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WEリーグ初代女王・INAC神戸の星川敬監督が退任。接戦を勝ち抜いたチーム作りの秘訣とは?

松原渓スポーツジャーナリスト
星川敬監督(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 WEリーグ初代チャンピオンに輝いたINAC神戸レオネッサが、星川敬監督の今季限りでの退任を発表した。今後は、J3のY.S.C.C横浜の監督に就任することが発表されている。

 INAC神戸では、2010年から12年にリーグ連覇を含む5つのタイトルを獲得。監督として9年ぶりに復帰した今季、8季ぶりのタイトルをもたらした。

 WEリーグは全11チームが勢力伯仲し、接戦を繰り広げてきた。その中で、開幕から首位の座を一度も譲ることなく優勝できたのは、星川監督の緻密なチームマネジメントも大きかったように思う。

 適材適所の起用や交代策に加えて、個々の成長も見られた。最新テクノロジーを活用したパフォーマンス分析や、映像編集は星川監督の得意分野。スキルの参考になるプレー集などを作って個を伸ばし、データに基づいた強度の高い練習メニューで選手層を底上げして、タフなチームを作り上げた。

 2012年にチームを離れた後は、ヨーロッパで指導者として経験を積んできた。イングランドの強豪・チェルシーレディースを皮切りに、ポーランドやスロベニアの男子チームでコーチを歴任。最先端のフットボールの知識を吸収し、言語や宗教、価値観の異なる多国籍の選手たちをまとめた。

 星川監督自身も「海外でいろいろな経験をして、年齢を重ねる中で僕自身が成長した部分もあると思います」と振り返る。

 改めて、今季の優勝までの道のりと、日本女子サッカーの現在地について、星川監督にお話を伺った。

*インタビューは5月13日に行いました。

WEリーグ初代女王に輝いた
WEリーグ初代女王に輝いた

【ヨーロッパでの経験が原動力に】

ーー改めて、優勝おめでとうございます。新加入選手も多いシーズンでしたが、チーム作りにおいてどのようなことを重視されたのですか?

星川監督:今季は(秋春制移行のための期間を含めて、始動からリーグ閉幕まで1年半という)長いシーズンだったので、「通常のシーズンのピリオダイゼーション(*)やピークの考え方は当てにならない」と選手たちにも伝えていました。それに、僕も新入団でしたから(笑)。選手たちといいコミュニケーションが取れるようになるまでは、自分がやりたいことを最初からすべて伝えるのではなく、ある程度我慢しながら進めました。海外でいろいろな経験をして、年齢を重ねる中で僕自身が成長した部分もあると思います。

(*)試合や重要な目標でベストコンディションを引き出すために、時期によってトレーニング量や強度などを変化させる方法

ーー2013年以降、ヨーロッパで指導者として経験されてきたことが大きかったのでしょうか。

星川監督:そうですね。向こう(ヨーロッパ)のチームにはいろんな人種がいて、言語も宗教も多様なのでチームマネジメントも大変ですし、本当に勉強になりました。海外で最初のチームがチェルシーレディースだったのも大きかったです。エマ・ヘイズさんという女性のボス(監督)の下でコーチをやらせてもらいましたが、サッカー観や言語、人間力を磨くという点でもいろいろと学びました。特に言葉の壁は大きかったです。伝えたいことがすべて伝わらないし、ジレンマがありました。日本に帰ってきてからは「10」言ったら「10」伝わるので、やりやすかったですね。

ーー女子チームを指揮するのは久々でしたが、いかがでしたか。

星川監督:ロッカールームは聖域ですけど、女子は男子以上に入れないですし、その分ハーフタイムも短くなる難しさはありました。ただ、INACで二度目だったのは有利に働いたと思います。最終的には「自分が指揮した2011年のチームといい勝負をしたい」と言っていましたから。あの時のチームも、今のチームには苦戦すると思いますよ。

