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「サッカーが楽しくなってきたんです」。ノジマステラ神奈川相模原、小林海青が掴んだ「スペース」の作り方

松原渓スポーツジャーナリスト
小林海青(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【WEリーグ元年の挑戦】

 3試合で12失点、得点はわずか「1」。WEリーグのプレシーズンマッチで、ノジマステラ神奈川相模原はここまで3連敗。初戦でアルビレックス新潟レディースに0-6、第2戦は浦和レッズレディースに1-5で大敗し、5月8日のAC長野パルセイロ・レディース戦では、後半アディショナルタイムの失点で力尽きた。

 長野戦の試合後、スタンドに向けて頭を下げる選手たちの顔には、悔しさと疲労が色濃く表れていた。

 顔を上げたDF小林海青(こばやし・みはる)は、何かを考えるように、一点を見つめていた。

「プレシーズンマッチと言っても、お客さんが見ている試合なので、もっと勝敗にこだわらなければいけないと思っています。今日は1失点でしたが、その前の2試合も大量失点して不甲斐ない試合をしてしまいました。(プレシーズンマッチは)あと1試合しかないので、自分たちがどうしたいのかをもう一回話し合って、外から言われて動くのではなく、試合中に話して解決していかないといけないと思います。全員が自分のことだと思って取り組んでいかないと、本当にこのままではいけないと思っています」

 試合後、小林は自分に言い聞かせるように、切実な口調で語った。

 公式戦ではなくても、9月の開幕を待ち侘びるサポーターにとって、新たに船出したチームを会場で見ることができる貴重な機会だ。

 一方、ノジマの北野誠監督は、ミスの多さや決定力不足などが敗因につながったことを振り返りながらも、「チームでやろうとしていることは継続してできているので、開幕に向けてまたしっかりやれればと思います」と、軸はぶれていないことを強調。残り1試合に向けた心構えを聞くと、「プレシーズンは準備。周りが煽っても、自分にとっては練習試合です」と、勝敗は度外視していることを示唆した。

 北野監督は今年で就任2年目になる。「戦術は相手によって変わるもの」と、相手によって狙いを変えながら勝つ戦略を提示してきた。1年目の結果は10チーム中8位だったが、新しいサッカーの一端は示した。中でも、上位トップ3の浦和、INAC神戸レオネッサ、日テレ・東京ヴェルディベレーザに対しては、相手の強みを消しながら戦い、拮抗したゲームを展開。だが、シーズンを通して得点が伸びず、中位や下位のチームにも勝ちきれない試合があった。

 今季は、MF脇阪麗奈、MF井上陽菜をはじめ、中盤に即戦力を補強。「全員攻撃、全員守備のトータルフットボールを目指します。そのためにも、ポジションの概念を崩さなければいけないと思います」と、北野監督は昨季の土台を強化し、WEリーグ初代チャンピオンを目指すことを公言している。

 だが、これまでのところ、状況は極めて厳しい。ケガ人の多さも、結果が上向かない要因だろう。元々、登録人数は21名と少なめで、プレシーズンマッチでは毎試合、サブの7枠が埋まらない状況だ。中でもMF松原有沙の不在は痛い。1対1に強く、ボールの収まりどころになる彼女がいるかどうかで、戦い方の幅も変わってくる。

【サッカーの見方を変えたスペースの捉え方】

 連敗続きで、選手はモチベーションを維持できているのだろうか。それについて、小林海青が意外な形で一つの回答を示している。

 小林は、自身がMCを務めるラジオ、エフエムさがみの「それゆけ!月光団 本部"小林海青のステラな時間"」 で、「サッカーが面白いと思ったのは最近です」と、驚きの発言をしている。またその理由について、「サッカーの見方とか考え方が変わったからです」と説明した。

ノジマステラのユニフォームを着て7シーズン目を迎えた(左は北方沙映、右は松本茉奈加)
ノジマステラのユニフォームを着て7シーズン目を迎えた(左は北方沙映、右は松本茉奈加)

 ベレーザの下部組織で育ち、年代別代表経験もある小林は、ベレーザで2011年から4シーズンプレー。15年にノジマに加入し、DF石田みなみと並んで7年目の最古参選手になった。様々な指導者の下でサッカーをしてきた小林の目を開かせたのは、どのような発見だったのか。

「これまで長くサッカーをしてきた中で、1対1での駆け引きで勝つことが楽しいと思っていました。でも、北野監督のサッカーは、相手も含めてピッチ全体を見ながらどこを突破していくかを考えて、それによって自分の立ち位置も変わります。たとえば、これまでシンプルに『相手がプレスをかけにきた』と認識していた場面で、『この人がプレッシャーをかけにきたから、ここにスペースができる』と考えるようになりました。そうやってスペースを意識できるようになったら、すごくサッカーが楽しくなってきたんです。将棋などのボードゲームをしている感覚で、どこが動いて、どこが空いて、それによって試合を有利に運ぶことができるんだな、と」

 攻撃をしながらスペースを意識するようになると、守備の捉え方も変わってきたという。

「相手が何をやられたら嫌か、ということを考えるようになりましたね。攻撃の練習の中で、自分が守備をするために出ていくことで生まれるスペースを意識して、どこでそのリスクを冒すべきか、よく考えるようになりました」

プレシーズンマッチ、長野戦(左は長野の川船暁海)
プレシーズンマッチ、長野戦(左は長野の川船暁海)

