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女子W杯イヤーの幕開けを告げる代表選手たちの競演。皇后杯を制したベレーザがシーズン3冠を達成!

松原渓スポーツジャーナリスト
今季3冠を獲得したベレーザ(筆者撮影)

【4年ぶりの元日決戦に】

 両チーム合わせて37本――。

 そのシュート数が物語るように、皇后杯決勝はW杯イヤーの幕開けにふさわしい、白熱したゲームとなった。

 日テレ・ベレーザ(ベレーザ)とINAC神戸レオネッサ(INAC)という、日本女子サッカーの東西2大勢力による対戦となった試合は、90分間を戦って2-2。延長戦にもつれ込んだ結果、延長前半に2ゴールを追加したベレーザが4-2で勝利した。これで2大会連続優勝を達成し、リーグとリーグ杯に続く今季3冠に輝いた。

「両チームとも、自分たちの特徴を出して魅力ある試合ができたと思います。面白い試合だったと言ってもらえればすごく嬉しいです」

 ベレーザの永田雅人監督は試合後、女子サッカーの魅力をアピールできた手応えを口にした。

 両者の対戦は今季4度目となったが、互いの手の内を知り尽くした中での戦術的な駆け引きや、7000人近い観客が詰めかけた会場の雰囲気も含めた面白さでは、間違いなくベストゲームだった。

 両チームともに現在のなでしこジャパンの攻守の軸を担う主力を多く抱えており、先発でピッチに立った22名のうち、A代表に招集経験のある選手は20名に上った。平均年齢はいずれも24歳前後で、今年6月にフランスで行われる女子W杯、そして来年の東京五輪で活躍が期待される選手たちだ。

 加えて、今年は天皇杯の日程がアジアカップに合わせて繰り上げられたため、皇后杯決勝が「元日決戦」を拝命。直近の3大会は12月25日前後に決勝が行われていたが、元日となるとお茶の間でテレビを見る人の数が圧倒的に多い。その点で注目度が高まることも、選手たちのモチベーションになっていた。

「今、女子サッカーでこういうことをしている、ということを普段サッカーには関わりのない方がちらっとでも見てくれたら嬉しい。優勝して、また見に行きたいなと思ってくれるような試合をしたいです」

リーグに続き、皇后杯でも得点王に輝いた田中美南(筆者撮影)
リーグに続き、皇后杯でも得点王に輝いた田中美南(筆者撮影)

 準決勝の後にそう話していたのは、リーグで3年連続得点王になり、今季MVPを初受賞したベレーザのFW田中美南だ。その言葉には、今季チームが取り組んでいるサッカーで観衆を魅了できるという自信もうかがえた。

 ベレーザはその田中を筆頭に、下部組織のメニーナ出身の生え抜き選手たちを中心とした連係を強みとしている。そして、今季就任した永田監督のコンセプトが馴染んできた今年の夏以降は、圧倒的な強さで首位を独走。新たなプレーモデルで個と組織を進化させ、選手層の厚みも増しながら強化を進めてきた。(参照記事:変幻自在の崩しと圧巻の6ゴールで皇后杯4強進出。“世界基準”に挑むベレーザを止めるチームは現れるか

 今のベレーザにとって、すべての試合は「上手くなり続けていく過程」(永田監督)であり、タイトルも「過程」と言い切る。試合前のチームからは、「シーズン3冠」を前にしたプレッシャーは全くといっていいほど感じられなかった。

 一方、INACには異なるスタイルと勝利への渇望があった。

 2011年の女子W杯優勝ブームの後、MF澤穂希やFW大野忍、FW川澄奈穂美、DF近賀ゆかり、MFチ・ソヨンといった当時の中心選手たちがチームを離れてからは、超高校級選手や海外リーグからの選手獲得も含めた大型補強に力を入れ、世代交代を進めながら比較的安定した結果を残してきた。だが、ここ数年、ベレーザ戦は「鬼門」となっている。

 今季もリーグとリーグ杯で1分2敗と勝てず、いずれも準優勝に終わった。結果だけを見れば苦手意識や負け癖も否定はできない。

 だが、INACの選手たちは「2位」という立ち位置を絶対によしとしない、ある種の屈辱感を常に漂わせる。それは、仕事と2足のわらじを履く選手が多いなでしこリーグで、唯一サッカーに専念できる環境にあることも理由だろう。

 決勝戦前、選手たちからは「ベレーザの3冠を阻止したい」というよりも、「自分たちの力を出し尽くしたい」という強い思いが感じられた。INACもベレーザの選手たちと同じく、試合前にはプレッシャーよりも武者震いを感じている選手が多いようだった。

 

