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トライ&エラーで成長するWEリーグ・AC長野。プレシーズンマッチで初勝利、テーマは「超アグレッシブ」

松原渓スポーツジャーナリスト
WEリーグのプレシーズンマッチでノジマ(赤)と長野(紺)が激突

【初勝利を引き寄せた戦略】

 5月8日と9日に行われた、女子プロサッカー「WEリーグ」のプレシーズンマッチ。大宮アルディージャVENTUSがNACK5スタジアム大宮(埼玉県)にサンフレッチェ広島レジーナを迎えた新規チーム対決は、2,834名の観客が入り、Jリーグさながらの雰囲気の中で行われた。結果は広島が、FW上野真実のゴールで1-0と勝利している。AGFフィールド(東京都)では、昨季皇后杯女王の日テレ・東京ヴェルディベレーザとジェフユナイテッド市原・千葉レディースが対戦。MF安齋結花が決めた1点を守り抜いた千葉が、1-0で勝利を収めた。また、角田市陸上競技場(宮城県)ではマイナビ仙台レディースとちふれASエルフェン埼玉が対戦し、結果は0-0のドローだった。

 そして、佐久総合運動公園陸上競技場(長野県)で行われたAC長野パルセイロ・レディースとノジマステラ神奈川相模原の一戦は、終了間際に決勝ゴールが生まれている。

 両チームとも、監督は相手によって戦略を変える駆け引きを得意としている。長野の小笠原唯志監督は、チーム作りのビジョンについて2月に話を聞いた際、走力や巧さ、経験値を積み重ねながら、「相手によって試合の中で変化させていけるサッカー」を掲げていた。一方、ノジマの北野誠監督はJリーグを例に挙げ、「試合中、10分、15分で戦い方を変えていくような(両チームの)戦い方の変化」を、女子サッカーのスタンダードにしていきたいと語っており、目指す方向性には共通点が見られる。ただし、両チームともここまでプレシーズンマッチは2試合を戦い、共に2敗でこの試合を迎えていた。

 両チームともにプレッシャーの中でミスが目立ち、攻守が激しく入れ替わる試合となった。前半、長野は左サイドのMF村上日奈子が相手の背後を狙う形から惜しいチャンスを何度か作り、ノジマもFW松本茉奈加のスピードを生かす形から決定機を作った。だが、共にラストパスやシュートの精度を欠き、1対1の場面では長野のGK新井翠とノジマのGK久野吹雪のファインセーブもあり、ゴールをこじ開けることはできなかった。

F北方沙映(ノジマ)、村上日奈子(長野)
F北方沙映(ノジマ)、村上日奈子(長野)

 長野は後半、6人の交代選手を投入し、フォーメーションも変更。小笠原監督は、その狙いをこう振り返る。

「後半、相手がボールの動かし方を変えたので、ダブルボランチにして3トップにし、相手が回してくるのを抑えながら、最後は点を取りにいくためのオプションとして泊(志穂)選手と藤田(理子)選手を入れました」

 最後の得点シーンでは、まさにその狙いが的中した。泊はフル代表経験もある経験豊富なストライカーだ。藤田は昨年、ディフェンダーとしてプレーしていたが、小笠原監督は「前から一生懸命走る選手」と、守備面の貢献を生かす形でこの試合は前線に起用。2人が積極的なプレスから流れを生み出し、同じく途中出場のFW川船暁海が果敢なドリブルで仕掛け続けたことも、ゴールへの伏線となった。

 アディショナルタイム3分。右サイドの川船が仕掛けて2人を引きつけ、パスを受けた右サイドバックのDF肝付萌が、泊とワンツーで相手をかわし、ペナルティエリア内に走り込んだMF瀧澤莉央にパス。瀧澤がダイレクトで中央に折り返すと、逆サイドから走り込んでいたMF稲村雪乃が右足を振り抜く。

 稲村は試合後、相手守備陣が密集するバイタルエリアを鮮やかな連係で崩した仲間への感謝を込めながら、「ここは絶対に決めなければいけない、という気持ちで押し切りました」と、気持ちのこもった一振りでゴールネットを揺らしたことを語った。

稲村雪乃
稲村雪乃

【異なるテーマで臨んだ3試合】

 プレシーズンマッチは、9月のリーグ開幕に向けたチーム作りの場だ。とはいえ、観客が入った中、本番に近い緊張感で行われるため、練習試合では出ないような課題も出てくる。

 また、WEリーグはなでしこリーグ1部だったチームが多く、昨季は2部で戦った長野にとって、対戦相手は格上のチームが多い。だからこそ、プレシーズンマッチから得られる課題や成果は、成長への大きな糧になるだろう。その機会を、小笠原監督は最大限に生かしている。

 ここまで、3試合で19名が先発。交代も含めて23名の選手がピッチに立った。選手の配置やフォーメーションは固定しておらず、1試合ごとに異なるテーマで戦っている。

 初戦のINAC神戸レオネッサ戦(0-3)は、「(昨季)1部のチームに対して、自分たちの力をどれだけ出せるか」。続く第2戦のアルビレックス新潟レディース戦(1-2)は、「ボールを動かすこと」にフォーカスした。そして、このノジマ戦は、「超アグレッシブ」をテーマに掲げ、攻守のハードワークを強調。選手の配置にも、実験的な狙いが見られた。ディフェンスリーダーのDF五嶋京香が初先発した一方、DF大河内友貴やMF岡本祐花、MF住永楽夢などのレギュラークラスがベンチ入りせず、ボランチで主軸のMF大久保舞もベンチスタート。トップでプレーすることが多かったFW瀧澤千聖と新戦力のFW瀧澤莉央を4-1-4-1のインサイドハーフに起用し、トップには長身ストライカーのFW中村恵実を抜擢、アタッカーのMF三谷沙也加は左サイドバックで起用した。そして、DF橋谷優里、MF 鈴木日奈子、MF伊藤めぐみの新加入3人が先発に名を連ねた。

