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ウクライナ、メキシコとの対戦が決定。東京五輪2カ月前、なでしこジャパンの現在地

松原渓スポーツジャーナリスト
海外勢を想定し、男子チームとのトレーニングマッチを2試合行った

【メンバー選考の最終局面】

 現在、日本は新型コロナウイルスの変異種出現などで、感染の再拡大による医療体制の逼迫が続き、東京五輪大会開催をめぐっては国民の大半が否定的な見解を示している。

 海外の一般観客の受け入れはなくなり、大会自体が無観客となる可能性もある。来日する大会関係者の数は大幅な削減が予定されるが、それでも、パラリンピックを合わせて9万人以上が来日すると言われる。入国時の水際対策や毎日のPCR検査などの徹底も大変だが、感染対策を含めた費用の膨張、医療逼迫の中で看護師や医師の派遣依頼、国内のワクチン接種が進まない中での五輪選手の優先接種など、国民の理解を得るのが難しい側面もあるのが現実だ。

 アスリートは厳しい立場に置かれているが、五輪が選手にとって、人生のハイライトとなる舞台であることに変わりはない。また、その舞台に立った時に最高のパフォーマンスを発揮できるように努力を重ねるのが、各競技や国を代表する選手の仕事でもある。

 なでしこジャパンは、東京五輪でのメダル獲得を目指して海外遠征などを重ねてきたが、パンデミックに陥った昨年4月以降は、すべての対外試合が白紙になった。その後、昨年10月に活動を再開し、国内合宿で強化を進めている。今年4月中旬に行われた五輪の組み合わせ抽選会では、カナダ、イギリス、チリと同グループに入ることが決まった。

 現在は18人のメンバー選考の最終段階に差しかかっており、5月11日から17日にかけて、福島県のJヴィレッジで1週間の合宿を行った。

 合宿の初日に高倉麻子監督は、開催の可否が議論されていることについてメディアから質問されると、「本当に、繊細で難しい問題だと思います」と、自身の考えをこう語っている。

「大会が開催されるとしても、されないとしても、選手たちが自分自身のサッカーを見つめて一日一日、レベルアップしていくという姿勢は変わらないと思います。(開催については)私たちが手の届かないところの問題なので、真摯にサッカーに向き合って、今までと変わらず努力していきたいです」

 コロナ禍でマッチメークも難しい状況が続いているが、4月にはパラグアイ、パナマとの対戦が実現。会場はユアテックスタジアム仙台と、五輪決勝戦の会場となる新国立競技場が使用され、期間中は選手やスタッフを隔離し、泡で包むように外部の人達と接触を遮断する「バブル」システムが採用された。結果は、2試合とも7-0で勝利。今後は6月にも親善試合2試合が予定されており、対戦相手はウクライナとメキシコに決まった。

 ただし、両チームとも五輪には出場せず、FIFAランキングでは日本の11位に対してウクライナが31位、メキシコは28位だ。五輪の組み合わせを見ると、チリ(37位)、カナダ(8位)とイギリス(※)で、日本は出場12カ国中でも上から8番目だ。6月にコロナ禍のリスクもある中、はるばる東欧や南米から来日してくれることには感謝しかない。だが、本番に向けての強度不足という懸念は残る。その点、国内合宿で継続的に行っている男子高校生や大学生との合同練習やトレーニングマッチが、現状、強豪国のパワーやスピードをシミュレーションできる貴重な機会だ。

 Jヴィレッジで行われた今回の合宿は、国内組が中心となった。ケガもあり、3月の合宿には招集されていなかったFW小林里歌子とMF遠藤純の他、DF土光真代が約1年ぶり、GK平尾知佳が1年2カ月ぶりに代表活動に復帰。ここに海外組を含めた30名余りが、五輪選考の対象となる。

 日本は今年、女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」がスタートするため、現在はプレシーズンで、代表活動は組みやすい。6月の2連戦の後、メンバー発表から本大会までは約1カ月となる。

