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女子サッカーの火を消さないためにーー。元日本代表OG小野寺志保さんが語る、WEリーグへの期待と不安

松原渓スポーツジャーナリスト
現役時代はプロ選手として活躍した(写真提供:大和シルフィード)

 読売・ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディべレーザ)で、1989年から08年まで20シーズン活躍し、日本女子サッカーリーグ優勝9回、歴代3位となる315試合出場記録を持つ小野寺志保さん。

 日本代表では、95年、99年、2003年と3度の女子W杯に、五輪は96年のアトランタと04年のアテネに出場。通算23試合に出場した。選手時代は、バブル崩壊や、代表の低迷などで国内リーグが消滅の危機に直面した90年代後半から2000年代初めの苦しい時代を経験。その後、厳しいアジア予選を勝ち抜いて、初めて「なでしこジャパン」の愛称を与えられて戦ったアテネ五輪へと、国内リーグ復活の大切な時期を支えた。

プロ選手、歌手、そして公務員へ。なでしこのレジェンド、小野寺志保さんが歩んだユニークなキャリアの原点

 引退後は、「サッカーと地域に恩返しする」という思いから地元・神奈川県の大和市役所の職員になり、12年からスポーツ課の地域スポーツ・女子サッカー支援担当として、「女子サッカーのまち」の地域活性化に力を注いできた。

 また、大和市をホームタウンとするなでしこリーグ1部の大和シルフィードのGKコーチとして、後に続く選手たちの育成にも力を注ぐ。シルフィードは、今年秋に開幕するWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)に参加を希望しており、小野寺さんは行政と現場の両方の立場からチームをサポートしている。

 2011年に女子W杯優勝で「なでしこフィーバー」が起こった際には、大野忍、川澄奈穂美、上尾野辺めぐみの3選手の凱旋パレードを裏方として支え、3万人の観客が集まった。

「女子サッカーの火を消してはいけない」という思いを胸に戦った現役時代を経て、今は行政と現場で女子サッカーを支えている小野寺さんは、プロリーグの開幕を約7カ月後に控えた今、どのように感じているのだろうか。シルフィードのWEリーグ入りへの現状も含め、お話を伺った(文中敬称略)。

小野寺志保さんインタビュー

【WEリーグへの期待と不安】

ーー大和シルフィードは、WEリーグ入りに参加申請をしていましたが、参入基準を満たせず残念ながら初年度は見送られました。ただ、10月にはクラブを株式会社化するなど、プロ化のための勢いを感じました。その後の進捗はいかがですか?

小野寺:以前、シルフィードが今後どうなっていったらいいかということを分析したんです。クラブの強みと弱みをSWOT分析(*)でやっていったんですよ。特に弱いのがクラブマネジメントの部分だったのですが、去年、マリノスから大多和亮介さんがきてくださって(元横浜マリノス株式会社メディア&ブランディング部部長。現シルフィード社長)。そこから大きく変わってきています。彼がいなかったら、WEリーグ参入の申請すらできなかったと思います。

(*)企業や事業の現状を把握するのに効果的な枠組み。「強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)」の頭文字から。

ーー具体的に、どんなところが変わりましたか?

小野寺:スポンサー獲得のために、大多和さんが様々な企業とのご縁を結んでくださったり、大多和さんの個人的な繋がりから桐蔭横浜大学の学生さんたちが映像制作をしてくださったりと、いろいろな面で良くなりました。

ーーマンパワーは重要ですね。小野寺さんは女子サッカーに様々な立場から携わっていらした中で、プロリーグができることを、OGとしてどのように感じていますか。

小野寺:プロリーグを目指すことは、とてもポジティブなことだと思っています。育成年代の選手たちがプロに憧れて頑張れるという意味でも、本当に大きな存在だと思うし、成功を願っているんです。ただ……率直に言うと、私のイメージでは、なでしこリーグという小さな固形燃料の火の上にWEリーグという備長炭が乗せられたような感じです。備長炭は炭の中ではナンバーワンで、火がついたら長くもちます。でも、すごく固くて簡単に火がつかなくて、着火剤をうまく使わないとなかなか燃えないんですよ。だから、繋げる部分が大事だと思います。同じ火でたとえると、シドニー五輪(2002年)を逃した時に、私たち(当時の代表選手たち)は本当に、「女子サッカーの火を消してはいけない」という思いで、04年のアテネには絶対に行かなければ、と考えていました。他の選手もみんな同じように「女子サッカーのために」と考えて、繋いできた小さな炎があったと思うんです。それが2011年のW杯優勝に繋がって、「(女子サッカーの火が)着火したかな?」と思ったら、今はまた小さい炎になってしまいました。そこに、いきなり、「(固形燃料の上に)備長炭を乗せよう!」という感じに見えてしまうんです。火はなかなか燃え移らないから、このまま酸素が減っていき、その火がスッと消えてしまうかもしれない、という不安もあります。

