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MF國澤志乃が放つ揺るぎない「個」。長野に再び、女子サッカーの花を咲かせるために。

松原渓スポーツジャーナリスト
國澤志乃

【“第二の故郷”への復帰】

 プレーのスタイルには、その選手が辿ってきたキャリアが集約されている。また、試合中のさりげない振る舞いに、キャラクターの一端が見えることもある。

 AC長野パルセイロ・レディースのMF國澤志乃(くにさわ・しの)は、ピッチ上で独特の存在感を放つ。

 ポジションはボランチで、守備範囲が広く、対人プレーに強い。タックルや激しい接触プレーで倒れても表情を変えずに淡々とプレーする。大きなケガをしたことがなく、2014年から2019年まで、リーグ戦で97試合フル出場を続けた記録は今も破られていない。

「痛みに強いんです」と、國澤は笑う。

 力強いボール奪取から、矢のような鋭い縦パス。技術や俊敏性を生かす選手が多いなか、その強さやゴールへの推進力は異質で、海外仕込みの迫力がある。

 2016年に長野Uスタジアムで行われた神戸戦は、長く語り継がれてきたドラマだ。トップリーグに昇格して間もない長野が、優勝候補の神戸に0-2からの逆転勝利。神戸の華やかな代表選手たちをひと目見ようと集まった7,000人近い大観衆が、ジャイアントキリングに熱狂した。「サッカー不毛の地」と言われてきた長野で、女子サッカーの花が咲いた瞬間だった。

 この試合で、國澤は勝敗を決する3点目を決めた。

「スタジアムの雰囲気が『最後まで走り切る』という気持ちにさせてくれるんです」

 2019年からイタリアのセリエAに渡り、2シーズンの挑戦を終えて昨夏、長野に復帰した。国内復帰を考えた時、“第二の故郷”と慕う長野での再スタートに迷いはなかったという。

「長野の人たちはとても温かいです。閉鎖的と言われることもあるようですが、そんなことはなくて、すごくアットホーム。ご飯屋さんに行けばみんな応援してくれるし、以前は勤めていた会社の方達がスタジアムに応援にきてくれていたのも心強かったです」

 30歳になった國澤は今季、全試合に出場している。同年代が多かった以前のチームとは違う。新卒選手が多くなり、平均年齢は22.7歳まで下がった。

「本当に若いチームで、ベテランの立ち位置になった分、責任感もあります。ただ、自分自身も今まで以上に細かいところまでプレーの指導をしてもらいながら、サッカーを楽しんでいます」

 雪が残る練習場で、2月の後期始動日にそう語っていた。

 WEリーグは12試合を消化して、現在11チーム中8位。長野の小笠原唯志監督は、「相手によって試合の中で変化させていける」、通称“カメレオンサッカー”を掲げており、メンバーや布陣を固定していない。國澤も、今季はボランチに加えて3バックの左でも新境地を切り開いている。

長野で7年目のシーズンを迎えた
長野で7年目のシーズンを迎えた

【「個」を伸ばした環境と両親のサポート】

 國澤のプレーの個性は、ユニークなキャリアと密接な関係がある。高知、山梨、アメリカ、長野、イタリア、そして再び長野。

 変化に富んだ道を歩んできた。

「みんなと一緒の道に行くのではなく、ちょっと違うことをしてみたいなという思いがあって、直感に近いというか……自分自身は大胆な決断をしているつもりはなく、親が自由にやらせてくれたのも大きかったですね」

 三兄妹の末っ子で、幼少期からマイペースだった。ある時、帰ってきた兄と姉のそばに志乃がいないことに気づいた母が慌てて探しに行ったところ、近くの駐輪場で気持ちよさそうに寝ていたという。

 ある時は、犬の餌を取ろうとして腕に思い切り噛みつかれて流血。今も腕にくっきりと残る複数の歯型が、その痛みを物語る。だが、涙一つ流さずに淡々としていたという。その頃から、けた違いに我慢強かった。

 そんな逞しい娘が新しい道に進もうとするとき、両親は喜んでサポートした。

 WEリーガーの多くは小学生時代にサッカーを始めているが、國澤は中学生からで、特に遅い。それでも、1年後には日本サッカー協会主催のナショナルトレセンに選ばれた。そこで才能を見出され、山梨県の強豪、日本航空高校に進学。3年時には中心選手として、チームを全国3位に導いている。

 9歳から12歳のゴールデンエイジ(「運動神経や技術が最も伸びる」と言われる時期)の競技歴は、その後の成長を左右するとも言われる。そんな中、遅れてスタートを切った國澤が急激な成長カーブを描いたのは、周囲の環境も大きい。

「中学生の頃は大人もいるチームで、常に自分よりも体の大きな選手とプレーしていたことは大きかったです。高校は創設メンバーで2、3年生がいなかったので、すぐに試合に出ることができて、1年生から全国大会に行きました。大学はアメリカに行って、強い選手たちの中でもまれました。その頃の経験が、今のプレースタイルにつながっていると思います」