【僅差を勝ち抜いたチームマネジメント】

ーー試合内容に目を向けると、僅差のゲームが多かった中で、確実に勝ち点3を積み重ねました。

星川監督:勝ち点差ほど他のチームと力の差はないと思います。実際、ゲーム内容に納得いかないことも多かったですから。その中でも勝てたのは、長いプレシーズンの取り組みや、僅かなディテールの差で上回れたからではないかと思います。1シーズンですが、実感としては選手たちと2年間一緒にいたような感覚がありますね。

ーー勝因の一つに、強度の高いプレーをチームとして90分間通して継続できる力があったと思います。普段の練習はどのように準備されていたのですか?

星川監督:就任当初は練習の強度を確認することから始めました。男子の練習強度を基準にして、女子ではどれぐらいの数値になるのか。それを最初に確認して、「この強度の練習だったらこのぐらいなんだな」という感覚や、自分の目とデータの誤差をなくして、調節しながら進めました。

ーーリーグ後半戦、優勝が見えてきた中で、「油断も驕(おご)りもない」とおっしゃっていました。勝った試合でも浮き足立つことなく、最後まで戦い抜きました。

星川監督:優勝のプレッシャーよりも、無敗のプレッシャーの方が大きかったから、まったく浮かれることはなかったですね。だから5月の広島戦で無敗が止まった次の試合は勝てる、と確信していました。

ーー監督個人としては、リーグ戦の無敗記録を「50」まで伸ばしました。1シーズンが20試合前後だと考えると、これはすごい数字ですね。

星川監督:勝負事ですし、いつかは負けるものです。今回、最初に「無敗優勝しよう」とは言いませんでした。そう言い切れるチームではなかったからです。ただ、結果的にみんなが頑張った成果であそこまで伸びたから、「無敗記録を目指そうよ」と。彼女たちが積み上げたものを誇りに思っています。

50試合無敗の個人記録を作った
50試合無敗の個人記録を作った写真:森田直樹/アフロスポーツ

ーー12月の皇后杯でベレーザの下部組織のメニーナに敗れるなど、難しい時期もありました。後期に向けてどのように立て直したのでしょうか?

星川監督:皇后杯での敗戦や、(3月の後期開幕戦で)埼玉に引き分けた(1-1)時期は、現場以外の面でコントロールが難しく、悪い方向に行きかけたこともあります。ただ、選手同士で話し合う機会を増やして、サッカー以外の問題もみんなで乗り越えたことで、上っ面のチームではなくなりましたね。

サッカーの面では中断期間に杉田(妃和)が海外移籍でいなくなったことでチームのパフォーマンスが落ちましたが、後期2試合目の千葉戦以降、仙台、日テレとの上位争いで3連勝できたことが大きかったです。(落ち込んでいた状態から)千葉戦で修正して、仙台戦でその成果を出して、最後の日テレ戦に全力でぶつかるイメージで、時間がなかったので突貫工事でしたが、うまく行きました。

ーー前期リーグトップのデータを出していた杉田選手が抜けた後、調子の良い選手を起用したり、フォーメーションを変化させたりすることでその穴をカバーしていたように思います。疲労も蓄積していた中で、コンディションの見極めも難しかったのではないですか。

星川監督:プレシーズンから時間があって、強度の高い練習をやり続けたことで全員の基礎能力が数値的にも上がったので、体力的な落ち込みはそこまでなかったと思います。紅白戦では、Aチームがリーグで無敗で首位を走っていたので、Bチームのモチベーションやプレーの質が上がり、全体が底上げされました。それは上位チームの特権だと思います。複数のポジションをこなせる選手も増えましたから。

ーーチーム力を底上げしていく中で、全員で戦い抜いた結果だと思いますが、あえて今季のMVPを挙げるなら、どの選手ですか?

