菱重工浦和レッズレディースのMF栗島朱里(くりしま・あかり)が約1年ぶりの先発復帰を果たし、2アシストを記録。ベスト8進出に貢献した。

 ボールの動きに合わせて丁寧にポジションを取り直し、ピンチの芽を摘む。持ち味の守備面で貢献すると、攻撃でも違いを見せた。

 前半18分。センターバックのDF石川璃音からパスを受けると、機敏なステップでターンし、迷わず前線にロングパス。相手陣内中央でDFとの駆け引きを制してパスを受けたFW菅澤優衣香が、ゴール右隅に流し込んだ。

 そのゴールを見届けると、栗島は湧き上がる喜びを抑え切れないように、両手でガッツポーズを作り、小さくジャンプした。DFラインの選手たちが栗島の元に駆け寄って歓喜の輪を作る。菅澤もすぐにその輪に加わり、栗島を抱きしめた。まるで、栗島がゴールを決めたかのように。

「リハビリ期間が長くて辛かったと思います。『復帰したらあかりのアシストでゴールを決めたいよね』と話していたので、すごく嬉しかったです」(菅澤)

 栗島はその後、1点リードで迎えた60分にも、中盤からのダイレクトパスで菅澤のゴールをアシスト。栃木まで駆けつけたサポーターの温かい拍手を背に受けながら、84分にピッチを退いた。

 試合後、栗島は弾むような声で言った。

「アシストした後、みんなが私のところに駆け寄ってきて喜んでくれて。グッときました。ほんっとうに嬉しかったです! スタメンで出ることは、前々日の紅白戦のミーティングで知りました。自分らしくプレーして、絶対に勝とう、という気持ちで臨んで。いざピッチに立ったら緊張したんですが、優衣香さんへのロングボールは感覚と体の動きのギャップがなく、思い通りに蹴ることができました。2点目のパスもイメージ通りでした」

 体力、技術共に、ケガをする前と比べて遜色ないところまで戻っているように見える。ただ、その動きからは想像もつかないほど、復帰へのプロセスは苦難の連続だったようだ。

2021年秋に開幕したWEリーグ序盤戦で負傷。1年間の長期離脱となった
2021年秋に開幕したWEリーグ序盤戦で負傷。1年間の長期離脱となった写真:松尾/アフロスポーツ

【順調にはいかなかったリハビリ】

 負傷したのは、2021年10月のトレーニング中。経験と技術に裏打ちされた安定感でチームに欠かせない存在となり、心身共に充実した中で迎えたプロ1年目。WEリーグ開幕から2カ月目のことだった。

 リリースには、「(全治)約8ヶ月を要する見込み」とあった。ただし経過は人によって様々で、予定より復帰に時間がかかるケースもある。

 栗島は、ユースから昇格2年目の2014年にも左膝の前十字靭帯損傷を経験している。当時20歳だった。その時の辛い記憶から、2度目の今回はサッカーを「やめる」選択肢も一瞬、頭をよぎったという。

 2回目のリハビリでは、1回目とは異なる試練が待っていた。術後、麻酔が切れた時の激しい痛みや、少しずつしか変化の兆しが見られない膝と向き合う日々。栗島は「ACTIONCHANNEL」のインタビュー動画で当時の心の変化について語っている。

 回復への途上、同じ前十字靭帯のケガで復帰を控えていたチームメートのDF長船加奈とMF一法師央佳が再受傷した。それは多くの女子サッカー関係者に衝撃と悲しみを与えたが、栗島にとっては自分のことのようにショックな出来事だった。

 リハビリを励まし合ってきた仲間の悲劇は、深い悲しみと共に、「次は自分の番なのではないか」という恐れにも繋がった。

 浦和には現在、前十字靭帯損傷で復帰に向けてリハビリを続けている選手が5人いる。その仲間たちに話が及ぶと、こらえ切れず涙が溢れた。

「自分が復帰しないと、同じケガをして、苦しみながらリハビリを続けているみんなが悲しみの果てに行ってしまうと思いました。だから、復帰するしか選択肢はなかったです。ただ(自分もまたケガをしてしまうことが)めちゃくちゃ怖い、という気持ちとの葛藤がありました。その中で、ケガをしているみんなも支えてくれて……だからこそ、途中出場ではなくてスタメンで活躍しないと、という思いで取り組んできました」

