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WEリーグ首位快走を導くボランチ。MF中島依美の“圧倒的に高い基準値”と、9年越しの進化

松原渓スポーツジャーナリスト
中島依美(写真:アフロスポーツ)

【攻守の潤滑油に】

 豊富な経験が凝縮された、深みのあるプレー。それを見られるのは、スポーツ観戦の醍醐味の一つだ。

 INAC神戸レオネッサのMF中島依美は、神戸一筋で13年目を迎えた。今季はフル出場でチームを牽引。チームはここまで無敗で、リーグ首位に立っている。

 中島はボランチだが、センターバックとGK以外ならどのポジションでもプレーできる。

 華やかなゴールを決めたり、スーパープレーで魅せるというよりも、パスの供給だけで会場を沸かせるプレーができる。“いぶし銀”の魅力を持つ選手だ。

 身長は158cmで一見細身だが、体が強い。パスを受ける前に首を振って相手の動きを正確に把握し、ポジショニングや体の角度、腕の使い方などを工夫して敵を寄せ付けない。「中島選手からはボールが奪えない」と、ため息まじりに話す選手もいる。

 また、両足の精緻なキックは対戦相手を苦しめてきた。

 クロッサー、チャンスメイカー、配給役、リンクマン、ダイナモ、ハードワーカー、組み立て役、オールラウンダー。中島にはどの呼称もしっくりくる。マルチなプレーでチームを支える、まさに“縁の下の力持ち”だ。

【常勝軍団の背中】

 だが、中島自身の自己評価は、いつも驚くほど厳しい。それは、自身の中にある“目標値”が圧倒的に高いからだろう。

 なでしこジャパンがW杯で優勝する前の2010年から2012年にかけて、INAC神戸は黄金期を築いた。MF澤穂希(2015年に引退)を筆頭に代表の主力が揃い、MFチ・ソヨン(現チェルシー)やFWゴーベル・ヤネズなど強力な外国人選手もいる常勝軍団だった。当時、中島はウイングやサイドを主戦場とし、日々の練習から強烈な刺激を受けていた。

W杯優勝メンバーとともにプレーした(背番号19)/写真は2012年バルセロナ遠征時
W杯優勝メンバーとともにプレーした(背番号19)/写真は2012年バルセロナ遠征時写真:なかしまだいすけ/アフロ

「あの時代の選手たちの背中を見て、自分もそういう選手になりたい、と思い続けてきました。ボランチで澤さんが相手からボールを奪って、前のポジションの選手たちはゴールを奪う。サッカーIQがものすごく高い選手たちばかりでした」

 その後、年月は流れ、INAC神戸は世代交代が進んだ。中島は31歳になり、当時の先輩たちと同じ立場になった。その脳裏に刻まれた黄金期のメンバーたちの強さは色褪せていない。だが、チームは2013年以来、リーグ優勝から遠ざかっている。

 一方、20代の間に代表で国際舞台を数多く経験したことで、感覚のものさしは研ぎ澄まされた。

 2019年のフランスW杯(ベスト16)と東京五輪(ベスト8)では、強豪国の急速なレベルアップを目の当たりにし、基本に立ち戻った。

「世界レベルになるとスピード感が全然違っていて、『もっと判断を早くしなければいけない』と強く感じました。ゲームをコントロールする力が自分にはまだまだ足りないし、高めるためにはもっとサッカーを知らなければいけないな、と」

 そうした経験を糧にして、中島は今季、安定して高いパフォーマンスを見せている。

 黄金期のチームを率いていた星川敬監督が復帰したことは、中島が再び上を目指す気持ちの原動力になっている。

 INACは全員がサッカーに打ち込める恵まれた環境を持ちながら、これまでは力が拮抗した相手との試合で勝負弱さを見せることがあった。だが、今季は星川監督が掲げるポジショナルプレーを実践し、隙のない戦いを続けている。

