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失点を重ねるノジマステラ神奈川相模原。難易度の高いサッカーを体得するためには忍耐が必要だ

松原渓スポーツジャーナリスト
なでしこリーグは残り8試合。浮上のきっかけを掴みたい(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

【4度目の3失点】

 なでしこリーグは折り返し地点を迎え、後半戦に突入した。第11節、首位の浦和レッズレディースと3位のINAC神戸レオネッサとの天王山は、エースのFW菅澤優衣香のハットトリックなどで浦和が4-1で勝利。2位のベレーザが9位のジェフユナイテッド市原・千葉レディースに0-1で敗れたため、6連勝の浦和がなでしこリーグ5連覇中のベレーザに勝ち点差「8」をつけて独走体勢に入った。

 7位のノジマステラ神奈川相模原は、ホームの相模原ギオンスタジアムに4位のセレッソ大阪堺レディースを迎え、3-0でC大阪堺が勝利した。

 2部から昇格したC大阪堺は、ほとんどが下部組織出身の選手で平均年齢は約20歳と若い。今季は首位の浦和に勝つ番狂わせを演じ、開幕4連勝で一時は単独首位に立った。だが、その後は2試合で15失点と大差での敗戦。それ以降はドローが3試合続いていたが、この試合では息の合ったコンビネーションとハードワークで、首位に立った頃の勢いを感じさせた。

 一方、ノジマは3試合勝ちなしと厳しい結果が続いている。今季は北野誠新監督の下で、試合ごとに戦い方を変化させてきた。相手を徹底的に分析し、急所を緻密に逆算して狙っていく。これまでの9試合は、特に強豪相手のカウンター攻撃などでその策が功を奏して、主導権を握る試合も少なくなかった。だが、自分たちのミスから流れを失うことが多く、先制されると耐え切れずに失点を重ねてしまう傾向があった。C大阪堺戦は今季4度目の3失点で、その課題が改めて浮き彫りになった。

「セレッソさんの映像を見てスカウティングをして、力のあるチームだと思っていました。妥当な結果だったと思います」

 試合後、北野監督は相手を讃えた後、こう続けた。

「ハイラインにして、前からのプレッシャーと、オフサイドを取ることを狙っていました。前半はそれがうまくいっていたのですが、後半、失点したことで中盤で(強く)いけなくなりました。攻撃では相手のサイドバックを引き出すことが試合のプランだったのですが、高い位置を取れず、(自分たちの4バックが)相手の4枚を見なければいけなくなったのが誤算でした」

 前半は攻撃時にボランチがセンターバックの間に降りてビルドアップに参加し、両サイドバックの位置を高くしようと試みたが、単純なパスミスもあり、リズムに乗り切れない。センターバックのDF松原有沙が相手のハイラインの背後のスペースを得意のロングパスで狙ったが、C大阪堺の最終ラインには、170cmの長身でスピードもあるDF宝田沙織が立ちはだかった。

 52分に自陣の右サイドで奪われカウンターから1点を失うと、北野監督は直後にスピードのあるMF田中萌を前線に投入して挽回を試みる。しかし、逆に62分に自分たちのミスからリードを広げられると、その後のゲームプランは限られた。70分には最終ラインにDF櫻本尚子、右サイドにDF工藤真子を投入して3バックに変更。前線に枚数を増やして立て直しを図ったが、75分にはカウンターから相手のクロスがDF福住青空の手に当たり、献上したPKを決められ0-3。結局、最後まで運動量が落ちないC大阪堺の牙城を崩すことはできなかった。

【狙いを表現できないのはなぜか】

 現在はコロナ禍で、鳴り物を使用した応援や声援などが禁止されていることもあり、試合中にテクニカルエリアで指示を送る監督の声はよく響く。北野監督は選手たちに厳しくストレートな言い方をするが、監督自身が全身全霊を試合にぶつけていることも伝わってくる。試合後のインタビューでの答えも直球だった。

「失点の仕方が悪いです。それが未熟なところだと思います。取り組んできた練習の成果が出たのが、アディショナルタイムの一回だけでした。1週間のトレーニングのなかでやってきましたが、選手たちが狙いを『理解している』と言っても、実際はできていない。伝えていることが実際は理解できていないのか、それとも(精神的な)プレッシャーがかかってできなかったのか(わかりません)」

 練習の成果が実を結んだ後半アディショナルタイム。交代で入ったボランチのMF鈴木綾華が中央から右前方に走り、右サイドハーフの工藤からくさびのパスを受けたトップの田中がワンタッチで前に送って、抜け出した鈴木がGKと1対1のチャンスを作った場面だ。

 そうした狙いを前半から表現できない理由は何か。松原はこう振り返った。

「相手によって北野監督が対策を考えてくれるのですが、試合では思うようにいかず、うまくはまらない部分があります。監督の対策を聞いて、『これができたら、確かに相手がこうなるな』と理解できるのですが、技術面や、監督から言われているメンタル面にも課題があるのかなと思います」

 メンタル面の課題は様々な可能性が考えられるが、ミスの要因を考えると、土台となる戦い方を、まだ完全には自分たちのものにできていないことも一因ではないだろうか。

 相手に合わせて守備の狙いを変え、弱点を突く試合運びは、勝ち点を着実に積み上げる上で現実的に思えるが、難易度の高い戦い方だ。狙うポイントによってメンバーやポジションは試合ごとに微妙に変化しており、今季から先発に定着した選手もいる。シーズン前に「全員が同じレベルになれるようにトレーニングをして、全員を試合に出していきたい」と話していた指揮官は、その言葉通り、コロナ禍で5名に増えた交代枠を積極的に活用している。全員が試合経験を積むことで選手層の底上げが期待できる反面、メンバーが固定されないことで不確定要素が増え、連係が安定しにくいデメリットがある。

