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杉田妃和がアメリカ女子プロリーグで人気急上昇中。首位の強豪クラブで「個」を尊重される選手に

松原渓スポーツジャーナリスト
杉田妃和(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【NWSLで市場価値を高めるアタッカー】

 相手の死角に立ち、気配を消す。目線を逸らして、相手を油断させる。

 そして、そのスペースにパスが入ってきた瞬間を見逃さず、一気に仕留める。

 サッカーは騙し合いのスポーツだ。

「攻撃も守備も、1対1の場面がすごく好きです」

 MF杉田妃和は、その駆け引きを楽しんでいる。そして、相手が強くなるほど燃える。

 今年2月、WEリーグのINAC神戸レオネッサからNWSL(アメリカ女子サッカーリーグ)のポートランド・ソーンズFC(ソーンズ)に加入。開幕から主力に定着し、ここまでリーグ戦全試合に出場して首位躍進の原動力となっている。

 ソーンズがホームのプロビデンス・パークにノース・カロライナ・カレッジを迎えた8月5日の試合は3-3のドロー。杉田がマッチアップしたのは、アメリカ代表のDFカーソン・ピケットで、相手のキーマンの一人だった。そのスピードを的確なポジショニングで牽制し、得意の駆け引きでパスをカットすると、1万7000人以上が入った客席から、サポーターの期待感がヒシヒシと伝わってきた。ソーンズは、ホームゲームに平均1万5,000人が入るNWSL屈指の人気クラブなのだ。

ゴール裏には杉田の応援ボードが目立った
ゴール裏には杉田の応援ボードが目立った

 味方とのスムーズな連係から放ったミドルシュートは惜しくも相手GKに弾かれたが、ゴール裏から「HINA(ヒナ)!」コールが降り注いだ。

「相手がこうしてくるのかな?と考えて、手札を選びながら駆け引きしている瞬間が好きですね。最初はニュートラルに対峙して、どのタイミングでボールが入ってくるのか、どういうポジションで、どんなパスを出したいのかを観察します。それを掴んだら、そこを見ていないかのようにポジションを取ったり、自分の手札を隠して相手の狙いを読むのが楽しいんですよ」

 優位に立つための“手札”は潤沢にある。オフザボールのポジショニングや予測力、懐の深いボールキープやターン、高精度な両足のキック。それは日本でプレーしていた時と変わらないが、変わったのは結果の出し方だ。公式戦20試合で6ゴール2アシスト。移籍1年目で、キャリアハイを更新する可能性は高い。

「ソーンズは、チャンスの数が多いです。日本では確実に合わせられる時でないとクロスを入れなかったり、ピンポイントで狙いすぎてしまうことがありましたが、こっちではどんどんクロスを入れるし、FWのシュートエリアが広いので、こぼれ球に飛び込むタイミングも合わせやすいです」

 アメリカはスポーツ観戦が盛んで、とりわけ女子サッカーが人気スポーツとして市民権を得ている。そして、ゴールは人々の活力になる。

ゴール後には発煙筒も焚かれていた
ゴール後には発煙筒も焚かれていた

「今までは得点にこだわりがなくて、見てくれる人が『面白い』と思ってくれる試合をすることにやりがいを感じていました。でも、アメリカに来て『自分を変えよう』と思いました。攻撃的なポジションで使ってもらっているので結果を残したいし、ゴールの数が増えてから、自分の名前を呼んでくれる人も増えた。以前は『日陰の存在でもいい』と思っていたけど、違う喜びがあるんだなと実感しました」

 2019年まで、本職はボランチだった。サイドに転向してから、まだ2年経っていない。だが、各国の代表クラスと堂々と渡り合っていることに驚きはない。昨夏の東京五輪で、FIFA最優秀選手のDFルーシー・ブロンズ(イングランド)とサイドで対峙した際、互角以上に戦えることを示したからだ。

 NWSLで8年目のシーズンを戦っているMF川澄奈穂美(NY/NJゴッサムFC)は、神戸時代に杉田とチームメートだった。アタッカーのポジションで1年目から結果を残しているという点でも、共通している。

「妃和はサッカー選手として圧倒的にリスペクトされる要素を持っているから、すぐにボールを預けてもらえる。試合を見ていても、ポートランドの選手から信頼されているなと思います」(川澄)

 信頼の厚さは、FWクリスティン・シンクレアとのピッチ上での良好な関係を見ればわかる。シンクレアはソーンズのチーム創設時(2013年)からの最古参選手で、カナダ代表のレジェンド。代表キャップ数「315」、ゴール数が「190」と男女合わせた世界記録を持ち、39歳になった今も更新し続けている異才だ。25歳の杉田とは年齢がひと回り以上も違うが、ピッチでは年齢は関係ない。得点ランキング首位に立つ22歳のFWソフィア・スミスとの相性もいいようだ。

 ノース・カロライナ・カレッジ戦の翌週、8月10日に行われた試合はワシントン・スピリットに2-1で逆転勝ちを収め、首位を堅持した。杉田は決勝ゴールをアシストし、チームは無敗記録を「11」に伸ばした。

シンクレアとのホットラインを築きつつある
シンクレアとのホットラインを築きつつある

【葛藤の中で追求した“楽しむ”ことの本質】

 異なる環境への適応力や、海外勢と対戦するときの調整力は、10代前半からの代表活動で培われたものも大きいだろう。ハングリーさや“熱さ”を全面に出すようなタイプではないが、プロとしての揺るぎない「芯」を持っている。

「自分の判断に『責任を取る』ことを楽しんで駆け引きするのがサッカーの面白さだと思います。言われたことをそのままやって、うまくいかなかったら、人のせいにしてしまうかもしれないじゃないですか。でも結局、結果に責任を取るのは常に自分ですから」

