Yahoo!ニュース

田中美南&岩渕真奈の“恩返し弾”で勝利。INAC神戸レオネッサ、正念場の一戦で価値ある勝ち点「3」

松原渓スポーツジャーナリスト
田中(左)、岩渕(中央)が得点。新戦力の阪口萌乃(右)も存在感が光った。(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【背水の陣】

「ベレーザに勝てたのは大きいと思います。選手はすごく頑張りましたし、苦しい時間帯もありましたが、最後まで戦ってくれました」

 なでしこリーグはコロナ禍のため、選手や監督への対面取材は制限されており、試合後のコメントはオンライン形式の取材か、各チームの公式ホームページに掲載される。INAC神戸レオネッサのHPに掲載された、上記のゲルト・エンゲルス監督のコメントを見た時、試合後に見せた満面の笑みと重なった。

 9月12日に味の素フィールド西が丘で行われた、なでしこリーグ第10節。両チーム合わせると、なでしこジャパン候補が総勢17名を占める日テレ・東京ヴェルディベレーザ(2位)とINAC(3位)の一戦は、劇的な結末を迎えた。

 なでしこリーグでも指折りの好カードで、特に注目度の高い一戦である。同カードで直近の2年は、ホームのベレーザは、FW籾木結花(現・リンシェーピングFC)が企画して集客プロジェクトを行ってきた。だが、今季は移籍で不在のため、クラブが中心となり、コロナ禍でも女子サッカーの魅力を伝える新しい観戦様式として、「5000人参加プロジェクト」と銘打って様々な企画を実施。スタジアム観戦はソーシャルディスタンスが必要で席数が限られるため、地上波でのオンラインライブ配信や録画放送、なでしこリーグ公式チャンネルの視聴者も合わせて5,000人の(観戦)動員を目指した。スタジアムのチケット1,500枚は早々に完売している。

 そして、雨上がりのピッチでは、期待に違わぬ気迫に満ちた攻防が繰り広げられた。

 結果は2-1で、試合を制したのはアウェーのINACだ。対ベレーザ戦は約3年ぶりの勝利である。2ゴールを決めたのは、ともにベレーザの下部組織、メニーナ出身のFW岩渕真奈とFW田中美南。2人の古巣への“恩返し弾”が、スタジアムに熱気をもたらした。

 岩渕は5年間の海外挑戦を経て、INACに加入して4年目。一方、田中は13年間育ったベレーザから移籍後、初の古巣対決となった。昨年、リーグ5連覇を達成したベレーザで4年連続得点王になった田中がINACに移籍し、両者の力関係にどのような変化が現れるのかーー。新たな因縁が生まれた中で、初対戦への注目と期待は高まった。

 ただし、両チームは対照的な状況でこの日を迎えていた。

 今季、前線の顔ぶれが変わったベレーザは新たな戦い方を探る中でスロースタートとなった。しかし、試合ごとに調子を上げ、直近の4試合は25得点と攻撃力が爆発。4連勝で、首位の浦和レッズレディースを勝ち点「2」差まで追い上げていた。一方、INACは開幕3連勝を飾ったものの、その後は1勝2分け2敗と停滞。前節、アルビレックス新潟レディースに敗れて今季2敗目を喫し、首位との差は「7」に開いた。この試合でベレーザに負ければ上位2強との差が開き、優勝争いから一気に後退しかねない背水の陣だった。

【勝利を導いたもの】

 試合は開始早々の5分に動く。INACは、中盤でインターセプトに成功したMF伊藤美紀の縦パスを受けた岩渕が巧みにボールをキープ。MF阪口萌乃のループパスを、裏のスペースでタイミングよく受けた田中が豪快に左足で振り抜いて決めた。

 さらに19分には、INAC陣内に攻め込んだベレーザのパスを右サイドでMF水野蕗奈がインターセプト。パスを受けた伊藤から縦パスを受けた田中がドリブルで運び、スルーパスに抜け出した岩渕が2点目。23分にはPKを献上して1点を返されるが、その後は自陣で守備を固め、カウンターでは岩渕と田中と右サイドのMF高瀬愛実が3トップのような形で3点目のチャンスを窺いながら、ベレーザの猛攻を凌ぎ切った。

 これまで両者はリーグ杯や皇后杯などの決勝でも再三対戦し、INACは接戦の末に涙を飲んできた。それらの試合と比べると、ベレーザが最終ラインの主力数名を今回は欠いていたため、INACにとって有利だったかもしれない。

 その中で、3つの点でINACの変化を感じることができた。

 ひとつ目は、少ないチャンスを決めきる決定力が向上したことだ。90分間のシュート数は前半の3本のみだったが、最初のチャンスを田中がものにし、先手必勝の流れを作った。岩渕は重要な試合で決めている印象が強いが、田中の加入によって、持ち前のパスセンスや動き出しがさらに生かされるようになった。

 また、同じく今季新潟から加入したMF阪口萌乃も抜群の存在感を放つ。ここまでチーム事情でサイドハーフやサイドバック、ボランチなど様々なポジションでプレーしているが、相手や味方の変化に合わせてどのポジションもそつなくこなすことができ、決定的なラストパスが出せる。この試合では前半5分の田中の先制点をアシスト。「萌乃さんが裏にいいボールを出してくれたので、落ち着いて決めるだけでした」と、田中は試合後のインタビューで語っている。決定力の向上には補強の効果が現れている。