 皇后杯では準備不足を露呈し、育成年代の日テレ・東京ヴェルディメニーナに敗れた。だが、その悔しさをリーグ後半戦へのエネルギーに変えている。

 9年ぶりに復帰した同監督の目に、中島の成長はどう映っているのだろう。

「以前の僕のチームではレギュラーではなかったし、代表にも定着していなかった。ただ、そこからINACで主力になって、代表でW杯や五輪も経験しました。その信頼感はすごくあるし、以前に比べると全体的に責任感のあるプレーも増えました。代表では攻撃に関わることが少なかったですが、INACに入って最初の頃は前のポジションで力を発揮していたので、得点も期待できる。ボランチから点を取っていた澤選手や宮間(あや)選手のようになってほしいし、今後はさらに高い位置で使う可能性もあります。(キックの)精度は彼女の武器。WEリーグのもう一つ上のレベルでも通じると思うし、もっとやれると期待しています」

 得点に関わるプレーや攻撃的なポジションでのプレーには、中島も前向きだ。

 ハイレベルな試合を見て、イメージトレーニングを続けている。日本では川崎フロンターレ、海外ではマンチェスター・シティを筆頭に、様々な試合を動画で見るという。好きな選手は、MFケヴィン・デ・ブライネ(マンC)。攻撃的MFとして、上質のアーリークロスや長短の精緻なパスでゴールを演出する世界屈指のチャンスメイカーだ。

「今まではアンカー(守備的MF)で、ボールを散らすプレーやパスの選択が多かったですが、一つ前のポジションに入った時にはもっと攻撃のスイッチを入れるようなパスを出したいし、ドリブルで運ぶプレーも使い分けていきたい。自分でシュートする意識も高まっています。

星川さんは(9年前と比べても)相変わらず、練習の内容がすごいなと。本当にサッカーをよく知っている方なので、学べることが多くて、楽しいです。ミーティングの映像もわかりやすくて、ポゼッションやカウンターなど、試合で起こり得る状況を想定した練習になっているので、『試合でこうなったらこうしよう』と選手間でしっかり話し合える。たくさん学んで成長しながら結果を出したいです」

代表で10年以上、国際経験を重ねてきた
代表で10年以上、国際経験を重ねてきた写真:ムツ・カワモリ/アフロ

【世界レベルのリーグを目指して】

 中島は、代表選手として世界の女子サッカーの勢力図が変化する激動の時代を戦ってきた。WEリーグが「世界レベル」に近づくためにはどうしたら良いと考えているのだろうか。

「スピード感とかフィジカル面の違いを埋めるために、海外の選手がWEリーグに来てもらえたらいいですよね。現状、海外の選手と対戦する機会は代表しかないですが、クラブでも海外選手と戦えればモチベーションになりますね。個人的には、WEリーグ王者が他国のリーグ王者と対戦する機会があればいいなと。以前やっていた『国際女子クラブ選手権』のような大会がまたあればいいですね。あれは楽しかったです!実現すれば、日本に来たいという外国人選手が増えるかもしれませんよね?」

 W杯優勝と前後して、INAC神戸は世界の強豪クラブと親善試合を積極的に組んでいた。また、2012年から3年間、欧州やオーストラリア、ブラジル、中国などのリーグ王者を招待して、日本サッカー協会主催で大会を行った。それが「国際女子クラブ選手権」だ。

 W杯優勝後の代表人気もスポンサーの協力に繋がり、BSフジで中継もされた。各リーグ王者のモチベーションは高く、試合はハイレベルだった。

 現在、女子サッカーのクラブ最高峰を決める大会は欧州女子チャンピオンズリーグだろう。同様の大会がアジアでも近年中に始まる構想はあるようだが、日本での開催に期待したい。

 なでしこジャパンは東京五輪後に池田太新監督が就任。中島は昨年10月の最初の合宿に招集されたが、1月のアジアカップではメンバーから外れた。しかし、代表への思いは変わらない。

「現役でやっている以上、上を目指す気持ちは変わらないです。まずはチームでしっかり結果を出すことが最優先だと思っています」

 静かで、力強い響きだった。

 WEリーグで上位チームとの対決が続く3月から4月は、優勝争いが佳境を迎える。

 チームを導き、タイトルを手にしてきたリーダーたちの背中を見てきた中島は、9年越しの勝者になれるだろうか。躍動する背番号7のプレーに注目したい。

9年越しのタイトル獲得なるか
9年越しのタイトル獲得なるか

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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