小笠原監督
小笠原監督

 攻撃面のミスの多さは、慣れない配置も影響しているだろう。だが、そうしたイレギュラーなことも含め、小笠原監督は選手たちの調整力を試し、成長を促す。

「奪った後の(攻撃での)技術的なミスは昨年からの課題です。毎日守備の練習よりも攻撃の練習ばかりしているのですが、試合になると慌ててしまったり、(正しい)判断ができなかったり、パスが強すぎたり、というシーンが出てしまう。やり続けるしかないので、継続して取り組んでいきます」と語った。

 守備面では間延びする場面も多かったが、ハードワークが徹底されているだけに、連係・連動の質が上がれば守備の強度もさらに上がりそうだ。小笠原監督が攻撃の練習に力点を置くのは、それが守備に直結すると考えているからだ。

「攻撃をできない選手が守備をやっても、奪いにいくときの予測や、どちらに追い込んでいくのか、ということがうまく出せません。攻撃の練習をしながら、自分だったらどうされたら嫌かな、と逆の立場で考えて守備ができる選手になって欲しいなと。それができない選手はハードワークをして、ミスをしても走る(ことを求めています)。攻撃の中で、相手が何をするかを予測して自然に守備ができるようにしながら、適材適所で選手を生かせるようにしていきたいと思います」

【新戦力の融合】

 WEリーグ元年は強豪揃いの中でのスタートとなるが、観客にとっては、長野がトライ・アンド・エラーを繰り返しながらも前を向いて立ち向かっていく姿勢こそ、チームを応援する楽しみとなりそうだ。

瀧澤千聖
瀧澤千聖

 今季、エースナンバーである背番号「10」をつける瀧澤千聖は、参加11チーム中、同ナンバーをつける11人の中で最年少の20歳。長野県出身で、年代別代表経験もあり、クラブの期待の大きさが伝わる。小柄だが運動量が多く、ファインプレーやミスに一喜一憂しない凛とした姿が印象的だ。この試合でも、瀧澤がボールを持つと会場が沸くシーンが何度かあった。3年目のシーズンを迎える彼女の成長について、小笠原監督は、「設定されている成長度からすると、まだ5、6割です。いい時もありますが、波がある。そういう課題を自分自身で考えてクリアしていくようなモチベーションを持ってほしいですね」と、温かくも厳しい目で見守る。

 新加入の瀧澤莉央と伊藤めぐみは3試合とも先発。即戦力として活躍している。瀧澤莉央は、新潟でプレーしていた昨年まではサイドアタッカーのイメージが強かったが、長野では前線でボールの収まりどころになり、マルチなプレーで存在感を示している。INACから加入したMF八坂芽依も即戦力として期待されているが、現在はケガで離脱しており、早い復帰が待たれる。守備陣は、1部でのプレー経験があるDF橋谷優里とDF奥津礼菜の加入で層が厚くなった。

 この試合で決勝ゴールを決めた稲村も、開志学園JSC高等部から加入した新戦力だ。ドリブル突破を得意とし、セットプレーのキッカーも務める。ケガもあって出遅れていたが、練習から積極的なプレーでアピールし、3試合目で初出場。ラスト20分でピッチに立ち、理想的な結果で起用に応えた。チームに初勝利を引き寄せたゴールについて聞かれ、「とにかく嬉しいです!ここをスタートラインとして、次のアウェー戦やWEリーグ(本番)に繋げていきたいと思います」と、初々しい表情で語った。瀧澤千聖や伊藤と同じく、地元出身の稲村の活躍は、チームが目標とする地域活性化の追い風となるだろう。

 川船暁海は、独特のタッチのドリブルが鮮烈な印象を与えた。下部組織のAC長野パルセイロ・シュヴェスター出身の川船は、昨季U-17代表にも選ばれたドリブラーで、第2戦の新潟戦でも、その仕掛けからMF村上日奈子のゴールを演出している。相手に囲まれても簡単に奪われないドリブルは、一昨年まで長野を牽引したFW横山久美(現Washington Spirit)のプレーを思い出させた。

川船暁海(長野)、北方沙映(ノジマ)
川船暁海(長野)、北方沙映(ノジマ)

 長野のプレシーズンマッチ第3戦は、6月19日に、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場(埼玉県)で、ちふれASエルフェン埼玉と対戦する。次の試合は、どのようなテーマで臨むのだろうか。小笠原監督は言う。

「3試合でいろいろと経験してきた中で、次のゲームは、WEリーグのスタートに向けた総合的な準備になります。メンタリティや個人技、1対1や守備でもしっかり戦える選手を選んで、WEリーグを想定してベストメンバーを組みたいと思いますし、システムも(ディフェンスリーダーの)五嶋や(GKの)池ヶ谷(夏美)など、中心選手と話してしっくりいく形を作ります。その上で、どこまで勝負ができるか。我々が目指す、大きな柱となるゲームの形を作って臨みたいと思います」

 個々のスキルを高めながら、一つずつ階段を上るように攻守の質を高めていく。磨き上げられたピースがうまく連動すれば、荒削りなハードワークは、洗練されたアグレッシブさに進化していくのだろう。初勝利を自信につなげ、WEリーグ本番に向けて着実に歩みを進めていく。

左から橋谷優里、瀧澤千聖、伊藤めぐみ(長野)、脇阪麗奈、石田千尋(ノジマ)
左から橋谷優里、瀧澤千聖、伊藤めぐみ(長野)、脇阪麗奈、石田千尋(ノジマ)

三谷沙也加
三谷沙也加

瀧澤莉央
瀧澤莉央

※写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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