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「観客が増える魅力的なサッカーを!」AC長野パルセイロ・レディース、なでしこリーグ2部からの再挑戦

松原渓スポーツジャーナリスト
練習は活気に溢れていた(写真:keimatsubara)

 6月24日に、今季のなでしこリーグの日程が発表された。

2020プレナスなでしこリーグ1部日程

2020プレナスなでしこリーグ2部日程

 昨年は、厳しい残留争いの末に2部との入替戦に回り、セレッソ大阪堺レディースにアウェーゴールの差で敗れ、2部降格となったAC長野パルセイロ・レディース。今季は2015年以来、5年ぶりに2部で戦う。

 オフには昨年まで7年間長野を率いた本田美登里監督(現静岡産業大学磐田ボニータ監督)が退任し、新監督として、大分トリニータレディースやアルビレックス新潟レディースU-18監督、JFAのナショナルトレセンコーチなどを歴任してきた佐野佑樹監督を迎えた。

 また、得点源だったFW横山久美とFW鈴木陽(すずき・はるひ)が海外挑戦のために退団したほか、MF古舘知都やFW滝川結女、MF巴月優希ら、攻撃的なポジションの選手が移籍。今季は新卒の若い選手が増え、26名中16名が新加入となった。在籍が3年以上になるのはGK池ヶ谷夏美、DF野口美也選手とDF五嶋京香、FW三谷沙也加のわずか4人となった。

 一方、FW泊志穂の復帰は朗報だ。15年の2部優勝と1部初年度3位の躍進を支えた立役者が、2シーズンの欧州挑戦を終えて復帰した。

 長野は昨年9月の大型台風19号で千曲川が氾濫し、練習場として使用していたリバーフロントが冠水。復旧作業が続いていたが、この7月上旬から再び使えることになった。今季は新型コロナウイルス感染拡大の影響で4月から活動自粛期間に入り、6月1日から練習を再開。取材した日はまだ代替の練習場を使用していたが、真夏のような太陽が照りつけ30度近くまで気温が上がった中、グラウンドには新生チームのエネルギーが満ちていた。

【新戦力との融合】

 この日、チームはサーキットトレーニングやゲームなど約2時間の練習を行った。佐野監督は流れの中でアドバイスを送り、守備面では足の運び方なども丁寧に指導していた。新戦力が多い中、戦術的にはどのようなカラーを打ち出していこうと考えているのだろうか。

「今年は全員攻撃・全員守備で、『全員でやろう』ということを発信しています。その目標は選手やサポーターだけでなく、サッカーに詳しくない方も聞いてわかるようなものにしたいと考えて打ち出しました。さらに細かく言うと局面での関わりを多くしたり、攻守に切り替えを早くすることを目指しています。今までの長野の特長である前からのプレッシングは引き続き強く要求していますし、球際の強さや、セカンドボールを拾うことも求めています」

佐野佑樹監督(写真:keimatsubara)
佐野佑樹監督(写真:keimatsubara)

 昨年からいる選手の中には、MF瀧澤千聖やDF原海七といった年代別代表候補選手もいる。一方、新加入選手には昨季日体大FIELDS横浜でプレーしていたMF岡本祐花やMF住永楽夢のように1部でプレーした経験を持つ選手もいるが、新戦力のほとんどがなでしこリーグでのプレーを経験していない。

 そうした経験値やレベルの差も含めたすり合わせの難しさを佐野監督は感じているようだ。「意識の持ち方などについてはこちらから言い続けながら、彼女たちが試合をする中で感じて欲しいですね」と、実戦での伸びしろに期待を込めた。

 また、本田前監督が培った地域密着の良さなど、クラブの歴史を引き継ぎながらさらに発展させていきたい考えを持っている。

「外から見た長野の印象は、サポーターが入って、スタジアムも含めていい環境があるということでした。実際に来てみたら、なでしこリーグの中でもサポーターが特に多く、ホームゲームで3000人ぐらいのお客さんが入る試合は鳥肌が立ちました。今までやってきたサッカーもそうだし、地道な普及活動や地域活動をやってきたことがつながっているのだろうなと感じます。今年は昇降格がないですが、参加する上では優勝を目指しますし、勝っても負けても、我々がやっている姿勢でお客さんが増えていくようなサッカーを見せていこう、と。選手の雇用先での働き方や、サポーターとの接し方、地域でのサッカー教室についても、それを心がけるつもりです。それはすごく難しいことだと思いますが、追求していきたいと思っています」

 取材をした6月23日は佐野監督の37歳の誕生日で、練習後には選手たちから盛大に祝福されていた。

 個々の個性を引き出し、育てながら結果を求めていく。2部での経験を濃密なものにし、1部復帰に備えたいところだ。

【最後方から支える大黒柱】

 今季、長野のキャプテンマークを巻く池ヶ谷は、「今季は昇格・降格がないからこそ、このチームでしっかり結果を出したいです」と語った。

 2013年に岡山湯郷Belleから長野に加入し、現チームでは最長の7年目になる。長野では正守護神として15年の2部優勝と1部昇格を支えた。その後はポジション争いに身を置きつつ、16年には昇格1年目のクラブとして過去最高の3位と躍進。様々な挑戦と試行錯誤を繰り返すチームをオンとオフの両面から支えてきた。堤喬也GKコーチは湯郷時代からの理解者でもある。

 昨年の入替戦で敗れた後、崩れ落ちるように肩を落として涙を流す姿は、彼女が背負ってきたものの重さを想像させた。今季、新たなチームで戦っていく決意を固める中で葛藤があったことを明かした。