星川監督:新入団記者会見で「ゴールキーパーがMVPを取るシーズンも面白い」と言いましたが、ヤマ(山下杏也加)の活躍を見れば、それは間違っていなかったですね。そのほかにも、大きく成長した三宅(史織)と伊藤(美紀)、成宮(唯)はMVP候補に入れたいです。これまでのINACではディフェンスリーダー不在の印象でしたが、「今季は間違いなく三宅」と言えるようになった。伊藤は、複数のポジションを高いレベルでこなせる。そういう選手は貴重です。成宮は最初の頃は考えて動くことができなくて、運動量でごまかしていたのですが、プレースタイルを変えたことでポテンシャルを発揮しました。それが代表での活躍にもつながったと思います。

山下杏也加
山下杏也加

ーー個を強化する上で、各選手に海外の男子選手のプレー集などを作って渡されていたそうですが、プレースタイルやポジションが近い選手の映像で作っておられたのでしょうか。

星川監督:はい。たとえば、成宮には間で受けられるのがうまいギュンドアン(マンチェスター・シティ)とかですね。サイドの選手なら、いろんなタイプの選手の映像を見てもらって、自分で「こういう選手になりたい」というのを見つければいい、と。浜野(まいか)は若くて(18歳)まだ分からないので、「自分が似ているかも」という選手を挙げてもらい、こちらからはアンスファティ(バルセロナ)とか、孫興民(トットナム)とか、エムバペ(PSG)など、ワイドでプレーできるアタッカーを何人か挙げて、自分で判断してもらいました。

ーーINACは代表候補も多くいますが、ハイレベルな環境で自分のスタイルを確立してきた選手たちをまとめるのは大変そうです。

星川監督:そうですね。主張が強すぎる場合はマイナス面も見えます。日本には向いていないかもしれないな、とか(笑)。でも、メッシを扱えない監督はバルセロナやパリにはいられないわけです。そこまで行かなくても、選手はそれぞれキャラクターが違うので、試合に出る選手を特別扱いしないようにしながらどうコミュニケーションを取っていくか、という点はかなり気を遣いましたね。

ーー「個の強さ」という点では、やはり黄金期だった2011年当時のチームを思い出します。

星川監督:2011年の選手たちは、(今のINACの選手たちとは)W杯に出た回数や残してきた結果が違っていて、完成期に入っていました。今のINACで経験のある選手たちは、選手として完成までもう少しで、彼女たちほどタイトルを獲っていないので、両面で成長する必要があります。その中で、今季はそれぞれが成長したと思います。

【海外との差】

ーー練習や試合で最新テクノロジーやデータを活用されていたのが印象的でしたが、その点でも最先端をいくヨーロッパで得たものが大きかったのでしょうか。

星川監督:そうですね。2011年から12年当時、最新のスポーツ分析ソフトを使っているチームはJリーグでもトップクラスぐらいでしたが、今では当たり前のように使われています。パフォーマンスが数値化されて初めて分かることがあるし、相手チームの分析も簡単になりました。いろいろな数字があるなかで、どのデータが役に立つかを判断してチーム力の向上に結びつけるかが難しく、監督の腕の見せどころでもあります。時代の変化とともに、選手たちもデータに慣れてきましたね。

ーーINACの選手も日常的にデータに触れられる環境だったのですね。海外の選手と個人スタッツなどを比較すると、いろいろな面で違いがありそうです。

星川監督:日本人は全体的に運動量がありますが、高強度のプレーを継続する力は、海外の選手に比べると落ちます。トップスピードにも差がありますね。杉田はその差を埋める力がある選手で、だからこそ東京五輪で活躍できたのだと思います。アメリカやイングランドを見ればわかるように、リーグの質が高い国は、代表チームも強いですから。選手の全体的な能力の数値は、WEリーグ全体で上げていかなければいけないと思います。

ーーありがとうございました。

WEリーグトロフィーとともに
WEリーグトロフィーとともに写真:森田直樹/アフロスポーツ

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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