 そして当日。ピッチでは、気持ちの強さと戦術的な駆け引きがハイレベルな攻防を実現した。

【「4度目の正直」はならず】

 今季の過去3度の対戦は、6月のリーグ前半戦と7月のリーグ杯決勝はともに1-0(得点者はいずれも田中)でベレーザが勝っており、10月のリーグ後半戦は0-0のスコアレスドローだった。

 つまり、INACは今季、ベレーザからゴールを奪えていない。だが、この皇后杯決勝で先に試合を動かしたのはINACだった。流れるようなカウンターから先制ゴールが決まった瞬間、試合前にサイドバックのDF高瀬愛実が話していたことが思い出された。

「前線がハードワークできる体力と根性と縦への速さは(INACの)武器です。ベレーザは切り替えが速いし、自分たちのチャンスは少ないと思いますが、ボールを奪った瞬間にそれ(相手の切り替え)よりも速く縦に行けるところがあると思うので、そこで決められるかどうか、ですね」(高瀬)

 守備の時間が長くなることを覚悟した上で、カウンターに活路を見出し、少ないチャンスを決めきる力が必要ーー。それは、ベレーザの強さを肌で知る選手たちの共通認識でもあった。

 また、鈴木俊監督は試合ごとにベレーザ対策を洗練させており、この試合では立ち上がりから積極的にプレッシャーをかけることで、相手のスイッチが入る前に先手を取る狙いが見えた。そして狙い通り、前半終了間際の42分にMF増矢理花がFW岩渕真奈とのワンツーからエリア内に侵入して先制ゴールを奪い、1-0で前半を折り返す。

 だが、ベレーザは54分にFW植木理子がスピード感あふれるドリブルで左サイドを突破。クロスが相手に当たってコースが変わり、すぐさま同点に追いつくと、71分にはMF籾木結花がゴール前のこぼれ球を押し込む形で逆転。一方、INACもその6分後に再びカウンターから、左サイドのMF仲田歩夢が送ったパスをゴール前で受けたFW京川舞が落ち着いて決めて試合を振り出しに戻す。

 延長に入って早々の94分にベレーザが決めた勝ち越しゴールは、勝敗を左右する一撃だった。田中のトラップのこぼれに絶妙のタイミングで走りこんでいた籾木が豪快にネットを揺らす。その10分後にはDF清水梨紗のパスを受けた田中が4点目を奪い、試合を決定づけた。

 120分間、INACの攻撃を牽引した岩渕は、先制した前半のうちに試合を決めきれなかったことを悔いた。

「あれだけ自分たちのサッカーに自信があるチームに対して1-0のリードでは足りないし、試合を前半で決めきる力が足りませんでした。最初は(守備が)はまっていたけれど、ベレーザは適応力があるし、頭脳プレーに長けているので、戦い方を変えてきました。今まで点を取れなかった相手から2点取れたことは良かったけれど、(逆に)4失点。それだけ点が取れるチームは強いし、取られるチームは負ける。それだけです」(岩渕)

 あっさりとした口調の中に、やり場のない悔しさがにじんでいた。今季、堅守を誇るベレーザが複数失点を喫した試合は、この試合を除いて31試合で1試合のみ。その堅守を破ることに2度も成功した反面、INACにとって今季最多となる4失点という数字が重くのしかかった。

準優勝のINACに笑顔はなかった(筆者撮影)
準優勝のINACに笑顔はなかった(筆者撮影)

【冷静な試合運びと選手起用】

 岩渕が指摘した“ベレーザの自信”は、「先に点を取られたけれど、ハーフタイムは誰一人焦っていなかった」(籾木)というエピソードや、次の長谷川の言葉にも象徴されている。

「ずっとこのサッカーをやっていけば相手の間が空いてくるな、という自信があったので、落ち着いた試合運びができました。先に失点したことでもっと攻撃に力を使わないといけなくなりましたが、ハーフタイムはポジティブな雰囲気だったので。落ち着いて今まで通り、という感じでした」(長谷川)

 その背景には、今シーズン積み上げてきた結果と絶対的な味方への信頼がある。作り出すチャンスの数と質の高さが圧倒的で、田中や籾木や植木のように、チャンスを決めきる選手が揃っている。

 籾木は、153cmの小柄さを補って余りあるポジショニングの良さや技術、そして決定力を大一番で示した。インサイドハーフというポジション柄チャンスメイクに徹することの方が多かったが、流れの中からシュートを4本打ち、その半分を成功させた。

「自分が(キッカーとして)コーナーキックを蹴っていた時に、相手のマークが外れているなと思っていたので。あのタイミングで来ることを信じて走ったらボールが転がってきてくれて嬉しかったです」(籾木)

