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WEリーグ初代王者が新たなスタイルに挑戦。鍵を握るのはDF三宅史織。

松原渓スポーツジャーナリスト
三宅史織(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【より攻撃的なスタイルへ】

 WEリーグが10月22日に開幕する。WEリーグカップ(決勝は10月1日)から3週間の調整期間を経て、リーグで好スタートを切るのはどのチームだろうか。

 INAC神戸レオネッサは、昨季チームを率いた星川敬監督(Y.S.C.C.横浜)が退任し、アシスタントコーチだった朴康造(パク・カンジョ)氏が新監督に就任。WEリーグカップは2勝2分で、得失点差で一歩及ばず決勝進出は叶わなかった。だが、4試合で新たなチームの明確な方向性を示し、期待感を高めている。

 昨季は、開幕から首位を快走。他の上位チームと圧倒的な戦力差があったわけではないが、3バックと5バックをベースとした堅守で、僅差の勝利を積み重ねた。16勝2分2敗の成績で2位以下を引き離し、優勝。そのチームを引き継いだ朴新監督は今季、システムは大きく変えず、最終ラインを高くして相手陣地でボールを保持し、得点力アップを目指している。

 その変化を支えるキーパーソンが、3バックの柱でもあるDF三宅史織だ。昨シーズンはディフェンスリーダーとして堅守を統率し、初代ベストイレブンにも選ばれた。

「去年はしっかり守備をしてから攻撃、という戦い方で失点が少なかったのですが、今は得点を取る機会を増やすために、去年から考えると怖いぐらい(最終)ラインを高くしています。リスクはありますが、点を取られても取り返せるようになりたいし、この戦い方で去年と失点が同じぐらいだったら、ものすごく強いチームになれると思います」(三宅)

 武器は、長短のパスを生かしたビルドアップ能力の高さだ。2013年に17歳でINAC神戸の一員となり、トップリーグデビューを果たしてから、今年で10年目。レギュラーに定着したのは17年だが、それ以降は代表にもコンスタントに呼ばれきた。そして経験を積み、ゲームマネジメント力やプレーの強度を高め、国内屈指のセンターバックになった。連覇を目指す今季はキャプテンマークを巻いている。

「去年から変わったことは、チーム全体を見る努力をするようになったことです。今年は中堅選手や経験のある選手が抜けた中で、監督も若手をどんどん使っているし、特に若い選手とはたくさん話すようにしています」

今季はキャプテンを務める
今季はキャプテンを務める

 オフには移籍や海外挑戦などで主力数名が抜けたが、東京NBからDF土光真代、相模原からMF脇阪麗奈ら即戦力を補強。カップ戦では、その2人が最終ラインに入り、三宅と3バックを形成した。また、高卒ルーキーのDF井出ひなたやMF愛川陽菜らが練習から積極的なアピールを見せ、出場機会を掴んだ。

 代表経験者が多く、個々が自分の考えを主張し合える強さはINAC神戸の魅力だ。一方で、強い個性をまとめる監督の手腕も問われる。ヴィッセル神戸のレジェンドで、Jリーグ屈指のテクニシャンだった朴監督は、選手間のコミュニケーションを重視している。FW田中美南は、「優しくて選手の考えを尊重してくれる。選手同士で高め合える仲間が揃っているし、よくコミュニケーションが取れています」と明かす。

 三宅にとって、中学2年の頃から代表活動などを通じて親交を温めてきた土光の加入は特に心強いようで、「同じチームだからこそ、意見をぶつけ合うことも出てくるのかな? 楽しみですね」と表情を綻ばせた。

【覚醒のきっかけ】

 年代別代表で活躍し、JFAアカデミー福島を経てINAC神戸に加入した三宅の経歴は、女子サッカー界のエリートコースと言える。しかも、INAC神戸に加入した年は国内リーグ3連覇中の黄金期で、同年には17歳で代表に初招集された。

 ただ、当時のINAC神戸はMF澤穂希を筆頭にW杯の優勝メンバーが主軸で、毎試合、複数得点で快勝を続ける常勝軍団。試合に出るためのハードルは極めて高かった。

 百戦錬磨の猛者たちが日々の練習でストレートに主張をぶつけ合い、尊敬する先輩のMF近賀ゆかり(広島)からは毎日のように厳しい言葉をかけられ、よく泣いていたという。「自分が自分が、というタイプではなかった」という三宅にとって、それは初めて知るプロの世界だったようだ。

 そこからの8年間は、2度目の下積み期間だったと言えるのかもしれない。2014年以降はリーグタイトルから遠ざかり、三宅自身も代表とは疎遠になった。

 しかし、リーグで着実に出場機会を増やして上位進出の原動力となり、17年以降は代表にも定着。みんなを笑顔にするムードメーカーの一面もあり、オフザピッチでもチームに欠かせない存在となったが、レギュラー定着への壁は厚かった。2019年のフランスW杯は4試合をベンチで見届け、東京五輪も最後まで出場機会は巡ってこなかった。