 戦術的な狙いを実行するために北野監督が個々に求めるプレーの水準は高い。就任当初からボールの止め方、蹴り方、プレッシャーのかけ方など、基本から細部にこだわって鍛え直した。その上で今、最終ラインの選手たちには次のようなことを求めている。

「ラインを高くするために、(最終ラインの)スピードが重要です。自分たちの裏のスペースができやすいので、GKの久野(吹雪)には『スプリント能力を上げてくれ』と伝えています。勝つチームになるために、センターバックもスピードが必要です」

 今季、ノジマのセンターバックは高さや1対1の強さ、あるいは優れたキックを武器にする選手が揃う一方で、スピードに長けた本職のセンターバックがいない。

 戦術面で覚えなければならないことと並行して、フィジカル面の向上も課題としている。こうした取り組みが実を結ぶまでには、忍耐が必要だ。負けやミスの要因を検証することは必要だが、敗戦をあまり引きずらずに切り替え、選手たちがポジティブな気持ちで取り組みを継続できることも大切だろう。

 残りのリーグ戦で勝ち点を重ねるために特に重要だと思われるのは、先に失点しないことだ。即効性がありそうな対策として、練習時からミスに対する緊張感を高めていくことや、試合中、相手のペースに飲まれないようにあえてペースを落とす時間帯を作ることも効果的ではないだろうか。

左から松原有沙、南野亜里沙、北方沙映(写真:keimatsubara)
左から松原有沙、南野亜里沙、北方沙映(写真:keimatsubara)

 たとえば、今回の試合で64分のプレーには可能性を感じた。中盤から前線にかけて左サイドで6人が連動し、MF南野亜里沙とMF川島はるなを中心に狭い局面で相手のプレッシャーをいなした。密集でもしっかりとパスを繋ぐことができる技術やキープ力は、自分たちのペースを作るための武器になる。

 一発のキックで局面を変えられる松原の展開力も、タイミングが合えば強力な手段になる。昨年までボランチが定位置だったため、新たな役割を体得している最中で、この試合は最初の失点でマークを掴み切れなかったことに責任を感じていた。だが、相手の背後のスペースを狙ったサイドチェンジや、ゴールに入りかけた相手のシュートを脚で掻き出すなど、持ち味を生かして見せ場も作った。

「今年はまだゼロ(無失点)に抑えている試合がないので、後ろのポジションにいる選手として責任を感じます。ボールの動かし方や奪われ方が良くないなど、自分たちのミスからの失点は改善の余地があります。そのためにビルドアップは課題ですし、中盤やFWにボールが入った時の関わりを増やしていきたい。今年、何回かセンターバックをやって、相手が走り出すタイミングを見ながらオフサイドをとる感覚は掴めてきたので、その駆け引きを大切にしています」

【「お金を払って見に来てもらうプレー」とは】

 残りの8試合は、一度試合をしたチームとの対戦がほとんどだ。相手の分析を得意とする北野監督は、前半戦の戦いをどう生かすのか。

「どの相手も難敵ですが、後半戦はもっと攻撃的なサッカーをしたいです。攻撃は守備よりもインテリジェンスが要るし、攻めることはリスクを伴いますが、先に点を取ればもっと良くなると思います。たとえば南野(亜里沙)がすごいシュートを打ったり、サイドの選手が強烈なクロスを入れるなど、お客さんはそういう強烈な『個』を見たいのではないかと思います。女子サッカー界を盛り上げるためにも、そういう、個が生きるサッカーをしたいですね」

 来年秋には日本女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が開幕することもあり、試合のインタビューを終えた後も、女子サッカーについての話に熱がこもった。ノジマはWEリーグに入会申請をしている。北野監督は、Jリーグで様々なクラブを20年以上にわたって指導し、今年初めて、女子サッカー界の指導者になった。「プロ」としての恩恵だけでなく、試合に負けた時は街中を歩いているだけでブーイングをされるほどの“洗礼”も味わってきた経験から、プロとしての覚悟を伝えていくことも大切だと考えているようだ。

 男子選手と女子選手では同じ言葉で伝えても受け止め方が異なる場合がある。その意味ではJリーグ時代とは異なる難しさを感じているかもしれない。それでも、開幕前の新体制発表で「男子も女子もサッカーは同じです。長い間、Jリーグの監督として培ってきた経験を、なでしこリーグにすべて注ぎ込んでいきたい」と語った北野監督が伝えたい本質は変わらないはずだ。指揮官のブログには、そうした思いが綴られることもある。

「才能がないと言われて成功してる奴もいれば、才能があると言われて成功してない奴もいる。他人から見た才能など、あてにならないものだ。自分の目を信じ、選手を信じるしかない」(北野監督ブログ「腹の底から笑いたい」より)

 個人的には、上記の一文が印象に残った。そのことを伝えると、「このチームにも面白い選手がいますよ」と力強い返事が返ってきた。

 海外の戦術にも詳しく、バルセロナをはじめ様々な現場に出向いて視察をするほど熱心だ。そんな北野監督の下で後半戦のノジマがどのようなサッカーを見せてくれるのか、期待している。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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