ーー繋げていく、という意味では、日本では他のカテゴリーでも前例がない秋春制でスタートする中での難しさや、伊賀FCくノ一三重のように、これまで歴史を繋いできたチームが参入基準を満たせず、入れなかったという難しさもありますね。

小野寺: そうですね。WEリーグが盛り上がって、Jリーグと同時開催されたり、話題が尽きない状況になることを夢見ているのですが…。その一方で、たとえば皇后杯の決勝戦でどれだけ客席が埋まっていたか(*)。前回はコロナ禍で制限がありましたけれど、どれだけの人が興味を持ってくれていたかな、と。なでしこリーグや、代表も集客には苦戦しています。今の状況では、刺激というか、着火剤を使わないと、火をつけるのは大変だと思います。

(*)過去5大会の平均観客数は約5,527名。

ーー女子サッカーを長く見てきたファンやサポーターの声もそうですが、女子サッカー界を支えてきたOGの皆さんのアドバイスなども、その着火剤になるような気がします。

小野寺:喜んでそうした力になりたいですし、昔の選手たちを巻き込んだり、OGの知恵をうまく使ってもらえたらいいな、と思っています。リーグ側から各チームや選手の声を聞いたり、研修をすることがあれば(*)、WEリーグができるまでの時代の流れとか、自分のキャリアでの経験などを伝えさせてもらいたいな、と思っていろいろと準備しています。まだ声はかかっていないですけれどね(笑)。

(*)2月1日に、JFAで選手教育、女性活躍理念推進部が創設され、選手の社会保険や税金関係の研修が予定されているとのこと。

ーーWEリーグには毎試合平均5,000人集客の目標もありますし、達成するためにアイデアをディスカッションする場もあれば良いですね。

小野寺:そうですね。ただ、今はそういうアイデアがあっても、それを汲み取れるような感じではないのかな、とも思います。個人的には、スポーツくじのtotoにWEリーグのゲームを入れてもらえないかなと。そうしたら見る人も増えるだろうし、テレビで次の試合を予想するような機会があれば、興味や関心が広がっていきますよね。WEリーグについてはインターネットや新聞などでも情報収集をしていますが、集客のアイデアも発信されていて、どんどんやってほしいなと期待しています。それでも、平均5,000人のお客さんに来てもらうのは大変だろうなと。そう簡単にはできないこともあると思いますが、まずはアイデアを集めて、それを実現しようと動く人がもっと増えてほしいですね。

ーー選手の中でも、プロになることで起きる変化に対して、不安がある選手もいるようですね。そこはどうしたら良いと思いますか?

小野寺:そうだと思いますね。「何が何だかわからない」という選手もいると思うので、プロになるということについて、ちゃんと説明をしてあげられればいいですし、そのために、クラブがどう伝えていくかも大切だと思います。

選手は、基本的には「サッカーが上手くなって活躍したい」という思いが強いと思うので、そこに、生きるための知識を教えてあげないといけないと思うんですね。

ーー契約や年俸の交渉などは代理人を介する選手もいますが、女子選手はそうでないケースが大半です。そうした大変さもあったのではないでしょうか。

小野寺:選手同士のネットワークは強固なので、「うちのチームの契約はこうだよ」と、情報が漏れてしまうことも想像しないといけません。だからこそ、税理士さんのことなども含めて、各クラブの伝え方は大事だと思います。WEリーグはJリーグを持っているクラブが大半なので、ノウハウは伝えてあげられるのではないかなと思いますけれど。

ーーWEリーグを成功に導けるようにしっかりと準備をして、女子サッカーの火を燃やし続けられるようにしたいですね。

小野寺:女子サッカーに携わってきたからこそ、今の自分が存在しています。代表でもリーグでもたくさんの試合に出させてもらったということは、その試合を作ってくれた人がたくさんいたということです。私自身が多くの舞台を用意してもらった側だったということを絶対に忘れてはいけないと思っています。だからどんな状況になっても、女子サッカーのために何かできることを探していくつもりです。

現役時代はリーグ9回、皇后杯は7回優勝。個人賞も数多く獲得した/写真は2008年
現役時代はリーグ9回、皇后杯は7回優勝。個人賞も数多く獲得した/写真は2008年写真:YUTAKA/アフロスポーツ

【勝ち点が倍増した2020シーズン】

ーーシルフィードは昨季、最終結果は7位でしたが、開幕から5試合負けなしで、折り返し地点の9節では2位まで順位を上げるなど、勢いも感じました。その前のシーズン(2019年)と比べて勝ち点も2倍になりましたが、振り返っていかがですか?

