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杉田妃和がアメリカの強豪チームに完全移籍。WEリーグのトップランカーから、“世界と個で戦える”選手へ

松原渓スポーツジャーナリスト
杉田妃和(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【NWSLの強豪へ】

 ビッグネームの海外挑戦が続いている。

 INAC神戸レオネッサのMF杉田妃和(すぎた・ひな)が、アメリカのポートランド・ソーンズFCに完全移籍する。オファーを受け、3年契約での完全移籍だ。

 同クラブはNWSL(アメリカ女子プロサッカーリーグ)の強豪チームで、昨季の国内カップ戦王者。東京五輪金メダルのカナダ代表を率いたFWクリスティン・シンクレアや、アメリカ代表のMFクリスタル・ダンなどのビッグネームが揃う。

 また、世界の女子サッカーでも有数の人気チームだ。ホームのプロビデンス・パークにはコロナ禍でも平均12,000人超が入り(コロナ前は2万人超)、チームカラーの黒と赤を纏ったサポーターでスタンドが埋まる。その光景は圧巻だ。

 杉田のチャレンジは、刺激に満ちたものになるだろう。

ポートランド・ソーンズFC
ポートランド・ソーンズFC写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 同クラブは、長く杉田の動向を追ってきたようだ。公式サイトで、杉田について「日本のWEリーグで最高のミッドフィールダーの1人である杉田は、彼女のポジションで世界最高の1人になる可能性を秘めています」と言及。また、ヘッドコーチのリアン・ウィルキンソンの言葉をこう伝えた。

「彼女は勇敢で、常に(相手にとって)危険なプレーをする。他の人には見えないパス(コース)が見えています。彼女のフィールドでのビジョン、創造性、ボールコントロールは、タイトなマークを抜け出し、相手チームを打ち破ることを可能にする特徴です」

【決断を後押しした一戦】

 杉田は藤枝順心高校時代から創造力あふれるプレーとテクニックで頭角を現し、年代別代表ではチームを牽引。2014年のU-17W杯(優勝)と2016年のU-20W杯(3位)で大会MVPに選出された。

 そして、高校卒業後の2015年にINAC神戸に加入し、7シーズン。WEリーグが開幕した今季は背番号10を任され、首位堅持に貢献してきた。

 杉田は細身だが体が強く、大柄な選手にもコンタクトプレーでは負けない。相手の出方を予測する力や駆け引きのスキルが高く、インターセプトやサイドアタックなど、味方との連携プレーが得意だ。相手の守り方によって判断を柔軟に変えるため、DFは奪いどころを見つけにくい。また、ボランチからサイドハーフにコンバートされた一昨年以降は攻撃力に磨きがかかり、コンスタントに強みを発揮している。

左サイドで新境地を切り開いた
左サイドで新境地を切り開いた写真:森田直樹/アフロスポーツ

 その真価を昨夏の東京五輪で示した。

 イギリス戦(●0-1)では、2020年のFIFA最優秀女子選手に選ばれたDFルーシー・ブロンズとマッチアップ。1対1の勝負で圧倒し、世界に通用する「個の強さ」を示した。

 INAC神戸にとって、そんな中心選手がシーズン中に抜けてしまうことは痛手だろう。NWSLは3月中旬にカップ戦が始まるため、今の時期に移籍すればINACのタイトルを見届けることはできない。杉田にとっても苦渋の決断となったが、最後は自身の想いを貫いた。

 1月28日に行われたオンライン取材で、杉田は海外挑戦を決断した経緯を振り返っている。

「自分は日本(でのプレー)が合っているなと思っていましたが、アンダーカテゴリー(世代別代表)で世界を相手にする中で、日本とは全然違うプレーを見せられました。海外への興味が出てきたのは、そういう選手たちと戦ってからです」

 2019年のフランスW杯と2021年の東京五輪を経て、「プレーの幅を大きく広げるために海外で挑戦したい」という思いはさらに強くなった。2019年W杯のオランダ戦は、その大きなきっかけだった。