 手術から復帰までには、約1年を要した。栗島は浦和では周囲をよく笑わせるムードメーカーで、曰く「物事を深く考えすぎない楽観的な性格」。だが、今回のケガと長期のリハビリを機に、プロセスと結果の因果関係をよく考えるようになったとも語っている。

【慎重を期した復帰プロセス】

 浦和は、WEリーグの中でも攻守において特に強度が高い。だからこそ、対戦相手も全力でプレッシャーをかけてくる。攻守の要となるボランチは、360度からその圧力を受けるポジションだ。

 楠瀬直木監督は、栗島の復帰に慎重を期した。本人とも話し合い、「ボランチで激しいプレーをさせることを避けながら、徐々に」。サイドバックでプレーして感覚に慣れ、開幕からここまで5試合の出場時間は20分前後に抑えてきた。そして、「ようやく自分の体が大丈夫だなと思えた」(栗島)と言うように、機は熟した。

 長野戦で先発に復帰した背番号6の左腕には、キャプテンマークが巻かれていた。1週間前のリーグ戦で、キャプテンのMF柴田華絵がケガをして離脱したためだ。ポジションは同じだが、柴田の代わりにはなれないーーそう考えた栗島は、自分らしいプレーを心がけながら、ボランチを組むMF塩越柚歩や、周囲の選手と協力して柴田の穴を埋めた。

「守備から入って、中盤と前と、センターバック2人をしっかり助けてくれて、それがあっての勝利だったと思います。ナイス2アシスト!と言いました。私たちも嬉しかったです」

 そう語ったのは、先制点を決めたMF猶本光だ。

 もちろん、この日を待ちわびていたのは選手たちだけではない。

「アシストした後、栗島選手の周りにチームメートが一斉に集まりましたね」

 栗島復帰の感想を聞こうと思い、楠瀬監督にそう伝えた。すると、それまで試合について淀みなく話していた指揮官が小さく息を吐き、目頭を押さえた。不安と戦いながら、ピッチ外から全力でチームをサポートする栗島の姿を見てきたのだろう。

楠瀬監督
楠瀬監督写真:西村尚己/アフロスポーツ

「あいつにとって本当に辛い一年だったので……やっと帰ってきたな、と」

 復帰後のプレーについては、新たな可能性も感じたようだ。

「ミスもありましたけど、8割方戻ってきたと思います。サイドバックから入って復帰したせいか、スルーパスを出せるようになって、以前よりも視野が広がった感じがするんです。これをやり続けてくれると非常に武器になると思います」(楠瀬監督)

 持ち味でもある守備の質を維持しながら、決定的なパスを出せるボランチになれば、相手にとってより脅威となる。それは、栗島自身の次なる挑戦だ。

「自分はスルーパスが得意ではないなと思っていたし、どちらかというとディフェンシブな選手だと思っていました。でもクス(楠瀬)さんが言う通り、自分のパスで点に繋げられることを示せたし、練習試合でも同じような形が何本か出てきているんです。ボランチは攻守の要なので、攻撃も守備ももう一レベル上げていきたいと思います」

 栗島の活躍は、長期離脱から復帰を目指す選手たちの希望になる。復帰を支えてくれた仲間たちや、同じケガと戦っているすべての選手たちに。

「みんなと同じピッチに立てることを目指して、自分もさらに頑張り続けようと思います」

 その思いを動力源に、栗島は今日もピッチを駆け抜ける。

皇后杯は連覇をかけて戦う
皇后杯は連覇をかけて戦う写真:森田直樹/アフロスポーツ

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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