小野寺:チャレンジリーグから昇格して1年目の19年は全員が同じ方向を向けなかった時期がありましたが、昨季は主将になった岸みのり(今季はちふれASエルフェンに移籍)の存在がとても大きかったです。毎試合、試合の前に彼女が喋るのですが、『この試合はこういう意味があって、こういう状況で、こんな風に戦いたい』と、藤巻(藍子)監督の指示に加えて、メンタル面と戦術的な面を伝えてくれて。戦術的に自分たちの現状を認識して、その上で監督の求めるものをしっかり遂行しよう、と一つになっていたんですね。体を張って守り抜いて結果が伴っていったこともあったし、前年からチーム力は大きく変わったと思います。

ーー18試合中9試合が無失点でした。守備に関しては特に手応えがあったのではないですか。

小野寺:そうですね。センターバックだった岸もそうだし、GKでは田中桃子(期限付き移籍期間満了で今季はベレーザに復帰)の守備範囲がもたらす安心感は大きかったと思います。GKはもっとパスを繋いでチャレンジしたかったと思いますけれど、無失点の時間帯はリスクを避けて、焦らないように伝えていました。

ーー小野寺さんは現役時代、反射神経の鋭さを生かしたプレーが魅力でしたが、どのようなことを意識されていたのですか?

小野寺:小さい体(163cm)で大きいゴールを守るためには、ポジショニングやタイミングが肝です。反応スピードがあっても、どこにいても反応できるわけではないので、その本能的な力を出す前の準備段階が重要です。たとえばポジショニングが2cmずれていたらシュートが入ってしまうけれど、あえて開けておいてそっちに打たせるとか。そういった駆け引きも大切にしていました。あとは、1人では絶対に守りきれないので、一緒に組むセンターバックとのコミュニケーションは特に大切にしていました。

現役時代の知識と経験を生かした指導を行う(写真:keimatsubara)
現役時代の知識と経験を生かした指導を行う(写真:keimatsubara)

ーーそれは、現在の指導にも生かされているのでしょうね。GK練習はどのような感じで行っていますか?

小野寺:シュートを止めることについては、「いいポジショニングといいタイミングで止まって、自動的に体が反応できるようになろう」ということと、「シュートを打たれる前の段階で、勝負はある程度決まっているよ」と伝えています。骨盤の傾斜は人によって違うので、構え方も人によって変わります。「自分はこの間合いと角度で止まったら素早く反応できる」とか、「少し反った方が足が出る」とか、本人しかわからないところは細かく言いませんが、見えているところは良くなるように直してあげたいと思っています。GKは、大きな責任を背負ってプレーするポジションなので、ミスすれば落ち込みそうになることもあります。プレーの改善や反省は必要ですが、そこで下を向くのではなく、何度でもチャレンジを繰り返せる、そして「GKって楽しい!」と思える雰囲気をトレーニングの中でも、意図的に作るようにしています。

ーーWEリーグは秋春制でまだ開幕が先ですが、シルフィードは今季、再編成後のなでしこリーグ1部で戦いますね。

小野寺:そうですね。シルフィードとしては3位以内という目標がありますが、優勝を目指してスタートします。今年は岸も田中もいなくなってしまったので、新しく変えていく部分も出てくると思います。GKは若手選手中心になりますが、守備範囲を広くできるタイプの選手たちだと思うので、ミスを恐れずに積極的な守備をしていきたいですね。ただ、プレシーズンの今はJFAの女性リーダーシッププログラム(*)に参加していることもあって、WEリーグのことが気になって仕方がない時期です(笑)。

(*)JFAとWEリーグが共催して、サッカー界・スポーツ界を牽引する女性役員・経営人材を育成する目的で昨年秋に開始された。

ーーありがとうございました。なでしこリーグやWEリーグを支える立場でも、小野寺さんのご活躍を楽しみにしています。

(※)インタビューは、オンライン会議ツール「Zoom」で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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