 杉田は極めてケガの少ない選手だ。強度の高いプレーを続けている選手はその分リスクも高くなるが、杉田は2015年の国内リーグデビュー時からほぼ休みなく試合に出続けている。それは、自分の体を誰よりもよく知っているからだ。

「自分は何事も、納得しないとできない性格です。例えば、チームのウォーミングアップとかクールダウンで『このメニューを絶対にやってください』と言われたとして、それが研究されたメニューだったとしても、自分に合っていなければ意味がないと思う。言われたことに対して『自分に合っているか』は、常に考えながら取り組んでいます」

 そう言い切れるようになった背景には、プロ1年目の経験がある。高校卒業後の2015年に神戸に加入し、18歳でプロ生活をスタートさせた杉田は、壁に直面した。

「INAC入団当初はパスの質や正確性ばかりを求められて、型にはめられたサッカーも経験しました。そこで学ぶものもありましたけど、試合に出られなくて、本当に上手くなっているかわからないし、誰かに言われるがままにやって得られる評価は嬉しくなかったんです。チームの雰囲気や年齢の上下で『自分を押し殺さなければいけない』と感じたこともありました。でも、そういうことを続けることに限界が来たんです。求められるプレーもできないし、自分がなりたい選手像にも辿り着けない。それならいっそのこと、『一回、耳にフタをしてみよう』と。楽しくなければサッカーをやっている意味がないですから。それで、楽しさを追求することにしたんです。

最初は苦しかったですね。先輩から強引にボールを奪って雰囲気が悪くなることもありました。でも、それに負けている自分が嫌だったし、『どんな相手でも変わらず、常に100%でいこう』と思ったんです」

 10代から国際舞台で活躍し、日本女子サッカー界の育成の評価を高めた杉田が、非凡な才能の持ち主であることには誰も異論を挟む余地がなかった。ただ、その非凡さと内面の葛藤を理解し、道を示すことができる指導者にはなかなか出会えなかったのだろう。

 とはいえ、「自分の良さを自分が一番わかっていれば、どこに行ってもできると思いました」というように、早い段階で自分の軸を確立したからこそ、今がある。

信念を持ち、海外に通用するプレースタイルを確立してきた
信念を持ち、海外に通用するプレースタイルを確立してきた

【新天地で受ける刺激】

 ソーンズはトレーニングの中で、選手それぞれのプロとしての流儀や感覚を尊重しているようだ。

「日本人は大丈夫?って聞かれたら、大抵『大丈夫』って言うじゃないですか。自分はもともと、そんなにケガをしないし、練習後のケアもほとんど入らなくてもいいぐらいだから、『大丈夫?』と聞かれるたびに、『本当に大丈夫です』と4カ月間言い続けて(笑)。スタッフから『時には大丈夫じゃなくてもいいんだよ』と言われて、ある時、練習の休憩中に外でストレッチしていたら、監督から『どこか痛いの?』と聞かれて、次の日のメニューが軽めに設定されていたんです。あぁ一人ひとりを見て気にしてくれているんだなと。その日は筋トレメニューだったので、軽くなったのは嬉しかったですね(笑)」

 そのように、思いを伝えやすいオープンな環境も、杉田が新天地で伸び伸びと活躍できている要因だろう。

 一方、チームづくりのプロセスには刺激を受けたという。今季からソーンズの指揮官になったリアン・ウィルキンソン監督は、元カナダ女子代表選手で、昨年まではイングランド女子代表のヘッドコーチを務めていた。

「ミーティングはサッカーのことだけではなくて、『人としてどうあるか』という深いテーマにも話が及びます。『人の失敗に批判的な態度はチームの雰囲気が悪くなるし、マイナスの要素が増えるからやめて』と、監督が最初に明確な基準を作ってくれたんです。もしサッカーでうまくいかなくても、人間的にみんなが一つのチームになれれば、どうにでも立ち直れる、という考え方に、まず感動しましたね。

その上で、誰かがあまりにも自分中心のプレーをした際には、『そういう問題が起きる前に解決すべきだし、もっとコミュニケーションを取ろう』という感じでアプローチして、選手同士で踏み込みづらいところは監督がストレートに示してくれる。役割分担がはっきりしているから、ギスギスしないですね」

 最後に、「言葉(英語)がわからない分、今は観察することしかできないので」と、杉田は笑った。まだ、英語はあまり喋ることができず、ホームの試合では日本人スタッフに通訳をサポートしてもらう。アウェーはそのスタッフが帯同しないので、なんとか聞き取っているという。

観察することで言葉の壁を乗り越え、チームに溶け込んでいる
観察することで言葉の壁を乗り越え、チームに溶け込んでいる

 ピッチ上では、選手も監督に本音でぶつかっていくそうだ。わからないことは試合中でも「わからない」とはっきり伝え、その場で解決する。それによって「メンバーから外されるかもしれない」と思うのではなく、「迷いなくプレーするために必要だ」と考える。日本では「察する」ことが良しとされるケースもあるが、アメリカではその考え方が通用しない。

「自分が変わりたくてアメリカに来たし、日本と同じようにやっても無理だということはわかっているので、しがみつくぐらいの気持ちでやっています。その上で、試合に出続けるためには『自分でなければできないプレー』をしなければいけないし、チームの力にならなければいけない、という思いは常にありますね」

 海外でプレーする日本人選手の活躍は、WEリーグや、なでしこジャパンの可能性を測るバロメーターにもなる。

 新たな価値観に触れて可能性を広げ、アメリカで得点力という武器を身につけつつある杉田の今後の活躍から目が離せない。

*文中の写真は筆者撮影

(取材協力:ひかりのくに)

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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