「去年は本当に勝てませんでしたが、それでも毎試合多くのサポーターの方たちがUスタに集まってくれました。その皆さんに恩返しをしたいです。昨シーズン後に(長野に)残ろうかやめようかと考えたこともありますが、最後まで揺るがなかったのが“長野愛”でした。常に1000人以上のサポーターが応援してくれることは自分たちの強みですし、誇りです。今季はそのサポーターの皆さんと、仲間たちと一緒に笑える数を増やしたいですね。今年は若くてフレッシュな選手が多く、一年を通して成長していけるチームだと思います。18節が終わった後にこのチームがどんな風に変化しているのか楽しみですね」

 長野は2015年の1部昇格から4シーズン、常にリーグ上位の観客数を維持してきた。佐野監督も言うように、これまで地域のイベントに選手が積極的に参加するなど、地元との関わりを大切にしてきたことや、新体制発表をJ3の男子トップチームと合同で行うなど、男子のサポーターがレディースチームを応援しやすい流れをつくってきたこともある。

 ホームの長野Uスタジアムは空気と水と太陽の3要素を満たす形で芝が徹底管理され、一年中美しく維持されている。スタンドとピッチが近く、サポーターの熱量がピッチにも伝播していく雰囲気の良さは対戦相手の選手たちからも好評だ。

 そうしたことも含め、「このクラブの歴史や、どんなチームにしていくのかということをみんなに伝えています」と池ヶ谷は話す。

 試合中は、よく通るコーチングが最上階の記者席にも聞こえてくることがある。その声で味方を鼓舞しながら動かし、ここぞという場面でのシュートストップも光る。

 練習前のオフザピッチでも彼女の笑い声が響いていた。若い選手に明るくツッコミを入れたり、場を盛り上げ、後輩たちからは「イケさん」と親しみを込めて呼ばれていた。後輩のキャラクターを引き出すのがうまく、SNSではチームの魅力を積極的に発信している。

池ヶ谷夏美(写真:keimatsubara)
池ヶ谷夏美(写真:keimatsubara)

「自分がなでしこリーグに入って1年目に、どんな先輩方に支えられて自分の色が出せていたのかを同じ立場になって振り返っています。湯郷(当時1部)から長野に来て最初のころは、厳しさを伝えなければいけないという思いもありましたし、刺々しい面もあったと思います。でも、今の若い選手たちと接する中で、そうした伝え方だけが通用する年代ではなくなってきていると感じます。若い選手たちが自分の良さを出して、それがクラブの色になっていけばいいなと思うので、今年は去年以上にコミュニケーションを取るようにしています。厳しいことも伝えながら、フレンドリーに、それぞれがプレーしやすい環境や雰囲気を作ることが大事だと思いますから」

 活動自粛中は、チームから渡されたメニューに沿ってコンディションを落とさないことを心がけていたという。GKとしては大きいとは言えない163cmの身長に加え、元々細身だったこともあり、筋力トレーニングには人一倍力を入れてきた。今では「筋トレが大好き」と公言するほど。心技体に磨きをかけたプレーとコーチングで、若いチームを導く守護神の活躍に注目したい。

【幅を広げたストライカー】

 一方、全員守備、全員攻撃を目指す長野を前線で牽引する存在になりそうなのが、欧州挑戦を終えて帰国した泊だ。オーストリアとドイツで計2シーズンプレーして帰国。長野でのプレーは17年以来3年ぶりとなるが、当時のメンバーはわずかに3人。泊自身も「懐かしいという感じではなく、新しいチームに入った感じです」と話す。

 153cmと小柄だが、前線からのパワフルなプレッシングで守備のスイッチを入れ、長野では過去に試合を決定づけるゴールを数多く決めてきた。横山との2トップでゴールを量産し、17年には代表にも選出されている。欧州挑戦を経て成長した姿を見せたいと言葉に力を込める。

泊志穂(写真:keimatsubara)
泊志穂(写真:keimatsubara)

「欧州ではFWは結果を出すことが一番大切でしたし、そこは日本でもこだわってやっていきたいですね。(長野では)今まで横山に頼っていた部分があるので、得点という形で貢献できたらいいなと思います。オーストリアではワントップだったので、それまで長野ではやらなかった前線でのボールキープにもトライしましたから、イメージは持てるようになりました。今はその役割を担わなければいけない部分もあると思っています」

 以前の在籍当時から根強い人気を誇っていた泊の復帰はサポーターを元気づけ、SNSなどでは復帰を歓迎するメッセージが寄せられた。練習は現在非公開だが、YouTubeの公式動画配信チャンネルでは泊が中心となり、各選手の紹介動画が見られる。

 開幕から2試合は「リモートマッチ」での実施が決まっているが、泊はUスタジアムのピッチで再びサポーターと対面できる日を楽しみにしている。

「SNSなどで応援の声などをいただいて、『帰ってきたんだな』と実感できるようになりました。Uスタジアムは芝生が綺麗ですし、観客の応援がすごく近く感じられるのも魅力です。スタジアムに観に行こうと思ってもらえるように、リモートマッチで『勝つ』という気持ちと戦う姿を見せたいですね」

 今季、長野は7月19日の開幕戦で、UスタジアムにちふれASエルフェン埼玉を迎える。昨季優勝争いを繰り広げた強豪相手にどのようなスタートを切るのか。注目の一戦となる。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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