 勝利を引き寄せた3点目について、籾木はそう振り返った。

 交代で入る選手もポイントとなった。62分に入ったDF宮川麻都は2点目に絡み、延長からピッチに立ったFW小林里歌子は30分間で4本のシュートを打った。リードした後にMF隅田凜が出て試合を引き締め、終了間際にはMF阪口夢穂が8カ月ぶりにピッチに復帰した。全員がスタメンで試合に出られるレベルの選手たちである。

 実際、今年のベレーザはスタメンを固定していないが、途中からピッチに立った選手が流れを変えるケースは多かった。たとえば、準決勝では途中からピッチに立った植木とMF三浦成美のプレーが目を引いた。その試合後、選手の起用について指揮官はこう明かしている。

「実力が拮抗しているので、出る時間やコンディションを考えて(起用して)います。三浦はミスなく展開することと、『外を向いたまま外に出すのではなくて、それをフェイントにしてもう一つ内側をみる』ことに取り組んでいたし、植木も、左から(ゴール前に)入っていく角度を工夫していました。交代選手で流れを変えようとしているのではなく、それぞれのポジションで、状況に応じたプレーを発揮してほしいと思っています」(永田監督/準決勝後)

 その言葉からわかるように、今年のベレーザはどの試合でもチームと個人の両方で課題にチャレンジする習慣をつけ、その中でプレーの選択肢を増やしてきた。2007年以来となる3冠達成は歴史に残る記録だが、それは選手たちにとってもやはり「過程」なのだろうか。

 11年前の3冠達成を知る唯一の選手であるDF岩清水梓の言葉は、ズシリと重かった。

「全てのタイトルを取るということへの使命感は持っていました。でも今年、監督から『結果だけじゃないんだぞ』ということをかなり言われて。勝っても修正点を見つけることを1試合1試合重ねた結果が今日です。だから、今は3冠をとって嬉しいけど、やっぱり“過程”ですね。みんな、これからオフに入ってもきっと今日の試合を見返して、『こうすれば良かったな』って思うような子たちですから」(岩清水)

 ベレーザ一筋で18年目のキャリアを迎えた岩清水は、最後に「自分も“サッカー小僧”にさせられましたから」と、その響きを面白がるように笑って付け加えた。

 今年、なでしこリーグの歴代最多記録となる13年連続13回目のベストイレブンを受賞。チームで最年長となる32歳のベテランは、自身の伸びしろを楽しみながら、替えが効かない存在であり続けている。

【リーグと代表は両輪】

「上手くなり続けることに終わりはない」と話す永田監督が率いるベレーザに“最終目的地”はない。だが、今年の女子W杯はその通過点の一つだ。

 なでしこジャパンの高倉麻子監督は常々、「リーグと代表は両輪」と強調してきた。それは、クラブでの日々の取り組みが代表でのパフォーマンスに直結するということでもある。特に小柄な選手が多いベレーザの代表選手たちが海外の屈強な相手を破るために、永田監督はどのようなイメージを念頭に置いて指導しているのだろうか。

「距離が短い、小さい(狭い)場所(スペース)をついていくチームプレーや、俊敏性や技術を生かした網目が細かいサッカーは絶対に通用すると思います。そういうことを僕たち(ベレーザ)がやることで、そういう(海外の)相手の内側をかいくぐってゴールを目指したり、相手の懐に入ってボールを奪っていくことをやっていきたい。そこが、海外で戦う上で勝っていく武器になり得ると思います」(永田監督)

  

「個」を強化しながら組織を育てるーー今のベレーザの強さを語る上で、「育成」の存在も切り離せない。

なでしこリーグは新シーズンに向けていくつかのチームが新体制を発表しているが、ヴェルディやベレーザ出身の指導者の多さが印象的だ。それは、長い歴史を持つ読売クラブの育成哲学が改めて再評価されているということでもあるのだろう。

 INACはクラブとしての歴史をベレーザよりも20年遅くスタートさせたが、その差を埋めるべく、プレー環境に加えて、近年は育成組織の整備と強化にも積極的に取り組んでいる。

 そして、それを証明するのは結果しかない。今季「すべてのタイトルで準優勝」という成績について聞かれると、INACのDF鮫島彩は迷いのない口調でこう答えている。

「まずはこの試合に負けたということを受け入れなきゃいけない、と思います。自分たちは環境が良い中でやらせてもらっていて、こういうチームが女子サッカーでタイトルを取らなかったら『環境を良くしていきましょう』ということを正当化できない。それも私たちの役割だと思っているので、2位という成績はダメだと思っています」(鮫島)

 代表でもクラブでも替えが効かない存在である鮫島の言葉には、覚悟を感じさせる響きがあった。

 INACは来季こそ、「シルバーコレクター」を返上できるか。

 

 2019年のW杯イヤー、代表に多くの選手を送り出す両者のライバル関係に引き続き注目していきたい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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