「代表選手が多かった時代のチームで戦ったことや、東京五輪やW杯のメンバーに入ったことは貴重な経験です。ただ、今思えばもっと上を目指さなければいけなかったのに、貪欲さが足りなかったと思います。代表でもいつもギリギリの選出だと思っていたし、自分に自信が持てずにいました」

 悔しい思いはいつも口にしていたが、代表では同年代や年下の選手がレギュラーに定着していく中で、現実を冷静に受け止めてしまう自分もいたようだ。

 ただ、「100回の練習よりも1回の本番」と言われる。三宅が転機の一つに挙げているのは、2020年3月の米国での4カ国対抗戦だ。スペイン(1-3)、イングランド(0-1)、アメリカ(1-3)の3試合に出場し、強豪国のFWの強さやスピードを痛感。国内リーグで課題としてきた球際の課題を痛感し、フィジカルトレーニングを増やして体重、筋肉量を上げた。元々食が細かった三宅にとっては、苦労も多かったという。

「一回で食べられる量が多くないので、間食や補食を増やしたり、練習後の栄養摂取を早くしたり、何が自分に合っているか考えるようになりました。食べられるようになってからは2、3キロ体重が増えましたね。重く感じる時期もありましたが、身長(165cm)を考えれば平均。アジリティを高めるなどしてフィットさせています。筋力も目標にしていた基準値を超えました」(昨年5月の代表合宿時)

1対1の強さは増している
1対1の強さは増している写真:ロイター/アフロ

 そして昨季、大きな転機が訪れた。INAC神戸の黄金期を築いた星川監督が復帰し、代表の正守護神である同い年のGK山下杏也加が加入したことで、環境が大きく変化したのだ。

「ヤマ(山下)や星川監督から毎日厳しい声をかけられる中で、それまでにはなかった悔しさが生まれたり、一つひとつのプレーにかける思いが変化したんです。無失点で勝っても、課題が残った試合は悔しかった。それは、目の前のことに全力で向き合っていたら見えてきたというか。それまではなかった感情でした。代表に選ばれるだけでなく、そこでさらに上にいくために何をすべきかも見えてきました」

 タイトルから遠ざかっていたチームは勝負強さを見せ、8シーズンぶりのタイトルを獲得。星川前監督はシーズン終了後、「ディフェンスリーダーは間違いなく三宅、と言える存在になった」と、その成長に目を細めた。

 その変化は、リーダーとしての意識にも及んだ。チーム内で経験値が上がり、年齢も中堅へと推移していく中で、以前は「何がリーダーシップなのかがわからなかった」という三宅。だが、目の前の目標や勝利にブレずに向き合い続ける中で周囲のリアクションが変わってきたという。

「『リーグ初優勝に貢献したい』『代表に選ばれて試合に出たい』、という目標に向かってやることをしっかりやって、分からないことは監督に聞きに行ったり、ということを続けていたら、そのうちに周りから『変わったね』と言われるようになりました。自分で実感はなかったのですが、確かに責任感は増したと思いますね」

 試合中、全身の力を振り絞るようにして味方に声をかけ、最終ラインを支える姿は、常勝軍団の中で自分の居場所を探していた10年前からは想像もつかないほど逞しくなった。そして、頼もしいリーダーへと変貌しつつある。

【新たなステージへ】

 9月25日のWEリーグカップグループステージ第6節で、INAC神戸はサンフレッチェ広島レジーナと対戦した。広島のキャプテンは、かつての自分を叱咤激励してくれた近賀ゆかりだ。共にキャプテンマークを巻き、拳をかわし、コイントスをした。その喜びについて、三宅は自身のSNSでこう明かしている。

「26歳になり、今なら理解できる気がします。もっと上のレベルの選手になる為に必要なことを今季強く伝えてくれてたんだな。怒るのにもすごくエネルギーがいるってことも。今の自分があるのも近賀さんのおかげです」

 代表ではサイドバックでプレーする機会もあり、プレー面で新たな伸びしろも見つけている。一方で、取り組んできた対人プレーの強度の向上は、代表のレギュラー争いに絡んでいく糸口となるかもしれない。

「今年のINACのサッカーは、代表が目指すアグレッシブなサッカーに近く、1対1になるシーンが去年よりも多くなっています。去年は左右のセンターバック2人がチャレンジした後のカバーに徹することの方が多かったのですが、今はとにかくガツガツ前に行っています。守備の強度がなければできないサッカーにチャレンジしているので、代表にもつながると思います」

 三宅は、10月のなでしこジャパンの国際親善試合2試合に招集されている。同6日(神戸)のナイジェリア戦と9日(長野)のニュージーランド戦だ。INAC神戸の新ディフェンスリーダーは、久々の国際親善試合に向けて、静かに爪を研いでいる。

代表での飛躍も期待される
代表での飛躍も期待される写真:長田洋平/アフロスポーツ

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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