 この試合、日本はオランダに対して多くのチャンスを作ったが1得点しかできず、逆にセットプレーから2失点し、ベスト16敗退となった。オランダとの勝負は紙一重にも見えたが、90分間を戦い抜いた杉田は、確かな力の差を感じていたという。

「『どうやって点を取るのか』、『どうやって相手を止めるのか』を考えた時に、オランダ戦は(日本が)個人で打開する力があまりにもないな、と感じたんです。選手がいい距離感でプレーできるのが日本の良さなのに、それをさせてもらえませんでした。今後、(相手の)レベルが上がったらそれはまた起こりうることだし、このままでは壁にぶつかるだろうなと思いました」

19年W杯のオランダ戦が転機となった
19年W杯のオランダ戦が転機となった写真:ロイター/アフロ

【「個」を磨くために】

 壁にぶつかった時にどうしたらいいのか? そこで「考え抜く力」も、杉田の強みだ。

 INAC神戸で入団当初は、周囲に合わせすぎて自分の“色”を出せないジレンマを味わった。「どうしたらINACのサッカーの中に入っていけるんだろう、という葛藤があって、(入団当初は)正直、サッカーを楽しめていないという思いもありました」と振り返る。

 実際、1年目はほとんど試合に関わることができなかった。だが、もがきながらも日々の練習で成長のヒントを探し、一歩下がっても2歩前進した。そして、2年目にリーグ新人賞を獲得。

「徐々に積み重ねて、自分の良さや、できるプレーも変わっていきました」

 2018年になでしこジャパンに入ってからは、さらにハードルが高くなった。

 国内リーグには外国人選手が少なく、対外国勢の強さや激しさはイメージしづらい。しかし、国際試合ではフィジカルと技術を併せ持つ外国人選手たちに「世界基準」を見せつけられる。

 そのギャップをどう埋めたらいいのかーー。考え抜いてきた杉田の口調には、迷いがなかった。

「日本のサッカーは、(外国人チームに対して)フィジカルやスピードで劣る分、(選手の)距離感を近くして、サポートの質が高い中でプレーしているので、より早くて的確な判断を求められてレベルを上げることができました。ただ、(外国人選手の)個人の突破力や、相手を止める力は日本にないところだと思います。それは国内リーグで(鍛えるの)は難しいところもあるので、(そういう)個人のスキルを、今までとは違う雰囲気やプレースタイルの中で磨きたいと思っています」

 なでしこジャパンの主力選手の多くは欧州でプレーしているが、アメリカを選んだ理由は?

「アメリカは世界でもランキングがトップレベルで、日本に(サッカーが)似ているのはヨーロッパかもしれませんが、自分は日本でできなかったことに挑戦したいので、アメリカでプレーしたいと思いました」

 欧州は男子のビッグクラブが多く、プレー環境や戦術面の発展が早い。また、女子チャンピオンズリーグで戦えることも魅力だ。

 一方、アメリカは代表が世界ランキング1位で、代表選手たちが国内リーグでプレーしている。日本人では、2011年W杯優勝メンバーであるMF川澄奈穂美やFW永里優季など経験豊富な選手たちが長く活躍している。個を磨きたい杉田にとって、理想的な環境だろう。

「普通に考えたら『パワーやスピードで日本人が負けるだろう』と思われる局面を打開していくのは楽しいと思うので、どのポジションでも自分の色を出したいです」

 杉田は軽やかな口調で言った。

 東京五輪後になでしこジャパンが新体制になり、昨年11月の欧州遠征と今回のアジアカップでは選外となったが、代表への強い思いは変わらない。「来年のW杯や、その先の五輪の時にはどんな自分になっていたいか?」との質問に、杉田は力強くこう答えた。

「もっとパワフルなプレーを見せられると思います。貪欲さなど、プレー以外のところでも見せられることが増えると思います」

 駆け引きへの探究心と勝負に対する熱さで、国内リーグを盛り上げてきた。その滾(たぎ)るような気持ちの強さをアメリカでは圧倒的な個の強さに昇華させ、満員のスタジアムを杉田コールで沸かせてほしい。

3月からアメリカでの挑戦が始まる
3月からアメリカでの挑戦が始まる写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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