 そのようなスペースの認知力を前提として、ノジマはこのプレシーズンマッチではボールを運ぶことにチャレンジしている。相手を見ながら意図的にスペースを作り出し、そのスペースを効果的に使う。その連続が、戦術になる。

 小林は長野戦で、利き足の左でボールを晒し、奪いにきた相手の逆を取るスキルフルなプレーを何度か成功させた。終盤の86分には、ボールを奪いにきた相手をかわし、背後でマークをかわした脇阪に絶妙のパスを通している。こうした形が3つ、4つと連動していけば、駆け引きの要素が凝縮され、ポゼッションも、縦に速いダイナミズムも兼ね備えたサッカーになるのだろうな、と想像できた。

 とはいえ、現状はそのようなシーンは少ない。強度の高いプレッシャーをかけられるとミスでボールを奪われることが多く、新潟戦や浦和戦ではセットプレーやクロスから失点を重ね、守備の脆さが露呈した。新戦力が加わり、実戦の中で攻守のイメージをすり合わせていくことも課題だ。

「それぞれ、今までやってきた環境が違う分、相手の逆をとって狭いスペースで崩したい選手と、もっと広いスペースに運んでいきたいと考える選手がいるので、そこは、まだ合わない場面が多いですね」

 イメージが噛み合ってボールを持つ時間が増え、歯車がスムーズに動くようになれば、小林の特徴であるスピードや運動量も、より効果的に活かされるようになるのだろう。

 ラジオでは、パーソナリティの小林が毎回ゲストを指名する。北野監督を指名した回では、2人がまるで同年代の友人のような距離感で、軽妙なやりとりを披露していた。チーム関係者に聞いてみると、北野監督と友達口調で話す選手は少なくないという。それも、選手たちと信頼関係を築き、目指すサッカーを具現化するための、北野流マネジメントなのだろう。

北野誠監督
北野誠監督

 コロナ禍で練習見学や取材ができない現在は、こうしたラジオなどのメディアも、監督や選手のパーソナリティに触れ、チームを知ることができる貴重な機会だ。とはいえ、選手が自分を最大限に表現できる場はやはりグラウンドだ。ノジマの試合を見るときに、どんなポイントから見ればより楽しめるかを聞くと、小林はじっくりと考えを巡らせるように間を置いた後、こう語った。

「試合の入りのところで、チームの狙いがどこにあるのかを探してもらうと面白いと思います。プレスをかけてくる相手を自分たちのコートに引き込むのか、それとも相手のコートに一回押し込むのか。あとは、誰がサイドでポイントを作るのかということも、試合によって違いますから。その中で、相手がそれに対して戦い方を修正してきたら、やっている私たちも面白いし、見ている方もさらに楽しくなると思いますよ」

【プロ選手への変化】

 ノジマは創設10年目を迎え、その節目でプロクラブになった。チームは寮制で、選手たちは一つ屋根の下で暮らしている。昨年までは親会社で家電量販店の「ノジマ」に勤めていたため、職場も同じだったが、今年からはプロ選手たちはサッカーに集中できる環境となった。

「生活リズムが一緒ですし、家族みたいなチームですね。ここ数年で選手の入れ替わりがありましたし、今年からはプロクラブになったことで、今までの家族感は薄れてきている感じもしますが……プロとして、それぞれが自立心を持って変化していくことは悪いことではないと思います」

 小林の姉の(小林)海咲も、ベレーザでプレーした元なでしこリーガーだ。姉は6年前にサッカーからフットサルに転向し、関東女子フットサルリーグの「シュートアニージャ」でプレー。日本ではセミプロ契約選手第一号となった。一方、妹の海青は、リーグデビューから11年目の今年、WEリーガーになった。プロになって、一番の変化はどのようなところにあるのか。

「これまでは、うまくいかないときに『仕事があるから』と、心の中で言い訳してしまう時もあったのですが、それがなくなりました。プロは自分次第で良くも悪くも変わるな、と実感しています。2時間の練習の(質を上げる)ために他の時間を使うこともできるし、ある意味で、これは24時間仕事をしていると思ってもいいんだな、と。それで、ケアに回す時間を増やしたり、これまで取り組めなかったトレーニングにも取り組んでいます。Jリーグもかなり見るようになりましたね。娯楽としてではなく、仕事の延長と考えて見るようにもなりました」

 小林は、サッカー以外でも多才な面を持っている。書くことが好きで、一昨年から2シーズン、マッチデープログラムで連載していた。小林が紡ぐコラムや文章は、メリハリが効いていて、ニヤリと笑ってしまうポイントがある。ラジオも驚くほどの自然体。だが、ゲストの本質的な魅力を引き出していく。読書や人間観察が好きで、趣味のカメラは複数台持っているのだという。

「好きになると、突き詰めるタイプかもしれません。書くのは好きですね。自然体で書いているつもりですが、実は結構作り込んでいるかも。文章を考える時には、“覗き穴から見ているような感覚”で書いています」

 小林にとって、試合で良いパフォーマンスを発揮するためのいい準備は、「とにかく自由に、自然体でいること」だという。

 ノジマのプレシーズンマッチ最終戦は、5月29日に、ホームの相模原ギオンスタジアムで大宮アルディージャVENTUSと対戦する。

「プレシーズンマッチは内容も大事ですが、1勝もできないまま9月のリーグ開幕に向かうのか、それとも1勝して向かうのかでは全然違うと思うので。勝ちたいですね」

 地元サポーターに1勝を届けることができるか。小林が教えてくれた観戦ポイントを思い出しながら、試合を楽しんでみたい。

※文中の写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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