「ここから急激に伸びてくる選手が、もしかしたら東京五輪のキープレーヤーになる可能性は十分にあると思います」

 高倉監督は、チームを勢いづける選手の台頭をギリギリまで見極めるつもりだ。

※英国はイングランド(FIFA女子ランク6位)、ウェールズ(32位)、スコットランド(23位)、北アイルランド(48位)に分かれていて、4つのサッカー協会があり、各協会ごとに代表チームを持つ。しかし、五輪では各国の五輪委員会でなければ出場が認められない。イギリスの五輪委員会が東京五輪でイギリス代表として編成する意向を示して4協会が合意し、2019年の女子W杯(兼東京五輪欧州予選)のイングランドの結果(4位)により出場権を獲得したため、東京五輪はイギリス女子代表として出場することとなっている。

【環境の変化が促すパフォーマンス改革】

 9月開幕のWEリーグに向けて、各チームが始動してから約3カ月が経過し、選手たちの動きのキレが増している。代表選手たちの所属チームは、クラブのプロ化に伴って練習時間が繰り上がり、選手は体のケアや筋力トレーニングなど、自身のパフォーマンス向上に時間をかけられるようになった。

「フィジカルトレーニングを増やして、筋肉量を上げた」(DF三宅史織) 

「体のケアを重点的に」(FW菅澤優衣香)

「長いボールを蹴るための腰、お尻周りの筋力アップ」(GK山下杏也加)

「筋トレとスプリント」(DF清水梨紗)

「キックの球種を増やすこと、同じフォームで違う位置に蹴る技術」(DF南萌華)

「高強度の持久力、反転、相手について行く動き」(MF三浦成美)

 このように、各自がパフォーマンス向上に向けて取り組みを強化している。食事面では、自炊している選手も多い。MF遠藤純は大学で栄養学を学び、バランスの良い食生活を心がけているという。また、元々他の選手に比べて食が細かったDF三宅史織は、間食や補食に加えてプロテインやサプリも活用し、目標としてきた筋肉量の基準値を達成したことを明かした。また、DF北村菜々美は、睡眠時間を増やして心身のコンディションをキープしているという。

 五輪は中2日で6試合をこなす過密日程で、交代枠も通常の「3」から「5」に増える。複数のポジションをこなせるユーティリティプレーヤーは有利で、どのポジションでも、自分からアクションを起こしていく力が求められる。

 チームの骨子となるのは2019年のW杯に出場した選手たちだが、それ以降に候補入りした選手も、チャンスを掴むために必死のアピールを見せる。

「五輪は18人の狭き門ですが、自分の良さを出し切る部分で後悔はしたくない」(MF塩越柚歩)

「今まで支えてくださった方に恩返しするためにも、絶対にメンバーに入りたい」(DF土光真代)

「自分が東京五輪に出るんだという強い思いを持ち続けて、諦めずに取り組み続ける」(FW浜田遥)

「複数ポジションができることを強みに、1対1で負けないところを徹底してアピールしたい」(DF脇阪麗奈)

 合宿前には各選手に、五輪の対戦国の映像が配られた。ただし、今回の合宿では対戦国の対策練習などは行わず、これまで積み上げてきた攻守の細部を徹底することと、個々のレベルアップにフォーカス。ポゼッションの質の向上や、守備のスイッチの入れ方に力を入れた。また、不慣れなポジションでの起用は少なく、全員が本職か、それに近いポジションでプレーすることが多かった。

 対戦国を想定した練習は、6月以降になる。カナダやイギリス、そしてチリも、なでしこのサッカーを、映像やこれまでの対戦経験から徹底的に分析しているだろう。今の時代、サッカーの最新テクノロジーは驚くほど進化しており、ビッグデータをもとに、試合中のプレーを瞬時に分析して複数の解決策を示すシステムもある。ピッチではスペースの奪い合いと共に、情報による駆け引きも繰り広げられているのだ。

 ポゼッションをベースに、相手の変化に対応していくことは日本が磨いてきたことの一つだが、相手の強みを消すことを優先し、戦い方を変えさせるようなしたたかさも持っておきたいところだ。