 国内で女子サッカーの強豪大学に進学する道も開かれていたが、「周りとはちょっと違う道を歩んでみたい」という思いが、アメリカ留学を決意させる。世界ランク1位のアメリカは、大学の女子サッカーも盛んでレベルが高く、相手を吹っ飛ばすタックルやスライディングは日常茶飯事。そのトップリーグでプレーした國澤は、卒業後に声をかけてくれた長野に入団を決めた。

【退路を絶って臨んだセリエA挑戦】

 当時は、一番最後にグラウンドに来て、練習が終わると一番最初に帰る。環境が変わっても、自分のペースを貫いていた。それでも、安定したパフォーマンスで5シーズン半にわたってフル出場を続け、2016年には代表候補に選ばれている。

 2度目の海外挑戦を果たしたのは、6シーズン目の28歳の時。ヨーロッパを希望していたが、どこでも良いわけではなく、「日本人選手がいない未開拓のリーグで挑戦してみたい」という思いがあった。

 チームは決まっていなかったが、これまでもそうだったように「行ってしまえば、なんとかなる」。そう考えて退路を絶ち、言葉通り未開拓だったイタリアの地を踏んだ。「チームがなければ、ピザ職人でもなんでもやってチャンスを待とうと考えていた」(2019年のコメント)と言うほど、覚悟を決めて。

 結果的に、國澤は練習参加を通じてセリエAの複数チームからプロのオファーを受けている。

 1年目は、U.P.Cタヴァニャッコという北部のチームだった。

強豪ユベントスの主軸サラ・ガマとの1対1を繰り広げた
強豪ユベントスの主軸サラ・ガマとの1対1を繰り広げた

「監督はイタリア語しか喋れないし、自分は英語しか使えなかったんです。それでも期待してくれて、1年目からキャプテンを任されました。監督とはよく話をしましたね。通じているかわからなかったのですが(笑)」

 筆者が2020年1月に現地でユベントス戦を取材した際、國澤はキャプテンマークを巻き、ポジションはボランチからセンターバックに変わっていた。ホリが深くて目力の強いイタリア人監督は、自己主張の強い若手選手が多い中で、文句も言わずコツコツ練習する國澤のプロフェッショナリズムを評価していた。試合では、屈強なイタリア代表選手と互角に競り合い、力強いプレーで目の肥えたファンを喜ばせていた。

 2年目は、イタリア中北部にある世界最古の共和国、サンマリノのチームに移籍。昇格したばかりの新チームで主力として奮闘したが、悔しくも1年で降格となった。

「セリエAでもう一年プレーしたい」と考えていたが、外国人枠の制限もあって移籍は容易でなく、世界はパンデミックに見舞われる。そんな時に、愛着のある長野から再オファーを受け、復帰を決めたのだ。

セリエA屈指のストライカー、ヴァレンティナ・ジャチンティとのマッチアップも
セリエA屈指のストライカー、ヴァレンティナ・ジャチンティとのマッチアップも写真:Maurizio Borsari/アフロ

【プロの矜持】

 以前は働きながらプレーしていたが、今季はプロ契約になり、自分の体と向き合う時間も増えた。

「午前中に体のケアや筋トレに時間を使えるようになったし、冬も割と明るい時間に練習できるようになったことは大きいなと思います。ケアには、毎日1時間ぐらいはかけるようになりました」と、意識の変化も口にする國澤。アメリカやイタリアでの海外経験を経て、日本でプレーする楽しさやレベルの高さも感じているという。

「(言葉の壁がなく)コミュニケーションが取れるのは大きいですね。海外だと縦に速い攻撃が多くて、ボールが行ったり来たりする展開が多かったんですが、日本の選手は相手の配置を見ながらポジションを取って攻撃するので、(パスが繋がる)楽しさも感じています。アメリカやイタリアではガチガチ体を当てるプレーに慣れていましたが、日本の選手は俊敏性があって、ギリギリで判断を変える巧さがあるので、奪いにいくタイミングは難しいですね。チーム全体で連動してガツン!と奪いにいけるぐらいの守備ができるようになれば、自分の良さをもっと発揮できるようになると思います」

 今、國澤が目指すのは、「ボールを握れる(保持できる)ボランチ」だ。駆け引きのスキルを鍛え、若さと勢いのあるチームに落ち着きをもたらしたいと考えている。

 声でチームを鼓舞するよりも、黙々と背中で見せるタイプだ。だが最近、ある行動を起こした。

「このチームは若くて、オフはうるさいのにサッカーになると静かになってしまう(笑)。オガさん(小笠原唯志監督)にもよく怒られているんです。それで先日、みんなを集めて、『オガさんに言われるだけでなく、自分たちでやっていこうよ』と話をしました。その日の練習は、みんな自分たちから声を出してくれていましたね」

 集団に群れず、言い訳はしない。今どき珍しい硬派なキャラクターで、内面には揺るぎない「個」を確立したプロの矜持がある。

 WEリーグは残り8試合。長野に再び女子サッカーの熱い炎を灯すため、黒髪のクールビューティーは今日も、凛とした表情でピッチを駆け抜ける。

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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