 2つ目は、終盤まで守備の集中力が高く保たれていたことだ。過去の対戦では後半に逆転を許す展開が少なくなかった。この試合では、いつもより早い時間帯に先制して駆け引きを優位に持ち込めたことも、集中力を維持できた要因だろう。

ファインセーブでピンチを凌いだスタンボー華(写真:keimatsubara)
ファインセーブでピンチを凌いだスタンボー華(写真:keimatsubara)

 それでも、シュートを1本も打たせてもらえず、防戦一方だった後半は相当しんどかったはずだ。その中で、センターバックのDF三宅史織は、至近距離からのシュートをヘディングでクリアするファイト溢れるプレーを見せ、同じくセンターバックのDF守屋都弥は空中戦で体を張り、サイドからのクロスを長い足でブロック。ボランチのMF杉田妃和は中央でスペースを埋め、71分に左サイドバックのDF鮫島彩が負傷交代してからは同ポジションに入り、慣れないポジションながら守備面で大きく貢献。試合終了間際に、ベレーザの決定的なシュートをゴールライン上でクリアするファインプレーも光った。また、GKスタンボー華は押し込まれた中でいくつかのビッグセーブを見せた。9試合でリーグ最少失点(7)の成績も頷ける内容だった。

「みんなが守備を一生懸命してくれている中で、ああいう数少ないチャンスで(田中)美南からいいボールが来て、落ち着いて決められたので良かったです」

 2点目を決めた岩渕は、試合後にこうコメントしている。それぞれの闘う姿勢が呼応した勝利だった。

 3つ目は、試合中の「声」が増えたことだ。確認や修正だけでなく、互いを鼓舞する声がよく聞こえ、0-1で敗れた6節の浦和戦より明らかに増えている。変化の兆しは、その翌週の愛媛FCレディース戦で感じた。愛媛戦は動画で観戦したが、画面越しでもわかるほど、選手同士が声を掛け合うシーンが多く見られたのだ。8月中旬にアメリカのスカイ・ブルーFCからFW川澄奈穂美が加入したことも、チームに変化のきっかけを与えたようだ。

「ここ3試合、勝利できていない苦しい試合が続いていた中で選手、スタッフで改善点、守備面や攻撃面など話し合う時間や合わせる時間がすごくありました」

「今日の試合(愛媛戦)はチームでの守り方、ボールの動かし方がチームとしてハッキリしていたのが大きいと思います」

 愛媛戦で5-0と大勝した試合後、ハットトリックを決めた田中はそう語っている。チームは繊細な時計の歯車のように、一つがうまく噛み合うと一気に全体が回り出す。忌憚なく言葉を交わせる雰囲気があることも、その重要な歯車の一つだろう。

控えメンバーにも代表候補がいる。選手層は厚さを増した(写真:keimatsubara)
控えメンバーにも代表候補がいる。選手層は厚さを増した(写真:keimatsubara)

【古巣への感謝】

 試合後にスタンドのINACサポーターに挨拶を終えた後、ゆっくりとゴール裏のベレーザサポーターのもとへと足を運ぶ田中の姿が目に入った。キャリアを切り開くきっかけを与えてくれた古巣に、強烈な“恩返し”をしたのだから、どんな反応が返ってくるか、不安な思いもあったかもしれない。だが、かつてのエースを迎えるサポーターの拍手はどこか切なく、けれど温かかった。

 

 田中は、ここまで9試合で6ゴールを挙げ、得点ランクは3位につけている。

 浦和を牽引するFW菅澤優衣香と、ベレーザの大量得点をリードしているFW小林里歌子がともに10ゴールで先をいくが、ライバルはその2人だけではない。今季は各チームのFW陣が競うように得点しており、田中にとって5年連続得点王への道のりはなかなか厳しそうだ。だが、その高いハードルにあえて挑戦した。移籍前に話していた言葉が思い出される。

「新しいチームで、自分も味方もお互いのプレーがわからない状況で、どうコミュニケーションをとって作り上げるかということをやらなければいけないし、その中で引き出しを増やしていきたい。それが代表にも生きてくるかなと思います」

 

 得点数以上に、田中はFWとして「チームを勝たせるゴール」を欲してきた。その挑戦は、これから佳境を迎える。

 今回の勝利の真価が問われるのは、今週末9月21日にアウェーの浦和駒場スタジアムで行われる浦和戦だ。INACは5連勝中の浦和との勝ち点差をこれ以上広げることなく、優勝争いに食い下がることができるか。ホームでのベレーザ戦も、1カ月後(10月18日)に迫っている。

 折り返し地点を迎えたなでしこリーグは残すところ9試合。浦和、ベレーザ、INACが上位3強を形成しているが、今季は全試合の7割強が1点差以内の接戦で、どのチームも変化に富んだ戦い方を見せている。ここから追い風に乗るのはどのチームか。目が離せない試合が続く。

 なでしこリーグ2020日程 

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

松原渓の最近の記事