【海外勢を想定した理想の相手】

 合宿の3日目と6日目には、地元のふたば未来学園高校、いわきFC U-18を相手に合同練習とトレーニングマッチを実施した。前者は30分×3本で戦い、結果は合計3-1で勝利した。相手が前から奪いにきた時もビルドアップはスムーズで、主導権を握る時間が多く、MF杉田妃和、FW菅澤優衣香、FW浜田遥がゴールを決めている。

 一方、16日のいわきFC U-18戦では、相手のプレー強度が高く、組織的な守備にも苦戦。45分×2本と30分1本の120分を戦い、結果は2-4で敗れた。雨と強風でパスやトラップのコントロールが乱れたところを素早い出足でインターセプトされ、ミスからカウンターを受ける場面がいくつかあった。いわきFC U-18は引いてブロックを作り、カウンターを狙う時間帯もあり、結果的にはその思惑通りになってしまった面もある。

 これまで男子チームに力を借りて、数多くの練習試合をしてきたが、プレースタイルや強度は様々だった。その中でも、戦術的なレベルや個々のフィジカル能力の高さなど、いわきFC U-18は海外勢を想定した理想的な相手に思える。

 DF清水梨紗は、「(自分たちの)センターバックが運んでいくのか、サイドバックやボランチを使いながら進んでいくかの判断が、90分間を通して難しかった」と、相手の堅い守備に穴を空けるボールの動かし方に苦戦したことを吐露。その上で、相手の背後を狙いながらボランチを使う駆け引きや、攻撃時のリスクマネジメントを徹底すること、守備では数的優位の状況で確実に奪い切ることなどを課題に挙げた。

 また、FW菅澤優衣香は、「どのタイミングでファーストディフェンダーがいくかは、自分たちFWがもっとはっきり決めなければいけない」と、守備のスイッチの入れ方を向上させていくことを修正点に挙げていた。

 2試合を通じて、4-4-2、4-3-3、4-2-3-1の3つのフォーメーションを使い、組み合わせや新しいコンビネーションを試すことができたのは収穫だろう。中盤は流動的に動ける選手が多いため、相手によって柔軟に変化させられる。また、どの形でも、MF中島依美とMF三浦成美のダブルボランチと、左サイドのMF杉田妃和の組み合わせは安定感があった。これまでは4-4-2が基本だったが、高倉監督は、「4-3-3で、インサイドハーフが自由に動くのは日本にもあっているのかなと感じつつ、誰を並べるかで変化をつけていけたらと思います」と、新たな可能性も示唆する。

 個人に目を向けると、プレッシャーが強い中で、FWでは菅澤のポストプレーが攻撃の起点になる場面が目立った。1点目は清水のクロスにうまく抜け出し、相手GKの位置を見極めた完璧なループシュート。「海外の選手にも通用するぐらいのコンディションに戻ってきたと思います」と、菅澤自身も手応えを感じているようだ。

 2点目は、FW浜田遥が右サイドの角度のない位置からシュートを放ち、ポストの跳ね返りをFW上野真実が押し込んだ。浜田は昨年11月の活動で初招集されたが、これまでに男子選手とのトレーニングマッチでは4点を決めており、決定力が光る。

 次のなでしこジャパンの活動は6月。10日にエディオンスタジアム広島でウクライナ女子代表と、13日にはカンセキスタジアムとちぎ(栃木県)でメキシコ女子代表と対戦する。仮想カナダ、チリといったところだろうか。

 メンバー選考の最終選考の場でもある。大会1カ月前の日本の仕上がりを確認しつつ、選手たちのラストアピールを見届けたい。

※表記のない写真はすべて筆者撮影

高倉監督・選手コメント

(左から)菅澤優衣香、中島依美、杉田妃和
(左から)菅澤優衣香、中島依美、杉田妃和

(左から)木下桃香、中島依美
(左から)木下桃香、中島依美

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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